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 手錠をかけられベッドに座る赤髪のその女性は、ディックが部屋に入るなり、その顔をきつく睨みつけた。


「おうおう、そそるねぇ~。あんたみたいな美人にそう熱く見つめられるとクラクラきちまうぜ、ナディーンちゃん」


 その視線をヘラヘラとした顔で受け流したディックに赤髪の女性――ナディーンはその目にさらに怒気をはらませる。


「アホ言ってんじゃないわよ」


「ぐほっ」


 一緒に部屋に入ったエルは、その険悪な空気を破るようにディックの脇腹に肘鉄を喰らわせた。そして彼を追い払うように手を振って、部屋の隅を指差す。


「あんたはそこに立ってなさい」


「おお、痛ぇ痛ぇ。はいはい、かしこかしこ~」


 エルの指示に、ディックは脇腹をさすりながらおとなしく部屋の隅に移動すると、腕を組んで壁を背もたれにして立つ。それを見てエルは鼻を鳴らすと、そこで部屋にいたもう一人の人物の方に顔をむけた。


「で、どうなのトルパット。なにか聞き出せた?」


「申し訳ありません、お嬢様。色々と質問いたしましたが、今に至るまで特にこれといった情報は話していただけていません」


 ベッドの傍らにナディーンを見張るように立っていた、眼鏡をかけた大柄の男――トルパットが恐縮そうにその大きな肩を小さくして答えた。エルはそれにため息を返して、自分を険しい目で見ているナディーンに視線を移した。


「あのおっさんの言う通り口の堅い人らしいわね」


 無言のナディーンに、エルは壁際に置かれていた椅子をベッドの側まで引き出して座ると、彼女の視線を正面に見据えて言った。


「でもね、あたし達だって理由もわからずに命を狙われるのは嫌なのよ」


 それがエルの訊き出したいことであり、彼女を捕虜とした理由だった。ディックにはつまらないことと一笑されたが、こうした理不尽をそのままに受け入れることは彼女の信条からして許せないことであった。ディックの話では彼女はアランの側近であり、同時に恋人の関係でもあったらしい。情報源としてはこれ以上ない存在であった。しかし――。


「あなた達の狙いはあのお姫様だけじゃない。それならあたし達まで殺そうとした理由が通らないから。あなた達の……帝国の狙いはなんなの?」


 エルの問い詰める視線に、ナディーンは口を閉ざしたまま目を逸らした。エルは訊き方を変えて何度も問い掛けたが、頑として変わらないその態度が彼女の答えであるようだった。エルが悔しげに眉根を寄せる。すると背中からディックの笑い声が聞こえてきた。


「ハハハ、だから言っただろう。こいつは口も堅けりゃ股もお堅いカタブツ女だって。あ、失礼。アランの前じゃユルユルだったな」


「黙ってなさい」


 自分の言ったジョークに大笑いするディックに、エルが釘を刺すような視線をむける。しかしそれ以上に鋭い、銃弾で相手の頭を撃ち抜くような視線がディックの目にむけられた。


「ディック・ビーン。あなたは必ず殺してやるわ」


「おお、おお、おっかないねぇ」


 ナディーンの殺意と憎しみに歪んだ視線をいなすようにディックは軽く肩をすくめる。そしてその顔にナディーンを挑発する嘲りを浮かべて言った。


「まあ、その前に愛しのアラン様が助けに来て下さればいいがな」


 ナディーンの目が一瞬大きく開き、そして一層に深く険しい憎悪の視線をディックにむけた。その反応をディックが鼻で笑う。


「そこですぐに切り返せないところがあんたの弱みだな」


「それがあの方の私への信頼だ」


 言い負けまいと語気を荒げて返されたナディーンの反論に対して、ディックは相手にしないと言わんばかりに払うような仕草で手を振ると、壁から背を離して部屋を出ようとした。そして扉のノブに手をかけてナディーンを一度だけ振り返り、


「そうかい。まあ、俺みたいに切り捨てられないことを祈っているぜ」


 その言葉を嘲笑とともに残して部屋を出た。


「……どうにも冷静に話を聞ける様子じゃないみたいね」


「……そのようですな」


 エルのため息にトルパットが同意するようにうなずいた。

 ナディーンは震える手を握り締めながら、扉のむこうに消えたディックの背中をそのまま強く睨み続けていた。

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