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「捕まえろ、ナディーン!」
「はい、アラン様!」
新たに出現した鉄樽は、拡声器から飛んだアランの声に応えて、ディックのバッタへと腕を伸ばす。
「クソったれ!」
ホバーの砂煙に隠れて見えなかったが、最初に『ルクルス』から出てくるのを確認したもう一台の鉄樽が、いつの間にかアランの鉄樽の後ろに合流していたようだった。誤算に悪態を吐きながら、ディックはすぐさま回避の操作をするが間に合わない。鉄樽の腕がバッタの脚を掴む――。
そこで爆音が轟いた。
「油断してんじゃないわよ、カッコ悪いオッサン!」
鉄樽の背中から黒い爆煙が上がっていた。衝撃でよろめいた鉄樽がバッタの脚を掴み損ねる。
「くっ、なにごと!?」
鉄樽の操縦者――ナディーンが叫びながら振り返った先に、撃ち終わったランチャーの残煙をなびかせて走る、二人乗りのバッタの姿があった。
「やるねぇ、嬢ちゃん!」
「これでさっきの借りはチャラよ!」
バッタの荷台に立ち乗りをしたエル・メラルダが、次弾を取り付けたランチャーを構えて叫んだ。そして鉄樽の脇をすり抜けたディックのバッタと、すれ違いになる形で敵に突っ込んでいく。
「このまま突っ走んのよ!」
「うきゃー! ボスぅー、この娘ボスより無茶苦茶ですぅぅぅー!」
エルを乗せたバッタを操縦するウィズが間延びした悲鳴を上げる。しかしその悲鳴も、続く爆音の中に呑み込まれた。
「エル・メラルダは伊達じゃないのよ!」
放たれたランチャーは狙いあやまたず鉄樽の腹部を撃ち貫き、機体の破片を赤黒い炎とともに爆散させた。崩れ落ちる鉄樽の脇をバッタがくぐり抜ける。そしてエルが得意気にディックにむかって親指を立てたとき、ウィズが間の抜けた絶叫を上げた。
「前ですぅぅぅぅぅぅぅぅっー!!」
「え?」
「よくもナディーンを!」
エルが前にむき直ったそこには、胸部の機銃をこちらにむけたアランの鉄樽の姿があった。
「かわしてぇぇぇぇぇ!」
「無理ですぅぅぅぅぅ!」
勢いのつき過ぎた二人のバッタは回避運動もままならずに鉄樽の射撃範囲へと突っ込んでいく。アランがディックのバッタを直接撃てなかったのはマリアがいたためだった。エルとウィズの乗ったバッタを撃つのに躊躇などなにもない。一瞬後に身体をズタズタに切り裂くであろう銃撃に、観念するように目を閉じた二人の横を、後ろから赤い煙の尾を引いた弾が飛び抜けた。
「残念だな嬢ちゃん! 借りは返し直しだ!」
ディックのハンドランチャーから放たれた赤い煙幕を引く信号弾が、アランの鉄樽の視界を奪う。
「ディック・ビーン!」
「お姫様はこっちですぜ、アランの旦那!」
あえて煙の切れ間に姿をさらし、アランを誘うようにディックはマリアを乗せたバッタを走らせる。アランはその誘いに乗った。鉄樽がディックのバッタを追って煙の中から飛び出してくる。
「貴様、どこまでもコケにして! おとなしくその女をこちらに――」
アランが煙から抜け出た数秒後だった。その耳にヒュルルと空を裂く風切り音が届いた。
「――なっ!?」
アランが空を見上げた直後に降ってきた砲弾が、鉄樽の至近距離に盛大な土煙を立ち上げた。襲う振動が鉄樽の機体を震わせる。その衝撃に耐えるアランは、噴き落ちる土砂の雨のむこうに白い弾煙を引きながら走る黒いホバーシップの姿を認めた。
「ディックの艦か!」
アランが舌打ちをする。ディックの艦『ハウンドドッグ』からの艦砲射撃であった。連続して撃たれた砲弾はアランの鉄樽目掛けて次々と飛来し、幾本もの土煙を立ち上げていく。
アランは周囲を見渡した。マリアを乗せたディックのバッタは『ハウンドドッグ』に合流する方向へ走っている。ナディーンの鉄樽は沈黙したままである。さらに『ハウンドドッグ』の後方に走る、黄色いホバーシップの姿も認めた。
「謀られたのか!」
こちらがマリアを撃てないということには気づかれていた。それを前提とした味方を集めるための逃走による時間稼ぎ、急反転によるこちらの動きの停止、信号弾による位置の連絡、そして最後の射撃地点への誘導。点が線に繋がったとき、アランは自身が完全に手玉に取られていたことに気づき、顔色を失った。
だが、もはや為す術はなかった。砲撃はさらに激しさを増していく。アランは奥歯が軋みを上げるほどに強く歯噛みした。
「……ディック・ビーン! 貴様は私が必ず殺してやる! それまでその女は預けておくぞ!」
アランは拡声器にむかいそう叫ぶと、操縦レバーを横に倒して『ハウンドドッグ』とは反対の方向へ機体をむけた。
「ヒハハ、それじゃあ姫様は俺のもんだな。俺ぁ不死身の男だぜ?」
地平線へと去っていくアランの鉄樽を見送りながらディックが飛ばしたジョークに、マリアは目をぱちくりさせて困惑するだけだった。
「ハハハ、お姫様はかわいいねぇ」
「あ、ありがとうございます……」
マリアは何故かディックの背中に頭をつけてうつむきながら、そう小さい声でお礼を述べた。
「うん? それはなんの感謝だ? 助けてもらった感謝かい? それとも自分のかわいさへの感謝かい?」
「も、もちろん助けていただいた感謝です!」
マリアが慌てて顔を上げて首を振る。その様子をバックミラー越しに見たディックは大声で笑った。
「ダッハッハ! かわいいねぇ、お姫様は!」
マリアの顔がみるみる赤くなる。そして再びディックの背中に頭をつけてうつむいてしまった。ディックはさらに笑った。
「兄貴ぃー! ご無事でぇー!」
そこで拡声器を通した大きいダミ声が聴こえてきた。近づいてくる『ハウンドドッグ』の艦橋に、拡声器片手にこちらに手を振るダック・ラックの姿が見えた。ディックが首を回して肩を鳴らす。
「やれやれだぜ。今回はとんだくたびれ儲けだ」
そうぼやきながらディックは後方を確認する。『ハウンドドッグ』の後ろにニキを乗せたナッシュのバッタが見えた。エルとウィズのバッタも後ろをついてきている。全員無事である。しかしエルとウィズのバッタにディックは違和感を覚えた。
「……ん? 誰だありゃ?」
バッタの荷台にエルに支えられるようにして、もう一人誰か乗っているように見える。だが遠目のためによく確認できない。
「あの嬢ちゃん、なんか面倒なもん運んできやがったな。人の好いこって」
ディックは呆れた顔でその様子を見やりながら、腰のホルダーから拳銃を引き抜く。
「まあいいさ。なんにしろ勝ちは勝ちだ。なあ、お姫様?」
呼びかけにマリアが顔を上げると、そこには空にむかって拳銃を突き上げるディックの姿があった。
「祝砲だ!」
そしてディックは拳銃を三発、高く空に撃ち鳴らした。




