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三題話 【神様・幻・輝く罠】

作者: 井ノ下功
掲載日:2015/07/24

 

『神様、捕まえましょう。』

 そんな張り紙がしてある古い木造の店に、誰が足を踏み入れようか。

 通りからも店内からも“人気”というものをすっかり消し去ってしまったような雰囲気で、近寄りがたいどころか近寄ったら最期という気さえしてくる。

 なのにどうして、僕は今その引き戸に手をかけているのか?

 理由は明確である―――ただの罰ゲームだ。コンパ・酒・オール・王様ゲーム、という4コンボの輝く罠にハマってしまったのが運の尽きだった・・・。

 煤けたすりガラスは覗き見を完全に防止していて、窺い知ることは不可能だ。知りたくば開けるしかない。入るしかない。

 あぁ、今になって手が震えてきた。散々「いいよ、入ってくるなんて楽勝だ、店ン中写メってきてやるよ。」などと豪語した自分が恨めしい。しかしすべては後の祭りだ。

 僕は大きく息を吸って、吐いて、「うしっ!」と心中で気合を入れると、一気に戸を引き開けた。

 レールが錆びついているのだろうか、随分と重たいのを無理やり抉じ開ける。不吉な音――扉が壊れそうだ、とも、地獄が口を開けた、とも取れるような音――を立てながら、それでも人一人通れるだけのスペースは確保した。

 中はとにかく暗く、埃っぽかった。

 そして狭い。

 天井にまで届く背の高い棚が、半身にならないと通れない程度の隙間を開けて、右から左にまでびっしり並んでいる。とんでもない圧迫感だ。棚の中身はよく分からない。瓶とか、人形とか、箱とか、そんなようなものどもが漏れなく埃まみれになっていた。

 もうこの時点で嫌な雰囲気しかない。ここで踵を返して帰れば良かったのだ、と後になって思うことになるのだが、この時点での僕は無駄な律義さを発揮して、棚の林を抜けるべく足を踏み入れてしまったのである。

 カニ歩きを駆使して棚の中に触れないようゆっくりと奥へ身を滑り込ませていく。なんとなく空気が薄まっているような感覚に陥った。緊張と埃の所為でうまく呼吸ができないのだ。

 時間がゴムのように引き延ばされていたらしい。棚林を抜けた瞬間『あぁようやく抜けたぁ。』という謎の達成感を覚えてしまった。

 ほぼ溜め息に近い呼気を落とす。一番奥は一面障子で、手前に上がり框。そのまた前に店の横幅の半分ほどまでの長さのカウンターが据え付けられている。カウンターの上にはペンやら紙やらがごちゃごちゃと置かれていて、ご多分に漏れず埃だらけだった。

 さて。

 奥まで来たはいいが、ここからどうしよう。

 僕は戸惑った末に、当初の目的である写真を撮ろうとポケットをまさぐって―――

「え? 嘘。」

 スマホが無いことに気が付いた。

 何故だ? どうして無い? 落としたか、失くしたか? 最後に使ったのいつだっけ―――記憶をひっくり返して、思い出す。そして頭を抱えた。そうだ、充電器に付けてそのままだった。思わず漏れる舌打ち。

「なんだよ・・・来た意味ねぇじゃん・・・。」

「そんなことないさ。」

 独り言に返答があって、僕は飛び上がった。

 頭を振り上げると、いつの間に現れたのか、カウンターの向こう側に人がいた。ごく普通の服を着た人だ。障子を開き、壁にもたれかかって、腕を組み、半笑いを浮かべて僕を見ている。おそらく同年代だと推測できる顔立ちだった。

「罰ゲームだろうが何だろうが、目的もなくここに来た・・・っつーか入れたってことは、まぁそれなりに資格があるってことだ。それが良いか悪いかは微妙な線だけどな。」

「・・・えっと・・・店主さん? ですか?」

 僕の問いかけにその人は軽く頷いて、

「座れよ。そこに椅子がある。」

 と僕の右側を指さした。

 新品の丸椅子があった。埃だらけの店内で、その綺麗さはむしろ異様に映った。

 大人しく椅子をカウンターの前にまで引きずってきて腰掛ける。店主さんはカウンターの向こうで上がり框に胡坐をかいた。

「で、どの神様を捕まえたいんだ?」

「・・・はい?」

「基本料金は五万円から。当然ながら、ランクが上がるに従ってかかる料金も上がってく。あと、怪我をしたりした場合は医療費割り勘で頼むな。ちなみに、海外の奴らも捕まえらんねぇことはねぇけど、交通費の分、ちょっと割高になる。だいたい三割り増しくらいだ。」

 咄嗟に僕は尋ねていた。

「・・・頭大丈夫ですか?」

 店主さんは「失礼な奴だな。」と一瞬だけ僕を睨み、すぐに表情を緩めた。「こう見えてけっこう繁盛してるんだぜ?」

「へぇ・・・そうなんですか。」

「気のない返事だな。ったく。」

 店主さんはひょっと肩を竦めてみせた。

「正確に言うと、“神様”っつーより、“神様の力の一部”を捕まえに行くんだ。」

 言いつつ、カウンターの上をごちゃごちゃとかき乱している。「幸運、必勝、快癒、安全、厄除け・・・そういう神様のご利益の一部をまとめて、販売するのがここの仕事だ。」もともと汚かったのが、さらに汚くなって、またしばらくすると少しだけ綺麗になる。「まぁつまるところ、神社とかで買うお守りの強化版ってとこだな。個人差は多少あるが、効果はお守りの数十倍。大成功を望む奴らなんかは、こぞってやってくるぜ。」

「そうなんですか。」

「そうなんですよ。」

 神妙な顔でうなずき返した店主さんが、筆を一本手に取って、「手ぇ出せ。甲の方な。」と僕に命じた。

 逆らえず、僕は右手をカウンターに乗せる。

「目的があってここへ入るのは簡単だ―――意志があるからな。意志があるヤツに、扉は道を閉ざさない。」

 どこからともなく、店主さんは硯を引っ張り出してきた。そこに、市販の液体の墨をドボドボと入れていく。シールはぼろぼろだったが、かろうじて『洗って落ちる墨汁!』と書かれていることが分かった。

「目的もなく入ってくんのは、そう簡単なことじゃあない。意志がねぇヤツに進ませてやる道はねぇからな。じゃあどうして道が開いたのか―――それは、ここに来る必要があったからだ。」

 墨がたっぷり注がれた硯に、筆を沈み込ませる。僕はぼんやりとその丁寧な仕草を見ていた。

「意志に関係なく物事が進む時、ってのは、それは“運命”っつーんだ。ってわけで。」

 と、不意に店主さんは筆を振り上げて、僕の手の甲にべしゃりと押し付けた。

「えっ?」冷たい液体が甲にべっとりと貼り付く。「ちょ、何するんすか!」

「しるしを付けた。これで、お前は今日からうちの店員だ。」

「はぁ?」

「よろしくな。」

 店主さんはにっこりと笑って、筆と硯を適当に放り投げた。

 右手の甲にぼたりと落ちた墨の染みは、僕の目の前で独りでに形を――ただの染みからとぐろを巻く竜に――変え、そして幻の如く消えた。

「とりあえず、次ヒマになった時にでもうちに来てくれ。“ヒマになった”ってことは、“そういうこと”だからな。頼んだぞ。」

 こうして、呆気に取られる僕を置き去りに“運命”とやらはクルクルと進み、僕を非日常に引きずり込んだのだった。

 ・・・不幸中の幸いを、一つだけ書いておこうか。

 ――――店主さんは、めちゃくちゃ可愛い女の子だった。以上!

 


 


時間制限5分で~って思って始めたのに、なぜか70分もかかってこの程度のクオリティだったやつ。

やっぱり長編の導入みたいになってますね。


お読みくださいましてありがとうございました。


 

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