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いつかの花  作者: 憂木冷
9/11

卒業*集合場所*


 小学六年生になって、春が過ぎて、夏が過ぎて、秋が過ぎて、冬が過ぎて、また春がきた。

 今日、僕たちは、卒業式を終えた。

 もう夜である。近くには、淡紅色の花が白い街灯に微かに照らしだされている。

 『さくら』という花は、とても綺麗で、あっと言う間に散ってしまう弱く、脆く、儚い存在のはずなのに、その全力的な、圧倒的な立ち姿は、新天地へ向かうヒトビトに勇気を与えてくれそうな美しさを持っている。全力な姿は、こんなにも美しいのか。と、何かに教えられた気分になった。こんな美しさも悪くない。中学に行ったら、僕も何か全力でがんばってみようかな。うん、やっぱり僕はさくらが好きだ、とても気に入っている。

「あ! さくらくーん。早いね。もう着いてたんだ」

「……うん、なんかそわそわしちゃってね。家で怪しまれない様に早めに出て来たんだ」

 というわけで、小学六年生三月の――小学生最後の僕のあだ名は『さくら』になった。いや、本当にいい名前だ……日本では、普通、女子に付けられる名前だと言うことを除けば、だが。

「さくら、綺麗でしょ?」

 花の話。さっきまで僕が見上げていたのを見ていたのだろう。二月の末に、さくらを知らないと言った時には驚かれたが(その時が原因であだ名がさくらになった)それも今は理解できる。この国は、町中の木がさくらなのだ。どの学校にも、どの公園にもさくらが咲く。そういう国なのだ。きっとみんな――僕がこうして見惚れたように、この花の咲様さきざまが好きなのだろう。生まれた時から目にして。さくら好きなヒトに囲まれて育つ。聞けば『花見』というお祭りの様なものが、この時期は毎日開催されているらしいし。音楽においては『さくらソング』という、一種のジャンルを確立しているという。楔も、この花を好きなのだろう、彼女の言葉は、どこか誇らしげだった。

「うん……綺麗だ。すごく……美しいよ」

 静かだ。

 今日卒業した学校の正門の前。考えてみれば、こんな時間に学校に来るのは初めてかもしれない。

「それにしても、これから忍びこむというのに、その目の前で集合するって……本当に、誰かに見つからないかな」

「あははは、封くんは「こんな時間に学校に来る奴がいるわけねえだろ?」って言ってたけどね」

「それはそうだろうけど……」

 カラッと笑う楔の目は、少しだけ赤く腫れていた。誰もが予想していたことだけれど、卒業式で楔は、それはそれは大泣きして……それを見た周りも涙を貰っていた。

「僕が居たのは、二年だけだけど……いろんなことがあったよね」

「そうだね。私も……二年前にキズナちゃんに会ってなかったら、きっと今日はこんなに泣いてなかったのに!」

 カラッと。涙を乾かすように。がんばって、顔を晴らす。

「僕だってそうだった。あの時逆城が声をかけてくれなかったら、今頃こんなところで楔と思い出話なんかしてなかったよ」

「うふふっ」

 突然、楔が笑い声を上げる。

「どうしたの? 何かおかしい?」

「いや、思い出し笑いだよっ。最初は、さくらくん。仲良くなりたくて、みんなのこと名前で読んでるつもりだったんだよね?」

「――――――な! なんでそれを」

 誰にも話したことはないはずなのに……。

「そりゃ気付くよ。だってクラスメイトとか、最初は名前で読んでるのに、仲良くなると苗字に変わるんだもん」

 ずっと気付かれていないと思っていた……日本人の母も、アメリカでは姓と名を逆に名乗っていたから、本当に勘違いしていたのだけど……誰にも指摘されたことがなかったから、気付かれていないものだと思い込んでいた。

「それは……恥ずかしいな」

「うふふふふっ。でも不思議だよね、聞いたことあるかな?」

「なにを?」

 んーとね。と話す内容を頭で整理しているらしい。素直すぎる性格の楔は、行動が分かりやすい。「んーとね」なんていいながら考え事をするヒトもなかなかいないだろう。

「キズナちゃんとハルくんも、昔虐められてたんだって」

「え」

 常道絆と逆城植春が?

 今年一番の衝撃だ。

「あの、あの二人が?」

「そう。キズナちゃんに聞いたんだけどね」

 と言って、先ほど思い返していたと思われることを語りだす楔文香朗読人。

「私達と会うよりももっと昔。むかしむかしのあるところに、封くんと、もう一人仲が良かった女の子がいたんだって。それで、最初は封くんが虐められてるハルくんと会って。三人で仲良くなって。その後、もう一人の女の子がキズナちゃんを見つけて助けて、四人仲良く……暮らしたとさっ」

 下手くそな紙芝居みたいな構成のお話だったが、僕が感動するには事足りた。

「へぇえ。すごいな……なんか奇跡みたいだ」

「うん。いろんなヒトが、繋がってるんだよね」

 このさくらが燦然さんぜんと咲き誇るように、袴が逆城を助けたように、逆城が僕を救ってくれたように、いつか、この僕が何かを変える日が来るのかもしれない。

「…………そうだな」

「うおっ!!」

「ハルくんっ。やっほ」

「……ああ。さくら、なにそんなに驚いてるんだ?」

「……や、急に後ろからあらわれたから……」

 今のは、楔の言葉に対して言ったんだよな? 僕が考えていることの返答に、タイミングが良すぎて驚いた。

「あれ? 二人は? 一緒に来るんじゃなかったの?」

「……キズナの家に集合したんだけどな、まだ準備に時間かかりそうだから封と一緒に先に行くことにしたんだけど…………あいつどこ行ったんだ?」

「いや、それ、僕達に訊かれても」

「わかんないよ」

 楔に、さっきの話で一つ気になったことがあったから訊きたかったけれど。なんだか昔話の本人がいると尋ね辛いな。もう一人の女の子については、また今度訊いてみようか……それとも、名前を言わなかったということは楔も知らないのだろうか……。あ……。そうか、それ以前に、僕たちは、もう今日までみたいに、毎日顔を会わせることはなくなるんだ。

「あ! 来たよ、ほら!」

 振りかえると、二人で歩いてくる袴封と常道絆が目に入った。

「……なんだ、キズナと一緒だったのか」

「オう、悪いな、アタシのせいで待たせちまって」

「よしっ、全員そろったことだし、突入するゼ!」

「……侵入の間違い」

 バッグに夢を詰めて旅立つように、バッグに思い出を詰め込んで、夜の校舎へ。

 最後の思い出作りに。

 タイムカプセルを作りに。



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