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『――新大陸に楽土を築け!』
新大陸植民者募集ポスターより
新大陸の開拓・開発の利権を巡る旧大陸国家間の戦争を未然に防ぐため、新大陸の国家領有を禁じるバラン=バラク条約が、帝国、王国、共和国の三大国によって締結されてから五十年の月日が流れた。
この間、旧大陸からやってきた植民者たちはそれぞれに三大国の援助を受けながら、新大陸の鬱蒼とした木々を伐って農地を開拓し、新たな鉱脈を求めて広漠たる荒野を突き進み、そして手にしたその利権を巡って――三大国に成り代わり戦争をする日々を過ごしていた。
こうして人々は皆、銃を持った。
そして今日もそれぞれが、己が「楽土」を手にするために、荒野に銃を撃ち鳴らす。
――広漠。
ぎらつく白い太陽の下に広がる、この赤茶けた大地を一言で表現するならこのような言葉がふさわしいだろう。何千ディート(一ディート=約一平方キロメートル)と続くこの荒野に見る景色は、乾いた赤土に幾許の灌木と立ち昇る陽炎の熱気、それとそこかしこにそびえる岩山が刻む黒い影の色だけだった。
この荒野の片隅に砂塵を上げて走る一隻のホバーシップがあった。大きさは五〇ラム(一ラム=約一メートル)ほど、黄色い亀の甲羅のような船体の中型のホバーシップで、甲羅のすそにあるスカートから轟々とエアーを吹き出してわずかに宙に浮き、地面を滑るようにして進んでいた。
ホバーシップは船体を浮かせるために大量のエアーを地面に向けて噴出する。そのため走行中は絶えず轟音が鳴り続けるが、そこに別の激しい音が混ざって聴こえていた。
その音は――銃声。
「ちぃ! バカスカ撃ちやがって、景気のいい奴らは違うねぇ!」
銃弾が砂櫟を跳ね上げながら地面を走った。ディック・ビーンは悪態を吐きつつ搭乗する小型歩行式移動機械『バッタ』の操縦レバーを引いて方向転換すると、愛用の鍔広帽を手で押さえながら近くの岩影へと逃げ込んだ。岩影のむこうにホバーシップの黄色い影が走る。砂塵を巻き上げながら疾走するホバーシップは、同時に各所に備えられた銃座からの絶え間ない発砲で白い硝煙の弾幕を引く。
ホバーシップは襲撃を受けていた。襲撃者は黒いマントに黒い鍔広帽という出で立ちのこの男ディック・ビーン。新大陸で無法者と呼ばれている盗賊や傭兵を稼業とした人間の一人である。荒野に出没して禿鷹のように金目のものに群がる姿から付いたその名称は、なるほど今のこの襲撃の情景にふさわしい。ディック率いる無法者達の武装集団が、『バッタ』――ダチョウのような逆曲がりの長い脚の上に座席と発動機をくくりつけた形状の、人の背丈ほどの高さの小型歩行式移動機械――に乗って、群がるようにホバーシップへと飛び掛かり、これを追い払おうとするホバーシップの銃撃が続く。
「まだ弾切れしねぇのか? 贅沢は敵だってことを知らねぇとは、ふてぇ奴らだぜ」
「ボヤいてもしゃーねーですぜ、ディックの兄貴」
ディックが隠れた岩影には、すでに先客の『バッタ』が逃げ込んでいた。長い脚を折り畳んで座るこのバッタにはマシンガンとランチャーで武装した、背が低く胴周りの太い口髭スキンヘッドの男が乗っている。
「うるせぇぞ、ダック・ラック。不景気を不景気と呼んで何が悪い」
「いや、だからね、あっしはこういう不景気のときに来るうまい話に限って裏があるから、飛びつくのはやめときましょうぜって言ったん――あ、イケね。ニキの野郎が突っ込みやがった」
ダック・ラックが首をすくめながら反撃のランチャーを構えて岩影から顔を出すと、右隣の岩影から飛び出す、全高八ラムほどの人型ランドレッグの姿が見えた――と同時に、ホバーシップの大型砲が火を噴いた。
轟音とともに人型ランドレッグが爆散して崩れ落ちる。
「あーあー」
搭乗者はスクラップと化した機体の隙間から這い出ると、泡を食って逃げていく。
「この不景気に景気よく虎の子のランドレッグをぶっ壊しやがって。あいつは飯炊きに降格だ」
「で、どうしやす?」
舌打ちをするディックにダック・ラックが聞く。
「こっちの景気は悪いんだ。俺の腕で元手を取り返してやる。ダック、ランチャーを貸せ」
「へい、兄貴」
ランチャーを受け取ったディックは、タバコを取り出して火を点けると、目を閉じて深く一息煙を吸い込む。そのときスクラップとなった人型ランドレッグが爆発した。ディックの目が開く。
「援護ォォォォッ!」
そう叫んでディックはバッタのアクセルを踏み込み、ランチャーを肩に担いで岩影から飛び出した。爆発したランドレッグの爆炎を影にしながら、ホバーシップに並走し、正面へと回り込んでいく。
「兄貴を援護だぁぁぁっ!」
ダック・ラックが叫びながらディックとは反対側に飛び出すと、呼応して周囲の味方が一斉にホバーシップへの攻撃を始める。飛び交う銃弾が激しさを増す。
「さて」
その銃弾の下を走り抜け、炎上するランドレッグの残骸を回り込み、ディックはホバーシップの前面へと躍り出た。
「このディック・ビーン様の前に立ちはだかるとはいい度胸だ」
ランチャーを構え、バッタを走らせる。ホバーシップが気付く。銃座がこちらにむいた。ディックはタバコを吐き捨て、ランチャーの照準を覗き込む。銃座から発砲。飛び過ぎる銃弾の雨に構わず照準を艦橋に据える。
そのとき艦橋に二人の女が見えた。艦橋の指揮所に立つ少女と思しき小柄な女と、その隣に立つ背の高い長髪の女。照準越しに視線が交錯する。引き金が引かれたのは、少女がこの視線を外し、長髪の女をかばうように身を翻したのと同時だった。
「アバよ!」
ランチャーが火を噴いた。敵が慌てふためきながら次々と艦橋の窓から飛び降りる。
艦橋が爆炎とともに吹き飛び、その下をディックのバッタが駆け抜けた。艦橋を破壊され操艦能力を失ったホバーシップは、進路上にあった大岩を避けることができず激突する。
「ダッハッハッー! さすが俺様。はいよぉー、シルバぁー……」
そのさまを振りむきながら見送ったディックの視界に影が降ってきた。
「――あはぁん!?」
がぁんといい音がした。吹き飛んだホバーシップのスクラップ片がディックの脳天に直撃したのだ。
「兄貴ぃぃっー!」
バッタからのけ反り落ちたディックの横をダック・ラックと他の仲間が走り抜ける。
「兄貴の弔い合戦だ! 続けぇぇいー!」
「オオー!」
ダック・ラックのかけ声とともに彼らは動きを止めたホバーシップへと突っ込んでいく。
「か、勝手に殺すな……」
ディックは震える手をダック達の背中にむけて伸ばしたが、ホバーシップが白旗を揚げるのを見届ける前に、その手はパタリと地面に落ちたのだった。