力の在り処
「ふぅ……」
昔の人は言っていた。溜め息を吐くと倖せが逃げる、と。では私に残っている倖せは、あとどれくらい残っているのだろうか。
馬車から覗く視界を、流れる景色が埋めていく。すべからく世は事もなし。
「そうは言うけれど」
誰に聞かせるでもなく呟くと、また一つ溜め息。私こと「レン=ドウジキリ=ヤスツナ」の心は雨雲の様に暗く拡がっていた。
ヤスツナ家は先祖代々優秀な魔法遣いを排出している一族である。戦乱の続いていた古から現在まで存続しているクニツナ家やサンジョウ家、ミツヨ家、ツネツグ家などと並ぶ数少ない名家だ。この国の重要な役職に就いているものもこの五家から排出されている事も多い。
事実このアマノミタマ王国を治めているムラクモ家を筆頭に、軍事の面ではヤスツナ・クニツナ・ミツヨの三家が、政務の面ではサンジョウ・ツネツグの両家が主な職務に就いている。
そして王都を中心に他国との境界を持つ北方を軍事の三家が、海に面した南方を政務の二家が領地を賜り統治している。
私の兄達もすでに父の仕事を手伝っていて、将来的には跡を継いでこの国の為に働くのだろうと想う。
そんな家に生まれた私こと「レン=ドウジキリ=ヤスツナ」は十三年前にこの世に生を受けた。
三兄妹の末娘で、上には五つ離れた長男「シン=ドウジキリ=ヤスツナ」と二つ離れた次男「トウタ=ドウジキリ=ヤスツナ」がいる。二人は共に優秀で、将来を有望視されている。こんな私にも優しく接してくれるとても出来た兄達だ。正直私には勿体ないとすら想えてしまう。
こんな事があった。私が三つの頃だったか。近所の子供に能力の事で冷やかされた事があったのだが、それを知った兄二人がその子供達に片っ端からお仕置きをしていったことがあった。その後父に大層怒られていたそうだが。……想い返すに、優しいというより過保護なのかもしれない。
父「コウキ=ドウジキリ=ヤスツナ」と、母「サクラ=コガラスマル=ヤスツナ」も優しく… もとい過保護気味に接してくれている。父はアマノミタマ王国でも有数の魔力を持つ魔法遣いでもある。魔法兵団の指揮を執る立場に居るのだが、家ではそんな事を微塵も感じさせない様な父親である。
母はアマクニ家から嫁いで来たそうだ。詳しく話してもらった事はないが、どうやら一悶着合ったらしいという話は聞いた事がある。何があったんだろう。
まぁ、そんな訳で。私はヤスツナ家に生を受けた。跡目を継ぐ男児は居たが、父がどうしても女の子を欲しがったそうだ。そんな事もあり、私は皆に祝福されて産まれてきた。そして私は産まれた時から凄まじい魔力を放っていたのだそうだ。
これは思わぬ誤算だったそうで、父は小躍りして喜んでいたそうだ。「将来は私を超える魔法遣いになる」だとか「ヤスツナ家は安泰だ」などと言っていたそうだ。父も母も、そして複雑な心境であろう兄達も私を大事に大事に見守ってくれた。
しかし、事態は少々変わってくる。それは三歳になった頃、私の適正がどんなものであるかを確認する為の儀式をした時の事だった。
その頃の私はまだ世間や魔法、魔力の事などよくは分かっていなかったので、言われた事が理解できなかった。
曰く、私には魔法の才能がほぼ無い、ということであった。それを知った時の家族の顔を私は忘れる事ができない。時が止まったかの様に誰も動かなかったのを憶えている。
正確には全ての魔法ではなく、かろうじて召喚術には適正を示していたのであった。それを知って父はとりあえずは一安心、といった様子だった。少なくとも宝の持ち腐れにはならなかった、とその時点では思われたのだ。
そして、さらに事態は変わっていく。召喚術に適正が有ることが分かったものの、その召喚術がちっとも上達しなかったのだ。
父の伝手をもって召喚術師に教えを受けたのだけれども、それは変わらなかった。どの程度かと言えば、初歩も初歩の召喚獣であるスライムですら召喚する事はおろか、契約すらもできなかったのだ。人によって向き不向きは有るが、スライムと契約できない人間は初めてだと言われてしまったのを憶えている。
これにはさすがの召喚術師もどうすることもできずに、しばらく召喚術や魔法についての基本を教えて帰っていってしまったけれど、その後姿はとても小さく見えた。逆にものすごく申し訳ない気持ちになってしまったのは言うまでもない。
そんな日々を送り、十歳になる年に私は魔術学院に入学する事になった。
「体調悪いの? レンさん」
私の横に座ってお茶を飲んでいる男の子がこちらに話し掛けてくる。
「いや、そういう訳じゃないんだけどね… でも、似たようなものかなぁ」
「そうなの? や、お茶がおいしいなぁ」
そう言って隣の男の子、「ソウジ=コガラスマル=アマクニ」が笑顔でもう一口お茶を飲む。
ソウくんは母方の従兄弟に当たる所謂幼馴染で、小さい頃から遊び相手や話し相手になってくれている。
私より少し背が低くて、ちょっとだけぽっちゃり気味な同い年の男の子だ。お茶が好きな様でよく飲んでいるのを見る。
お茶を飲んでいる顔がとても倖せそうで、ソウくんはかわいいなぁ、と想う。
「ソウくんはかわいいなぁ」
「……」
「……」
「…レンさん」
「ん、何?」
「男にかわいい、って言うのは褒め言葉じゃないよ…」
「……」
「……」
「…声、出てた?」
「思いきり聞こえてました」
恥ずかしくて途端に顔が赤くなるのを感じる。無意識に声に出てしまったらしい。これはまずいな。
「い、いやぁ、倖せそうにお茶を飲んでるソウくんを見てたらつい、ね」
あっはっは、と笑って誤魔化す。
それを聞いたソウくんがやれやれといった顔でポットの水を沸かせてお茶を淹れていると、それを見ていた他の生徒が声を掛けてきた。
「アマクニは水の魔法が使えるのにお茶用の水を持ってきてるんだなぁ。面倒じゃないか?」
それは私も想った事があるが、理由は以前出掛けた時に聞いた事がある。曰く、
「魔法で出した水だとあまりおいしくないんだよね」
という事らしい。
確かに魔法で出した水よりも、大地から湧き出した水を使った方がおいしいお茶が淹れられるのだ。茶葉の質にも因るのだが、同じものを使うと確かに違いが出るのは私にも判る。理由は解っていないそうなのだけれど、何時かは解明されるだろうと想う。
なのでお茶が好きなソウくんは出掛ける際にはポットに水を入れて持ってくるのだ。
「そうなのか、知らなかったよ。そのポットも自分で作ったのか?」
「うん。作るのも好きなんだよね」
「あぁ、それは知ってる」
生徒が私の方に視線を向けるが、すぐにソウくんに戻す。そして二言三言言葉を交わして会話を終える。どうやら私は彼にあまり良い印象を持たれていないらしい。
私達は良くも悪くも学院内で有名になってしまっていた。学院に入学して一年が過ぎた頃、私はソウくんに相談した事があった。
座学ではトップクラスを維持していたが、実技では一番下を独走していた私は何か手はないかと考えていた。
何か良い案はないだろうかと二人でうんうん唸りながら無い知恵を絞って考えていたところで一つの案が生まれた。
それは私の魔力を他人に譲渡する事はできないだろうか、というものだった。
世の中には魔法薬というものが存在する。所謂ポーションだ。これには失った体力を回復させる体力ポーション(これが一般に言うポーションである)、身体の調子を正常に戻すキュアポーション(色から緑ポーションと呼ばれたりもする)、そして失った魔力を回復させる魔力ポーション(またはマジックポーション)がある。
今回試したのは、私の手持ち無沙汰な魔力を譲渡して擬似魔力ポーションの様に使えないか、というものだった。
そして実験してみた結果。あえなく失敗してしまった。ただ、完全に道が閉ざされた訳ではなく、やり方を変えれば実現できそうではあった。
そこでソウくんは作ってしまったのだ。変換効率を上げる為のブレスレット型の魔法具を。
十一歳の誕生日のプレゼントとして貰ったそのブレスレットは装飾はされてはいないが銀色に輝く、とても綺麗なものであった。それ以来、嬉しくてブレスレットは肌身離さず着けている。
伝え聞いた所によると結構なお金が掛かっているらしく、話を聞いた当時の私は蒼くなったのを憶えている。お返しのプレゼントにはネックレスを送ったのだけれど喜んでくれて嬉しかったのを憶えている。
ブレスレットの仕組みについて聞いてみたことがあったのだけれど、私にはよく解らなかった。なんでも両者の魔力の質を出来る限り近づけて魔力を共有しやすくしているのだとか。その為の魔力の込められた金属を使って作られているのだとか。そこまでは何とか解ったのだけれど、それ以上の詳しい仕様はまったく解らなかった。
ただ、その話をしているソウくんはとても愉しそうで、いつまでも横で話を聞いていたかった。
余談だけどその話を知った家族がこぞってプレゼントを私に贈ろうとしていたので丁重にお断りした。たかがプレゼントくらい、と想うかもしれないが自分の自由に出来るお金の目一杯を注ぎ込む勢いで買い物をしようとしていたのだ。それは止めるよね、普通。
まぁ、何はともあれ改めて実験をしてみた所、これが大成功だった。
魔法を使用して魔力切れを起こしそうになった生徒の所へ行き魔力を譲渡する。するとものの一分もしない内にその生徒の魔力が完全に回復する。そしてまた魔法を使用する、といった具合だ。
順調に見えた私の生きる道だけど、ここでまたさらに問題が起こる。半ば判っていた事であるが、実習が実習にならなくなってしまったのだ。
どういう事かというと、まず私が所属するチームが圧倒的な攻撃力・守備力・回復力で圧勝してしまうのだ。
最初の頃はそれ程上手く出来なかった事もあり、それこそ一回の模擬戦で回復させるのに二人か三人が限度だったのだけれど、慣れ等もあり四人、五人と増えていきそれが二桁を越えた辺りで教導師の先生に止められた。
終始片方は全力で攻め続けられ、その相手は守勢を強いられる。攻撃に転じてもすぐさま回復されて守備も先程以上に増強される。これはどう考えてもお手上げだった。
これではいけないと教導師から言われたのは、「遊撃的に両陣営に回復を行う様に」との事であったがそうなると両チームが拮抗してきた。
これで収まったかと私も想ったのだけれど、これが甘かった。自分達を回復してくれるのは良いが相手も回復してしまっては意味が無い。ではどうするか。
私をまず沈める事から模擬戦が始まるようになってしまったのだ。相手を回復させてしまうのなら、先に私を潰してしまえば良い、という事だろう。
事ここに至ってもはや模擬戦の体を成さなくなっていた。
そして私は模擬戦への参加ができなくなってしまった。これにはかなり落ち込んだ。折角力を発揮する事が出来る道が見えたと想ったのに、また目の前には高い山が聳え立ってしまったのだ。
ただ、まぁ、それは本来私が目指した魔法遣いの道なのか? と問われれば違っていたのだけれど…
私が回りに良く想われていないのはこういった経緯があったからでもある。因みにその時に付けられたあだ名が「マポさん」だ。
どうやら魔力を譲渡する私を魔力ポーションに喩えたらしく、そのまんま「魔力ポーションさん」ということらしい。そこからマジックポットさんになり、それが縮められて、マジックとポーションの頭を取って「マポさん」になったそうだ。
私的にはあまり嬉しくないあだ名なのだけれど、困った事に敬意を込めて言う人も居れば蔑称として使っている人も居るのでどうにも対処しづらいのだ。
主に前者には魔法遣いが多い気がする。後者は自分の力で戦う事が出来ない私に向けて言っていたりするのだ。後者にしても間違っている訳ではないから余計にややこしい。
因みに実戦を想定して模擬戦でも学院の制服で行っているのだが、私はこの頃からシャツにズボンの男子用の制服を着る様になった。
最初は女子用の制服を着ていたのだけれど、動き回るのにスカートがジャマに思えてきたので思い切ってズボンに替えてしまった。
そして腰の辺りまで伸ばしていた髪を肩の辺りまでに短くした。本当はもう少し短くしたかったのだけれど家族の猛反対にあった。それだけなら短くするつもりだったのだけど… さすがにソウくんに言われてしまっては踏み留まらざるを得なかった。
そんな日々を過ごして今に至るのだ。相変わらず魔法は上達していない。召喚術もさっぱりです。ただ、魔力の使い方は少し巧くなった。
以前の私は魔力を唯放出しているだけだったそうだ。それを自分へと戻すようにする、魔力を循環させる事でさらに効率良く魔力を使える様になるそうだ。
力の強い魔法遣いにはほぼ必須の技術… というか、逆に習得しないとまず上へは昇っていけないそうだ。
魔力の譲渡が巧く出来るようになったのもこれが原因の一つにはあると想う。それでも先生が言うには一割か良くて二割位しかうまくいっていないそうだ。まだまだ努力する余地はあるらしい。
私達を乗せている馬車は、魔術学院の在る都市サザンカから一時間程進んだ所にある、古の大戦を戦い抜いた英霊を奉っている墓所だ。何故そんな所へ向かっているのかと言えば、学院の年中行事だからに他ならない。
私はまた溜め息を一つ吐いて、逃げていった倖せを追いかける様に空を見上げた。
レン=ドウジキリ=ヤスツナ達が馬車で移動しているその頃、街道を外れた木々が茂る森の中にその男達は居た。
「もう少ししたらこの街道をお偉いさんの御子息共が通っていくそうだ」
「そうなんですか? 親方、どこからそんな話を聞いてきたんです?」
「なぁに。ちょいと親切な魔法遣いが教えてくれたのさ。「この国に憂いを持つもの同士です。より良い未来の為、共に戦いましょう」だとさ」
「何だか怪しくないですかい?」
「まぁそう言うな。折角こんなモンまで貸してくれたんだ。使わない手はないだろう?」
そう言って、親方と呼ばれた男は口角を吊り上げる。
「まぁ、冗談にしては手が込んでますけどね」
「そうだろう? …ん、帰ってきたか」
木々の間から声が聞こえてくる。それは段々とはっきりした声になっていく。
「親方~~……!!」
息を切らせながら男が親方に向かって走ってくる。
「おう、ご苦労さん。んで、どうだ?」
「はい、確かにこちらへ向かってくる大き目の馬車が三台確認できました! 大きさから考えて三台合わせて二十~三十人位かと」
「よぉしお前ら出るぞ! 奴らが向かっている先は英霊の墓所だ! そこで待ち伏せる」
親方は息を吸い直し、肩に担いだ大剣を掲げ再び続けた。
「お上の連中に見せしめてやるのだ! 救国の為に我らがどんな手段をも辞さないことを!!」
うおぉおお!! と張り上げる声が森に静かに響き、そして男達は去っていく。
時刻にして昼を回った辺りだろうか。太陽は頭上に隠れる事無く輝いている。
アマノミタマ王国の王都フヨウから北に位置する都市サザンカはまだまだ肌寒い日々が続く。今日も制服の上に薄手のコートを羽織っている。真冬では少々頼りないコートではあるが、温かくなってきた今では丁度良い塩梅だ。
揺れの少ない馬車の中で早めの昼食を済ませると、御者台の先生から声が掛けられる。
「もうすぐ墓所に着くから用意しておくように!」
各自生徒達が返事を返す。先生も墓所と言ってはいるが、実際には大きな公園の様な所だ。広い敷地内の奥まった所に古の英霊やムラクモ家の方々が眠られている巨大な石碑が安置されていて、その墓所を囲う様に桜の木が植えられている。もう少し温かくなってくると綺麗な花を咲かせてくれるので、時季には桜を見に人々が集まる所でもある。ここに咲く桜は王国内でも特に鮮やかな色の花を咲かせることでも有名だ。因みにムラクモ家の初代様が桜をとても好んでいたそうだ。
余談になるがここは古戦場の跡地でもあり、墓所が作られてからも襲撃事件などがあった事もあって、桜の花が鮮やかな薄紅色をしているのは血を吸っているからではないか? との噂話もあるくらいだ。
真偽の程は分からないが、木の陰など隠れる所が多く襲撃などに向いている所ではあった。だからこそ生徒のみでなく引率の先生も数人付いていて、事前に注意を怠らない様に指導されてもいる。
そんな所に来る必要があるのかとも思うが、例年の行事でもあり無くすのは難しいそうだ。
馬車を降り墓所の入り口から園内に入ると奥に続く大きめの道があり、その道を真っ直ぐに進んでいくと園内の奥まった所に在る石碑の所に続いている。
石碑自体に直接触る事はできないが、石碑の前に立つ生徒達が黙祷を奉げる。
ふと頭を違和感が過ぎり、何だろうと瞼を開くが何も変わった事はなかった。結局違和感の正体は判らなかったが予定もつつがなく終了し、戻ろうと踵を返した時だった。
(……)
今度ははっきりと言葉が聞こえた。内容は判らなかったが確かに言葉が聞こえたと思い振り返るが、やはり何も無かった。
「ソウくん、何か言った?」
「え? いや、何も言っていないよ?」
「そっか…」
「…どうかした?」
「や、なんでもないよ」
不思議そうな顔をしているソウくんに笑顔で応えると、まぁいいかと考え直し出口へ向かい歩き出す。無事に帰れそうだと思い始めた道の半ばまで来たところでそれは現れた。
たくさんの木々が生い茂っているという事は、それだけ身を隠せる所が多いという事でもある。だからこそ警戒をしない筈は無いのだがそんな事はお構い無しに、木陰から勢い良く飛び出して来た男が集団の先頭を歩く生徒に向かって斬りかかってくる。
十分に注意を払っていたはずだが、帰りということもあり急な出来事に警戒していた生徒も反応が遅れた。
身動きが出来ない生徒に向かって凶刃が振り下ろされる。
「まずは一人っ!」
悲鳴が響く中、男が振り下ろした剣が生徒へ届く事は無く、金属に弾かれた様な音が周りに響く。
「なんじゃこりゃ!?」
「結界か!?」
驚いた表情をする男達の前から後退り、生徒達は距離を取って周りを囲む男達と対峙する。
「怪我は無いか?」
「はい、無事です」
「よし、各自応戦用意!」
先生の声が周りの生徒へと伝わる。各生徒はそれにより事態を把握する。
「親方こいつらやる気ですよ」
「構わねぇ。抵抗するならやっちまえ!」
「おお!!」
男達は次々に剣を構えた。私達も各々先頭の用意を終えて臨戦態勢に入る。
「ヤスツナ、いけるか?」
「はい、先生」
「うむ。ではサポートよろしく頼む」
無言で頷くと先生は生徒に向かい指示を出す。
「魔法戦用意! 前方へ向けて射出!!」
支持が聞こえると同時に通路前方に向けて魔法が飛び交う。
「炎よ!」
「風よ、舞え!」
次々に男達に攻撃魔法が襲い掛かる。
「うぉっと」
「こんなもんかい?」
少しずつ間合いを詰めようとする男達に対し一定の距離より近付こうとした者へ向けて火や風の初球魔法を放ち、男達に間合いを詰めさせない。
「中々やるもんだな」
「だが、これだけ使えば後が続く訳が無ぇ」
「おう、魔法が来なくなりゃこっちのもんだ」
「そういうこったなぁ」
しかし男達の思惑とは裏腹に生徒の魔法は終わる事無く続いていく。
「どうなってんだ、こりゃぁ?」
「分からん。威力自体はたいしたことは無いが、終わりそうにねぇな」
「面倒臭ぇなぁ」
初球魔法とはいえ少しずつダメージは残る。男達には分かる筈も無い事だが、魔力の使用量などを見計らって私が各自に魔力を補充しているのだ。男達は何やら不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
そしてじりじりとした時間だけが過ぎていき、我慢出来なくなった数人が魔法に構わず突っ込んできた。
「おらぁあああ!」
「チョコマカやってんじゃねぇぞ!」
魔法に構わず剣を上段に掲げて目の前に迫ってきたその時だった。
「阻め、炎の壁よ!」
「聳えよ、氷の障壁!」
生徒の声と共に炎や氷の壁が出現して男達の動きが止まった。
「よし! 第二陣、攻撃!!」
先生の声を皮切りに、先程よりも強力な魔法が身動きの取れない男達に降り注ぐ。
「うわぁっ!」
「ぎゃあああ!!」
無防備な状態に中級魔法の直撃を受けた男達は少なくないダメージを負っている様に見える。中には片膝を着いている者も居る。
その隙を見逃さずに剣を持った生徒が素早く近付き止めを刺していく。
それを繰り返すうちに、次第に出口へ向かう面の包囲が薄くなってきた。見る限りもう一息で突破できそうではあった。
「くそ、思ったよりもやりやがる。子供ばかりと侮りすぎたか… しょうがねえ、ちと早いが使っちまうか。おい!」
「親方、了解です!」
親方と呼ばれていた男が近くに控えていた男に指示を出すと、男は懐から笛を取り出しそれを吹き鳴らした。笛から発せられた甲高い音が響くとその少し後に地響きが鳴る。
「いよぉーし、一気にやっちまえ!」
「うおぉおおお!」
その地鳴りと共に男達は再び突撃を開始する。
もう少しで包囲が突破できそうだったその時周囲に笛の甲高い音が鳴り、地響きがし始めた。
警戒を強める生徒の前方と後方にそれぞれ二つずつの魔法陣が広がり、そこから大きな塊が現れた。
「ゴーレム!?」
「伏兵かよっ!」
生徒の間に動揺が走るが、先生が素早く支持を出す事で落ち着けた。
「慌てるな! ゴーレムとは言え君達に倒せぬ相手ではない。落ち着いて対処しろ!」
「はいっ!」
「分かりました!」
先生がその返事に頷いて返すと、生徒達は近付いてくる男達にまた魔法を放つ。ゴーレムに対しては剣を持った生徒が前に出て盾の役割をしている。そしてゴーレムに対して一閃すると剣が金属音を響かせて弾かれた。
「くそっ、 流石に硬い!」
「ゴーレムに対しては魔法を中心に! 前衛は回避に意識を持て!」
「はいっ!」
見る限りゴーレムの動きは速いものではなく、むしろ遅い方だった。これなら大丈夫かと思われた時、その巨大な拳が振り下ろされた。
動き自体が遅い為、皆受けずに避けたのだが… 拳が地面に到達すると、轟音と共に土煙が舞い上がる。
「うおお!?」
「こいつはヤバいぞ!」
「そうだね、受けたらダメだ。避けないと危険だね」
改めてゴーレムに対する認識を改める。ただ直撃を受けなければ何とかなるだろう。倖い前衛は崩れずに維持されているのでこちらには影響はあまりないだろうと思われた。
先生の助力もあり男達はその数を段々と減らしていき出口へ向けての道が開けそうに見え、事は無事に進みそうに思えた。
「おい、お前ら何やってやがる! くそっ、壁くらいにしか役に立たねぇじゃねか!」
戦果の上がらない現状に苛立っていると、近くの方に居るゴーレムの動きがさらに遅くなり、ついには動かなくなってしまった。こちらのゴーレムは出口方面のゴーレムに比べてダメージは受けていないはずだった。
「おいおい! 欠陥品掴まされちまったかよ」
「お、親方!」
「うろたえんな! 動かなくなったヤツは壁に使え!」
「了解です!」
「…まったくよぉ」
溜め息を吐く男の視界にそれは映し出される。先程動きの止まったゴーレムの色が茶色から黒へと変色していくのがはっきりと見えた。
「何だぁ?」
男がそのゴーレムに視線を移した時だった。黒いゴーレムが振り上げた拳が隣に居る茶色のゴーレムへと振り下ろされたのだ。
轟音と共に茶色のゴーレムが拉げて潰れ、地面にめり込んでいる。そんな光景を目の当たりにして回りの男達やそちらを見ていた生徒達の動きが止まる。
一体何が起こったのか、それは突然現れた。や、現れたというよりは変化したのだろうか。
耳を劈く音に、その音がした方を見ると先程まで居たゴーレムは存在せず、黒いゴーレムが居た。
「何だあれ…」
「え…」
「あいつ、ゴーレムを潰したのかよ」
生徒達に動揺が走っているのが分かる。先生の方を見ても驚きの表情を見せている。私だってそうだ。あんなヤツ見たことも無い。
流石にすぐに我に返り指示を出す。
「皆聞け! 後ろの黒いゴーレムは相手にするな! 倖いまだこちらにはまだ向かってきていない。まずは出口方面を突破して退路を作る!」
「は、はい!」
「黒いゴーレムが来た時には我々が止める! 心配せずに自分の仕事をやり遂げろ!」
「はいっ!」
先生の声を聞き、少し落ち着きを取り戻した生徒達は包囲の薄まっている正面へと進んでいく。
黒いゴーレムは自分の近くに拳を振り下ろして無差別に攻撃していた。今のところはこちらに近付く様子は見せてはいないけれど、楽観視はできない。
「よしっ!」
「先生! 前方のゴーレムを撃破、退路を確保しました!」
「よし、皆出口に向け前進! 周囲への警戒を怠るなよ!」
「はいっ!」
生徒達は固まって身長に出口へ向けて進んでいく。伏兵がまだ居るかもしれないと警戒はしていたがそれは杞憂に終わったが、道半ば程でついに黒いゴーレムがこちらに動き始めた。その速さは意外と速く、緊張感が走る。
墓所の奥を見ると男達が横たわっているのが多々見えた。可哀想だけども自業自得だろうと思う。
そんな事を思っていると、先生方がその内の二人を残しその場に立ち止まる。
「先生?」
「我々はここに立ち止まり、黒いゴーレムを足止めする。皆は墓所の外へ出られたならば、安全を確認の後すぐに学院へ戻りなさい」
「先生方はどうするのですか?」
「ゴーレムを撃破後そちらへ合流する。なに、心配には及ばない」
そう言って先生方は笑いかけた。
「さぁ、行きなさい!」
「は、はい!」
生徒達は促されるままに出口へと進んでいく。無事に出口に到着した頃には先生方と黒いゴーレムとの先頭が始まっていた。その時だった。
(こ…へ… …い)
馬車に乗る為に待っていたところに、あの声がまた聞こえてきたのだ。
「レンさん?」
「……」
ソウくんの声には答えずに墓所の奥を見つめる。
「…行かなきゃ」
「え?」
危険なのは判っているけれど、今行かなければ後悔する。何故だかそんな気がした。そして私は声の元へと駆け出した。
「っ! レンさん!!」
「ヤスツナ!! くっ! アマクニ頼むぞ!! 無事に帰って来るんだぞ!!」
「分かっています!」
走り出したアマクニへ向けて声を出す。あの二人も勿論大事ではあるが、だからといって他の生徒の生命を危険に晒して良い訳ではない。
後ろ髪を引かれる思いで馬車を出し、墓所を後にする。
墓所内に戻り、先程戦闘をしていた道を走り抜ける。途中に居る黒いゴーレムには目もくれずに脇をすり抜けていく。何か声が聞こえた気がしたが振り返らずに奥へと進む。
「くそっ! 打撃も魔法も効果が薄い!!」
「何て力と硬さだ! 剣もそうだが受けたら盾まで砕かれるぞ!」
「いや、焦るな! 我々は時間稼ぎが出来れば良いのだ。倒す事が目的じゃない!」
「そうは言ってもなぁ!」
口々に言葉が飛び交うその合間に、鋼の様な拳が天から降ってきては地面を揺るがしている。
「たあぁあ!」
振り下ろした直後の隙を狙い攻撃を加えるが、やはり弾かれてしまう。そしてまたゴーレムは拳を振り上げて攻撃の体勢へと移行する。
「どうする… っ!?」
その時、自分の脇を走り抜けていく影が見えた。ゴーレムもそれは感知していたらしく、目聡く狙いをその影に変えたようだ。
「待て! 危険だ、止まれ!!」
いや、言ってももう遅い。そんな事は判り切っているのだが言わない訳にはいかない。
そして拳が影に当たろうかと言う時だった。それは周りの教導間も言葉を失う程の出来事だった。
影は拳を避ける為に飛んだのだ。
いや、飛ぶのは良い。避ける為なのは解る。だが影は前方へと跳躍したのだ。わざわざ拳の向かってくる方へ向けて。
そして拳が当たるかと思われたその時、結界を展開してゴーレムの腕を滑る様に受け流していく。さらには地面に着弾した拳が地面を割り、巻き上がった風や石を展開した結界で受けてさらに加速したのだ。
視界には、あっという間に影が離れていくのが見える。
「何だったんだあれは…」
そんな事を思っていると、後ろからまた一人誰かが走ってくる。
「レンさーん! 止まれー!」
ちら、と目を向けると生徒の一人であるソウジ=コガラスマル=アマクニが走ってこちらに近付いているのが視界に映る。
「アマクニ? アマクニが居てレンと言っているという事は… さっきのはヤスツナだったのか」
「はい。急にこちらへ走り出したんです」
再び振り下ろされた拳を避けながらアマクニの傍へと移動して声を掛ける。
「そうか。ならヤスツナの事は任せるとしよう。出来るな?」
「元より承知です!」
「よし、行けっ!」
「はいっ!!」
声と共に走り出したアマクニを見逃す筈も無く、そこへ拳が振り下ろされていく。
「そんな事をさせる訳が無いだろう!!」
アマクニと拳の間に割って入り、結界を最大出力で展開させる。
「うおおおお!!」
信じられないほどの衝撃が身体を襲う。かなりの魔力を込めて結界を張ったのに、それでも威力を完全に防ぐ事ができずに吹き飛ばされ、そのまま地面をガリガリと削りながら滑っていく。
視界の端にアマクニが無事にゴーレムをやり過ごしていったのが見えた。
「任せたぞ…」
ようやく止まった時には立っているのがやっとの状態であった。早く回復させて戦線に復帰しなければと思いながら回復魔法を詠唱し始める。
その声がどこから発せられているのかは知らなかった。でも、不思議とここからだという確信はあったのだ。
「はぁ… ふぅ…」
息を整えつつそこへと近付く。ここは墓所の最奥、石碑の安置されている所だ。正確に言うならば、その石碑の脇になる。
歩みを進めると、そこにはやや大きめの石碑が置かれていた。丁度王族の方達が奉られている石碑の影になっていて、先程は見えていなかった様だ。
「これは… 何だろう」
そう思い、石碑に手を伸ばしたところで周りの様子が一変する。
「っ!?」
自分の周りが暗く、暗黒に染まっていく。そこは確かに墓所であったはずなのに、今ではただの暗い空間が何処までも続いている様な錯覚に陥る。
周りを見回していると、やがて前方に黒い霧状のものがあるのが分かった。この暗い空間の中で、どうしてか理由は分からないがはっきりと確認できたのだ。そしてそれは段々とこちらに近付いてくる。
ある程度まで近付いたところでそれが人の形をしているのが分かったが、相変わらず霧の様で細部までは分からない。
「……」
(……)
どちら共に言葉を発さずにそのまま立ち尽くしている。ややあって、影が言葉を紡ぎ始めた。
(やっと言葉が届いたようだな)
「届いた…?」
(うむ。何度も語り掛けてはいたのだが、お主には中々届かなかった様だ)
「それってあの声の事ですか?」
(なんだ、聞こえていたのか。それならもっと早くくれば良かったものを)
「や、何か聞こえたかもしれないとは思っていましたけれど、はっきりと聞こえた訳ではないので」
(ふむ、そういう事もあるか)
まるで世間話でもする様に、そんな会話が交わされていく。正直な所、分からない事だらけなのだがそんな空気の中で聞いてもいいものだろうか。
「宜しいですか?」
(ん? なんだ?)
「先程私に語り掛けていたと仰っていましたが、私に何か用事でもあったのですか?」
(ふむ…)
影はそこで一度言葉を区切った。何を思っているのかこちらには窺い知る事はできないが、何を考えているというのか。
(お主は…)
「レン=ドウジキリ=ヤスツナです」
影の言葉を遮り告げる。
(ふむ。では、レン=ドウジキリ=ヤスツナよ)
「はい」
影から発せられる威圧感が膨らんでいく。こんな圧力今まで感じた事は無かった。その影からこんな言葉が紡がれた。
(力が欲しくはないか。他者を退ける、圧倒的な力が)
暗く光も差さぬ空間の中、その言葉だけが響いていく。