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「ボス、大丈夫で?」


 バッタを走らせるニキが訊くと、荷台のディックは豪快な笑い声とともに答えた。


「ハハハ! いいタイミングだったぞニキ! これで飯炊きからは格上げだ。特別手当も付けてやる!」


「ヒャッハー! さすがボスは器がでけぇや!」


 喜声を上げてバッタのアクセルを一気に吹かすニキ。そこに水をさすように冷えた声が聞こえた。


「ちょっと。どうでもいいけどこの体勢、なんとかならないの?」


 団子になって落ちた三人の一番下であったエルは、仰向けのディックの背中に敷かれる形で、バッタの後部荷台にしがみついていた。


「ああん? 耐えろ。下手に動くと落ちちまう」


 ディックがすげなく言う。なぜなら当のディックも左腕にマリアを抱えたまま、右手でロープ掛け用のパイプを掴み、両足を荷台の縁のへこみに突っ張った無理な体勢でバッタにへばりついていたからだ。


「ボス、このチビガキ捨てていきましょうぜ。こいつのせいで俺がどんだけヒデぇ目にあったか。それに重いとバッタの脚が遅くなりやす」


「重い荷物を捨てるのは悪くねぇ提案だが、まだ無理だ。今捨てると俺が落ちる」


 ディックとニキのやり取りにエルが抗議の声を上げる。


「誰が太ってるよ! 最低だわ! あんたら最低!」


「誰も太ってるとは言ってねぇぞ。重たいだけだ。チビガキの嬢ちゃん」


「ボスの言う通りだぜ、チビガキ」


「チビガキ言うな! 最っ低! ほんっと最っ低!」


「あ、あの、みなさん」


 ディックとニキにエルが激昂していると、後ろを見ていたマリアが恐る恐るといった様子で声を出した。


「うん?」


「大砲がこちらを……」


 マリアの声に後方に視線をむけたディックは、こちらに狙いをつける『ルクルス』の前部砲塔の動きを見た。


「かわせぇぇぇっー!」


「だっはぁぁぁっー!」


 ディックの叫びにニキが奇声を上げて操縦レバーを切る。そこで『ルクルス』の砲塔が火を吹いた。


「きゃあぁぁぁっー!」


 進路を遮るように撃ち込まれた砲弾が、爆音とともに大量の砂礫を巻き上げ、爆風に煽られたバッタがバランスを崩す。ディックはマリアとエルを両腕に抱きかかえ、バッタが横転する直前に地面へと跳び転がった。


「くっそ! 痛ぇぞ、こんちくしょう! アランのイカレポンチが! 陰険野郎のくせに派手なことしてんじゃねぇぞ、こらぁっ!」


「だ、大丈夫ですか?」


 地面に背中をしたたかに打ちつけたディックが、悪態をわめきながら跳ね起きる。マリアがディックを気遣い手を伸ばしたところで、『ルクルス』の方に顔をむけたエルが悲鳴混じりの声を上げた。


「ちょ、ちょっと、まだ撃つ気よ、あいつ!」


 『ルクルス』の砲塔が、射角を調整しながら再びこちらに狙いをつけていた。ディックが周囲に視線を巡らすと、バッタは濛々とした土煙の中で地面に転がり、投げ出されたニキはその横で大の字になって伸びている。ディックが再び『ルクルス』にむき直ると、その視線が砲口の暗い穴にピタリと重なった。ディックの背筋に冷たい汗が走る――。

 そこで『ルクルス』の砲塔が突然に爆発した。


「遅ぇぞ、ダックのクソが!」


 ディックの悪態に呼応するように、砲音が連続した。砲弾の飛来する方向を目で追うと、そこに砂塵を巻き上げて疾走するホバーシップの姿が見えた。

 鋭角的な線で構成された黒塗りのシルエット。ディックのホバーシップ『ハウンドドッグ』である。

 さらに反対方向からも『ルクルス』にむかい砲弾が飛んだ。


「遅いわよ、トルパット!」


 エルが声をむけた方向に、丸みを帯びた黄色い艦体が見えた。エルのホバーシップ『カリグラ』である。

 二艦は十字砲火で『ルクルス』を攻撃する。ニキが打ち上げた敵艦からの離脱を告げる信号弾を視認した二艦が、直接艦砲射撃を開始したのだ。


「ご無事ですか、ボス!」


「無事ですかー」


 その砲戦を見ているディック達のいる場所に、二機のバッタが駆け寄ってきた。


「ナッシュとウィズか! ヒッグスはどうした?」


 ディックやエルとともに出撃したディックの部下達である。先行して『ルクルス』から離脱したニキのバッタに、ようやく追いついたのだ。


「ヒッグスは先に『ハウンドドック』へ伝令に戻りました。ボスも早く戻りましょう」


「戻りましょうよー」


 ディックにそうきびきびと答えたのはナッシュ・リズという名の青年であり、それに間延びした緊張感のない声で続いたのはウィズ・リズという名の少女である。兄妹である二人は口調の差はあれど、異口同音にそう言って、ディック達三人を乗せようとバッタの脚を折り畳む。

 しかし、『ルクルス』の様子を見ていたディックは苦い顔で答えた。


「……そういきてぇが、簡単には行かせちゃくれねぇようだな」


 見ると『ルクルス』の前面ハッチが開き、そこから出てくる二台のランドレッグの姿があった。ずんぐりとした形状の人型ランドレッグが砂煙を上げながらまっすぐこちらへむかってきている。その速度は速い。脚を動かさずに滑るように移動していることから、どうやらホバー機能を備えたランドレッグのようだ。

 ディックは舌打ちをすると、懐からタバコを取り出しつつ、倒れているニキの方をアゴで指した。


「ナッシュはそこで伸びてるニキを連れていけ。ウィズは姫様とこのチビガキを頼む」


「え、ボスは?」


「あのバッタで時間を稼ぐ」


 そしてタバコに火を点け、ニキの横に横転しているバッタを親指で指しながらそう言った。

 その言葉にエルが素っ頓狂な声を出して叫んだ。


「はぁ! あんたバカじゃないの!? あれ帝国の軍用ランドレッグの鉄樽(スチールバレル)よ? バッタなんかじゃ、そんな安タバコ一本吸い終わる時間も稼げやしないわよ!」


 喰らいつくように迫るエルに、ディックは煙を吐きながら答える。


「言ってくれるねぇ嬢ちゃん。共和国の『ブルーシール』は安い銘柄じゃねぇんだぜ? 俺はこだわりのある方なんだがなぁ」


「そんなんどうでもいいわよ! あんた死ぬ気かって言ってんのよ!」


 語気激しく言われたその言葉にディックは目を丸くする。そして軽く笑った。


「死にゃあしねぇよ。俺ぁ不死身なんだ」


「茶化すな! あたしはさっきあんたに助けられたのよ! 借りだけ作って死なれて返せない負債なんて縁起の悪いもん残されちゃあ、あたしが困んのよ!」


 エルがそう言ったところでマリアがディックの横に立った。


「どうしてですか?」


 マリアは鋭い目で問い詰めるようにディックを見据える。ディックは口からタバコを離して一息吐くと、あの悪戯を企てる子供のような顔をして笑った。


「格好いいだろ?」


 その答えに鼻白むようにマリアが押し黙った瞬間、閃光が辺り一帯を走り抜けた。


「――伏せろぉっ!」


「え?」


「なっ!?」


 閃光の意味を理解する間もなくマリアとエルはディックに押し倒される。

 そのとき二人は倒れていく視界の端に、高く地面から立ち上る雲のような爆炎と、その下を猛烈な速度で広がる土煙の壁を見た。


「なによこれはぁぁぁぁっ!?」


 そして地面に背中をついた直後に、轟濛とした爆風がエルの絶叫ごと視界のすべてを呑み込んだ。

 轟音とともに砂塵が激しく吹き荒れる。地面にへばりつき、愛用の鍔広帽が飛ばされないよう頭を押さえて打ちつける砂礫に耐えるディックは、薄目に開いた視界の片隅に巨大な影が転がりながらこちらへ飛んでくるのを見た。そしてうめく。


「……おいおい、マジかよ」


 ずんぐりとした大きい影だった。二本の腕に二本の大きな脚、そしてなにより目を引くその樽のように丸くて太い胴体。バウンドしながら転がってきたそれが、鈍い音とともに近くの地面に止まった頃には爆風は過ぎ去り、舞い上がった土煙も晴れて、まぶしい荒野の太陽が再び地面を照らし始めた。

 そしてその陽光を反射して影は銀色の巨体を輝かせる。

 帝国軍用ランドレッグ鉄樽(スチールバレル)

 ディックはその頭部付近に位置する操縦席に座っている人物を見て、引きつった笑いを浮かべた。


「ディック・ビーン……貴様、なにをした!? あれはEP爆雷の爆発反応だぞ? あんなものどこで手に入れた!」


 操縦席の人物がディックに気づき、蒼白な顔で怒声を上げる。


「へへへ……。いやいや、ちょいとしたサプライズプレゼントですぜ、アランの旦那」


 笑ってごまかそうとするディックに、アランは冷えきった表情で無言に操縦捍を動かす。


「ディ、ディックさん?」


「あ、あんた、ホントになにかしたの? EP爆雷っていったらエルベ・ペトラ反応弾のことじゃない!」


 押し倒されたままのマリアとエルが自分たちの身体の上に覆い被さっているディックに訊く。


「いや、あいつらが俺の(ふね)に仕掛けていきやがった強力な爆薬とやらに起爆装置を取り付けて、出掛けにタイマーセットして返品してやっただけなんだが、ここまで物騒なもんだったとは思わなかったぜ」


「ま、まさかあの木箱!? そんなもんバッタに載せて走ってたの、あんた!? バカなの!? 死ぬの!?」


 そこでエルはディックのバッタの荷台にくくりつけられていた木箱の存在を思い出し、上ずった声で叫んだ。


「バカ野郎、俺ぁ不死身だ! まあ、それはともかく……」


 エルの罵声も馬耳東風にディックは鉄樽の動きを見据える。鉄樽の銀色の機体がゆっくりと立ち上がり、その胸部と肩部の銃口が標的を求めて射角をずらしていく。


「逃げんぞ、ボケェ!」


 それが合図のようにディックはマリアを担いで跳ね起き、エルも横跳びに走り出す。

 それぞれ反対方向に駆け出した二人を追うようにして完全に立ち上がった鉄樽は、操縦者の憤怒を噴き出すように銃砲を撃ち放った。

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