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いつかの花  作者: 憂木冷
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小五~遭遇~



 新しい学校。

 初めての、日本の学校。

 不安を押しつぶすために。無理やり期待を作って。軽快なポップソングの様な、楽しみにしている自分を装って。この小学校の五年一組に足を向けた。

 母の方の親戚は日本人だから、日本語も少しは話せる。ちゃんとやっていけるはずだ。

 そう思っていたけれど。

 一ヶ月経って。

 二ヶ月経って。

 三ヶ月経って。

 僕は虐められているのかもしれないと気が付いた。

 最初は、みんなが親しげに僕の名前を呼んでくれて。僕も仲良くなったつもりでいた。けれどそれは勘違いだったみたいだ。

 みんなが僕の名前を呼ぶのは、僕の名前が変だからだった。

 確かにハーフの僕は、日本とアメリカの名前が両方付いていて、少し長いとは思っていたけれど。どうやらそれだけではないらしい。

「よお、バーカ!」

「何してんだよマックスバカ」

「違うだろ、なあ? 寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」

 日本語は難しいな。あんな早口で、長文をまくし立てられても、何を言っているのか分からない。意味も分からない。だけど、だからこそ、僕に意味が分からないからこそ、彼らは僕に何かを言って面白がっているのだと言うことは、最近分かるようになって来た。

 母は言った。「自己紹介は、マックスだけでいい」と。理由は分からなかったけれど、その通りにした。だけど、クラスの名簿にはちゃんと僕の名前が載っている。

 英語名は日本人の母が。『МAXマックス』と名付けた。

 日本語名はアメリカ人の父が。『寿限無じゅげむ』と名付けた。

 そしてファミリーネームは『BACAバーカ』。

 日本の小学生にとってはそれが面白いのだろうか? 誰も意味は教えてくれない。

 先生に「学校へは持ってきてはいけない」と言われたから、一人の時間を埋める音楽も、ヘッドフォンと一緒に家で留守番だ。

 だから。ある日の放課後、よく僕の名前を呼んでくる三人に訊いてみた。

「なんだよ、気易く話しかけんなよ」

 着やすく花仕掛けんな? 違うか。着やすく話しかけんな。だろうか。それともやはり、気易く話しかけんな、か。

「教えて。僕の名前、何かおかしの?」

「別におかしくないぜ、マックス寿限無バーカ」

 彼が僕の名前を口にすると。他の二人はクスクスと笑う。やっぱりおかしいらしい。

「じゃあなバーカ」

「バーカ」

「マックスバーカ!」

 あはははははははは!

 悪意とまでは言わないが、決して好意的でない笑いと共に、彼らは帰ってしまった。僕の不安とは裏腹に、彼らは笑う。独り廊下で立ちつくす。果たしてこんな気持ちを僕はいつまで持ち続けて生活することになるのだろう。いつまでもこんな所に居たって仕方がないから、僕も帰ろうか。正直、アメリカまで帰りたい気分だけれど。

「……なあ」

 後ろから声。学校の廊下なのだから、どこから声が聞こえてきても不思議はないのだけど。振り返ると、いつの間にかに見知らぬ少年が立っていた。

「……教えてやろうか?」

「えっ、教えるって?」

 唐突にあらわれた長身で、静かな、底深い印象の真っ黒な少年は、日本人にしては珍しく、僕に目を合わせて言った。

「……お前が、あいつらに訊きたかったこと…………」

「本当に? でも、どうして? 君は?」

 どうして誰も教えてくれないことを初めて会った彼は教えてくれるのだろう。

「…………ああ……俺は二組の逆城植春。国語は得意なんだ」

 なんとなく「どうして?」に対する回答は誤魔化された気がする。

「図書室、いこうぜ…………多分あいつらも居る」

 こうして、マックス=寿限無=バーカと、サカキ=ウエハルは出会った。



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