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いつかの花  作者: 憂木冷
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小五~友達~



「よっしゃ! これでどうだ!? 明日また泣いたら。アタシが文香のことぶん殴る!」

「!!!!!!」

「おい、お嬢。それじゃ誰が虐めてんのか分かんねえよ」

「(うんうん)」

 図書室に着くと。奇妙な組み合わせの三人組が居た。

 乱暴そうな女子。自信に溢れた様な男子。そして、下級生だろうか? 小柄で、二人に挟まれてさらにちじこまった少女。

「……封、キズナ」

「おー逆城、遅かったな……って、そいつは、転入生? だっけ?」

「どぉかしたのかあ?」

「………………、もう一人。文香が増えた」

「へっ?」

 サカキの言葉に反応して声を上げたのは、それまで口をつぐんでいた少女だ。

 彼女と目が合う……がすぐに逸らされたしまった。

「ンだよ、そいつも虐められてんのかァ?」

「多分……」

「多分って、何で? 虐められそうな見た目でもないし。外国人だから? それとも、実は運動音痴とか馬鹿とか?」

 少年たちの会話で、唐突に僕の名が呼ばれた気がした。いや、発音の仕方が違うから、別の日本語かもしれない。もしかしたらそれが、クラスメイト達が僕を笑う理由なのだろうか。

「……まあ。合ってはいないけど。正解……かな」

「アアァ? なんだそれ」

 あの少女は、大層機嫌が悪そうだけれど……大丈夫だろうか。

「コイツ……名前が『マックス=寿限無=バーカ』って言うんだ」

 今度こそ、僕の名前が呼ばれた。

「はあぁァア? 馬鹿にしてのか? お前」

「けど、逆城が冗談言うの聞いたことないよな、お嬢」

「……本当だよ。な?」

「ぇあ、はい」

「マジか、そんなおもしれー名前の奴ハブるとか、この学校終わってんだろ!」

 あっはっはっはっはっは! と、少年はスゴく楽しそうに大声で笑っている。彼も僕の名前について笑っているのには変わらないのに、どうしてだろう、クラスに居る時の、嫌な不安感みたいなものは感じられなかった。

「その考え方はなかなかネェよ」

「……とりあえず、文香の方と一緒に考えよう」

 その後僕は、サカキから色々と教わった。

 あの快活な男子はハカマ=フウで。恐い女子がジョウドウ=キズナで。二人はサカキと幼馴染で。小さい女子がクサビ=フミカで。彼女は今、クラスで仲間外れにされていて。意外にも全員が同級生で。そして、辞書を引きながら、僕の名前の、日本での意味も教えてくれた。

 正直、どうしていいのか。解決策があるのか分からなくなった。だって、名前だ。自分の名前なんだ。そんなのどうしようもないじゃないか。捨てることもできないし。隠すこともできなかった。

「なあなあお嬢! もし、自分の名前が外国では『うんこ』って意味だったらどうするよ!……ぐっ、あははははは!」

「……自分で言って笑うなよ」

「アアァ! テメェ何下らねぇこと言ってンダよ。もしそうならテメェをぶん殴る」

「常道うんこ!!」

「ぶっコロがす!! 待ちやがれ、この袴ハゲクソがぁっ!!」

「うっはーー!! ヒドイ暴言!」

「乙女をうんこなんて言うヤツにゃあ容赦しねぇ!」

「(ガクガク)」

 クサビ=フミカは隣で大きい声を出されて、声も出せずに震えていた。まあ、ここまでも、ほとんど声は発していないけれど……それは置いておいて、ジョウドウ=キズナは本当に安全なヒトなのだろうか?

「…………お前ら。……ここ図書室」

 二人は……走ってどこかへ行ってしまった。喧騒けんそうから沈黙へと突然変異した空気の中で、僕とクサビ=フミカの目が、自然と合った。

「…………」

「…………」

 僕がサカキと会った時同様に、彼女も目を逸らさなかった。僕にとっては自然なことで、日本での生活では不自然なことだった。

 彼女の目に映っているのは困惑で、僕の目に映っているのも、多分困惑。互いに見つめあっている僕らは、互いにそれが理解できて、それがなんだかおかしくて、

「ぅふ、あははは」

「ははははははっ」

 二人だけで笑った。

「……? どうかしたのか?」

 突然のことにサカキが尋ねる。

「ううん。なんでもないの。ねっ?」

「あ、うん、なんでもないんだ」

「……そうか。まあ、少しは元気になったなら、それでいいんだが…………」

 隠す必要もないけれど、上手く話せそうもなかったから、なんとなく二人で誤魔化した。

「優しいね。袴くんとキズナちゃん」

 落ち着いて。クサビ=フミカが一言。

 僕への言葉だ。

「どうして?」

「だって、あんな名前で呼びあっても、あんなに仲良くしてるんだよ?」

 遠くから聞こえてくる男女の声。

「うはははははははっ!! じょおおおどぉおおおおお! うんこぉおおお!!!!!!」

「テメェ! いい加減にその口滅びやがれ、このハゲカス野郎がああああああああああ!!!!!!!」

 かなり離れた場所まで走って行ったようだけど、この静かになった図書室まで、その声はよく聞こえてくる。まるで、わざわざ僕たちに聞こえるように会話しているみたいだ。

「怒ってるように聞こえるけど……」

「怒ってても、仲良しでしょ?」

 それは、なんとなく分かる気がした。二人は、馬鹿にして、怒って……それでも二人は、二人とも楽しそうだ。

「どんな風に呼ばれたって、二人はきっと楽しいんだよ」

「そうだね……すごく楽しそうだ。だけど、どうしてだろう」

 僕は、馬鹿にされていたと分かって、クラスメイトとあんな楽しそうにはできそうにない。

「そんなの決まってるよ」

 さっきまで、ビクビクしていたと思った少女は、疑うことを知らないみたいに真っ直ぐに言葉を紡ぐ。

「友達だからだよ」

 静かな図書室で、古びた本が語るように。その言葉は、あまりにも純粋で、あまりにも真っ直ぐな声だから。

 僕にはそれが、真実みたいに聞こえた。



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