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いつかの花  作者: 憂木冷
3/11

いつかのいつか2

 あの後はもう戦争だった。

 親や教師との戦争だった。

 東京の、それなりに名の知れた進学校で、その中でも割と上位の成績を収めている五人が。

「大学には行かないで本気で音楽で生きるよ」

「……バンド続ける」

「東大? 誰も行くなんて言った覚えはないゼ?」

「あ、あの。私、進学はしません」

「ハッ。アタシが決めたんだ。文句は聞かねぇ」

 なんて言い出したのだから……五人がそろって、大学進学を試合が始まる前に場外まで蹴飛ばしたのだから。それはもう大戦争勃発必至であろう。

「大学でも音楽はできるだろう」

「大学なんざいつでも行けンダろうが!!」

「真面目なお前がどうして……」

「真面目の意味……国語は苦手か……?」

「進学したくない理由でもあるの?」

「進学したい理由がなくなっただけです」

「勝算はあるのか、大学も出ない人生に」

「勝算なんて数学じゃ教えてくれねぇゼ?」

「馬鹿か、おまえらは……」

「うん。僕もそう思うよ。あいつらは馬鹿の天才なんだ」

 そうして僕らは、受験戦争ならぬ、受験放棄戦争をなんとか凌ぎ。素晴らしきフリーター生活を始め――早一年。

 もう一度言おうか。

 今、僕らは。

 蝉も寝静まった夏の夜、七年以上も前に卒業した小学校の校舎裏で穴を掘っていた。

 コンクリート詰めの道路に囲まれた学校で、いったいどこから聞こえて来るのだろう? 風鈴よりも微かで、風が吹かずとも響き続ける、名も知らぬ夏の虫たちの合唱。

 小学生の時にも同じことをしていた。

 あの時なら、こんな時間に外出した時点で怒られているが、まあ、それで済むとも言える。もし今見つかったらどうだろう? 「フリーター五人が夜中の小学校に侵入!?」なんて見出しの朝刊が発行されかねない。状況はよりスリリングになったと言える。本当に馬鹿だ。どうしてみんな僕の提案に反対してくれなかったんだ。

「おいキリシマ! まだかよぉ?」

「ちょっと……! キズナちゃん、しー。大きい声出したら誰かに見つかっちゃうよ」

 ……一応言うと『キリシマ』というのは今の……フリーターの僕のあだ名だ。昔、キリシマという生徒が部活をやめるらしい内容の映画があったそうなのだけど。それを高三の時に誰かがパロディで「あいつら、大学受験やめるってよ」なんて言いだして……言いだしっぺの僕はキリシマと呼ばれるように……。

「……はぁ、はぁ。もうう少しだと思うんだけどなぁ」

「そろそろ俺と代わっか? キリシマ」

「いや、あと少し」

「…………、深く掘ったもんだな……」

「あの時は、私がすっぽり入れるくらいの掘ってたもんね」

 そう言えば……当時は今よりもさらに小さかったとは言え、確かに体育座りの楔が入れるくらいには気合を入れて――馬鹿みたいに気合を入れて――馬鹿な子どもたちが気合を入れて掘っていた気がする。

「他の誰かに見つけられたくねぇしな」

 まあ、僕達にあったのは、常道が言った様な理由は一割未満であったとは思うけれど。はっきりとは覚えていない。

 ザクッ……ザクッ……ザクッ……。

 ザクッ……ザクッ……ザクッ……。

「アァ、アァ誰だよこんなに深く掘ったやつ!」

「…………、キズナが一番掘ってた気が……」

 ……ガッ。

「あ」

「あったかっ!」

「多分」

「ほんとっ!?」

 スコップの先が、少し堅いものを突いた。残りの土を手で掻き分ける。

 楔と袴が近づいてきて穴を覗き込む。

 花壇の淵に腰を下ろしている逆城と常道は、対照的に――静かに――騒がしく――待っている。

「キリシマくん。封くん。これ」

「ああ、とうとう当たりだな。キリシマそっち持て」

 そう言って、何重にもビニル袋に包まれた箱の片方を袴が掴む。

「うん」

 まだ箱はほとんど土の中に埋まっている。

「っしゃ……せーの!」

 同時に引く。

「っと、おお……」

 ほとんど埋まっていると言っても、大した大きさの箱ではないので、思ったより簡単に引っ張りだせてしまった。

「なんか拍子抜けじゃね?」

「それは僕とお前の胸の内にしまっておこう?」

 二人だけ、なんとも言えない気分だった。

「ねぇっ、ねえ! 早く開けようよ!」

「んア? やっと出たのかよ」

「…………、文香。静かに……」

 楔文香の笑窪えくぼヴォイスに釣られて、常道と逆城も集まってくる。

 僕が袋をほどくのに手間取っていると「破っちまえよ! オラッ!」と、常道が引き裂いた。

「…………、」

「漢らしい、と言うより、ただの野蛮な女だね」

「あはははっ、キズナちゃんかっこいい!」

「テメェら、バカにしてんのか?」

 さてさて。

 果して、僕と楔がしばらく追い回されたのち(僕が腹部に「サイクロングレネイドッ!!!!」と言う割とマニアックなパンチを食らって終息した)、確認された袋の中身は、蓋をガムテープでガッチリと閉じられた、一斗缶サイズの円柱の缶だった。

「開けるよ」

 言って、ガムテープを剥がしていく。

「封くん、何入れたか覚えてる?」

「ん、忘れた。お嬢の勝負パンツとか?」

「えぇぇ忘れちゃったのぉ? ドライだなぁ。まぁ封くんだから仕方ないかぁ……ハルくんは?」

「オイ、ちゃんと突っ込めよ、アタシが恥ずかしいじゃねぇか」

 楔、下ネタを華麗にスル―。

「…………、ぁあ。そうだな、なんか書いたんだったか……?」

「そう言われてみりゃあ、そんな気もすんな……よくは覚えてねぇけど」

 逆城が答えて、常道もなんとなく思い出したらしい。

「こういうのは、忘れてた方が面白いもんだよきっと」

 言って。

 ガムテープを全て剥がし終えた。

「そうだねっ。なんかドキドキしちゃう」

「お嬢のパンツ!」

「…………、封、どうした?」

「うぜーなこの馬鹿。さっさと開けろよ」

「うん。いくよ」

 七年前。

 僕たちは、この、どこかのゴミ捨て場で拾って来た缶の中に、いったい何を詰めたのだろう。どんな思いを詰めたのだろう。

 未来で開ける僕たちを驚かそうとしたかもしれない。

 未来への疑問を込めたかもしれない。

 不安かもしれないし、希望かもしれない。

 楽しい思い出かもしれない。

 忘れかけた過去かもしれない。

 僕たちは、ここに大切なモノを詰め込んで。

 今、こうやってドキドキするために。

 みんなで、楽しんで掘り起こすために。

 大切なモノたちのことを一度忘れた。

 思い出すために。

 思い出を土に埋めた。

 そして、パカッ。と、七年分の空気圧が音を立てて蓋が開く。

「くぅ……かっ、あはははははははははははっ!!」

「うん。赤か」

「…………、なるほどな」

「き、キズナちゃん……」

 僕が言った赤とは何か? それは、勿論、常道の顔……と。

「なんでアタシのパンツが入ってんだよ!!!!!!!!!!!!!」

「はははははははっ。入れといた!! あははははははは!」

「…………、くっ……封。お前は天才か?」

 無表情を保とうとしているが、逆城も笑いが堪え切れていない。

 楔は……。

「キズナちゃん……」

 神妙に。

「小学生でこの赤は……」

 俯いて。

「……うっ、あははははははははは!!」

 限界だった。

 僕も声を掛けておこう。

「常道。穿いて見せてよ」

「テメェら、覚悟しやがれ!!」

 唐突に始まる鬼ごっこ。

 馬鹿なことをしているだけなのに、どうしてこんなに楽しいのだろう。他人から見れば、本当に下らないこと。何にも考えずに馬鹿やって恥をさらす。だけど、僕の自然に笑える姿は、そんな時のはずだから。そしてその時は本当に素直に楽しいと思えるはずだから。馬鹿の天才になって、楽しむことに全力で頭を使えばいいのだろう。

 この缶には。

 常道絆の勝負パンツと。

 たくさんのガラクタ(思い出)と。

 当時の少年心が詰まっていたのかもしれない。

 そして、五通の封筒も。



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