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いつかの花  作者: 憂木冷
2/11

文化祭



 高三の九月、文化祭最終日。

 高校生活最後の文化祭……。

「……俺達も……今日で解散だな……」

 ドラムのスティックを器用に弄びながら、僕たちのバンドいち、無口な男、逆城さかき植春うえはるが、そう話題を切り出した。

「そうだね逆城、ここからは皆大変な時期だし」

 メンバーは全員、大学受験が控えている。そこそこ成績の良い人間が集まってはいるが、流石にもう受験勉強を蔑ろにして志望校に受かる時期ではない。

「別に俺はまだ続けたっていいゼ? 志望校も余裕のA判定出てるしな」

ふうくん、それ、一年生の時から言ってるよね……?」

 訂正が必要だった。正確には「凡人には受かる時期ではない」だ。

 よくよく、なぜ僕らのバンドに収まっているのか不思議に思われている天才、はかまふうは例外だろう。元々僕らは、ピアノの全日本コンクールで優勝したこともある袴ありきのバンドなのだが……そんな内情、外周は知らない。端から見れば、天才が変なやつらに囲われた、という風に見えるらしい。

「そうだっけかッ? フミ、よくそんなこと覚えてるな」

「いやぁ、だってびっくりするじゃん。高校入学の時点で同級生に東大A判定取ってるヒトが居るって聞いたらさ。まぁ、それが封くんだって分かって納得したけどね」

 パイプ椅子に腰を落ち着けて、ギターの弦を細い指先で緩めながら、くさび文香ふみかは頬を窪ませ、楽しそうに思い出を語っている。首から掛けたフェイスタオルは、いつも通り彼女だけ二割増しで汗を吸っている。身長百四〇センチ台の少女は――単に代謝がいいだけかもしれないが、それでも身体に合わぬ大きさのエレキギターをステージで振り操るのには、それだけ多くのエネルギーを使ってしまうのかもしれない。

「俺だと納得すんのカ?」

「だって封くんだもん」

 楔、それはなんの説明にもなっていないパターンの会話だぞ。僕らには通じるからいいけれど。

「確かに、袴は小学生の時から天才だったな」

 と冗談交じりに注釈を入れておく。

 楽器の片づけをしている間、僕だけは手持無沙汰だ。ちなみに、逆城は今、ドラムのスティックを小指の上に立てている。本人曰く「集中力を高める練習」らしい。おかげで僕の気は散るが。確実に、冷静に役割をこなしてくれる彼は頼りになるから、文句も付けようがない。今は片づけをしてくれ。

「……小学生の時と言えば」

 寡黙な逆城がまた話題を立てる。

「俺達……中学は別だったから、高校で再会してバンド組んだけど……もしあの時に始めてたら、どうなっただろうな……」

「何言ってんだよ? そんなことしたら、今頃、武道館でも東京ドームでも満席にできるバンドになってるに決まってんだろ?」

 馬鹿なこと訊くなよ。と、一番馬鹿みたいなことを言う。

「封くんはどんな大袈裟なこと言ってても冗談で言ってるのか分かんないよね」

「だいたい本気で言ってるらしいけどな……周りは本気にしてないけど……」

 表情を緩めて逆城が僅かにほほ笑む。

 確かに、あの頃の――小学生の僕らは、袴の言うことをあまり本気にしていなかった。昔、彼が言った「バンドでも組むか!」という言葉。その時はみんなそれを冗談にしてしまった。だけど、おそらくだけれど、僕達の中にその何気ない会話を忘れてる奴はいない。

「もし……一度だけ過去をやり直せるとしたら……昔、封がバンドの話をした時に戻ってみたいな……あれも本気だったんだろ?」

 と逆城。

「そんなことあったね~。私も冗談だと思ってたよ」

「まっ、俺はいつも本気だからな。そん時の俺も本気で言ってたはずだゼ?」

 やっぱりみんな、覚えているらしい。

「結局、その後僕たちみんな別の中学行ったのに、それぞれ楽器始めてたし。本音では、やりたかったんだろうね」

 ただ、袴の話に乗る勇気みたいなものは誰も持っていなかったんだろう。彼ほどの天才について行く自信も、覚悟も、ただの小学生には持てなかったのだろう。

「封はどうなんだ? ……やり直してみたい事とか、あるのか?」

 いつの間にか、両手の小指にドラムスティックを立てた逆城の口調は「まあないだろう」と思っていることが読み取れた。確かに、天才には悩みがない、とは思わないけれど、僕にもあまり想像が付かない。

「うん、僕も聞いてみたいな」

「ああ、そうだなぁ」

 パッとは思い浮かばないようだ。カク、カクと首を一周巡らせて。

「産まれたとき、かなぁ」

「……へぇ。……ん? なんで? 産まれたときじゃ何もないじゃん」

 楔には理由が分からないらしい。コロコロとクエスチョンマークを生み出している。勿論何も言わないが僕と、多分逆城にも分かっていない。

「……ふん……どうしてなんだ?」

 逆城は集中力の証であるドラムのスティックを小指の先から下ろしていた。それだけ気になる話題なのだろう。

「あぁ。まぁ俺は天才なんだけどさ」

 迷いなく言うなぁ。まあ、誰にも異論はないけれど。取り合えず全員沈黙を守る。

「だけどさ――だからこそ、かな。凡人の人生にも憧れるんだよなぁ」

「はぁ……」

 よくわからないな。僕が凡人だからかもしれないが、感想も浮かばない。

「……?」

 逆城も首を左肩へと傾けて、「わかるか?」と、ミニマムギタリスト楔文香にアイコンタクト。それに彼女は、汗を含んだタオル片手に「さぁ?」と、両腕で大袈裟にボディランゲージ。

「つまり、理由はよくわからないけれど、凡人として人生をやり直したい。と?」

 と、僕が言葉にしてまとめる。

「そだな。まあ、強いて戻りたい過去を選ぶとしたらだけどナ」

 天才にして天才ピアニストの袴封は、「強いて」をフォルテで、そう答えた。

「ふぅん。まっ、よくわかんないけど封くんは封くんだからいいや」

「おい、お前の方がよくわかんないこと言ってんだろ」

 うむ。楔は、袴のことを神格化でもしているのだろうか。確かに、小学生時代、なんでもできる袴封は、それはそれは神のような存在だったが、神のような神童だったが……便利すぎるだろ「封くんだから」って言葉。

「まあまあ、封くんだから封くんだから」

「フミ、それ言いたいだけだろ?」

「まあまあまあ。それで、ウタくんはどう? やり直したい事とかあるの?」

 天才を適当にあしらって、楔が僕にバトンを回す。ちなみに『ウタ』というのが今の――高校生の僕のあだ名だ。バンドで歌担当だからウタ……。

「僕は……」

 やり直したいような思い出も、失敗も選択も、いくらでもある。何個でも思い付く。だけれど、今のところ、僕はこれまでの生活を無にしたいとは思えない。それに、無くしたいとも思えない。

「そうだね。もしかしたら、将来の僕は『今』って言うかもね」

「…………?」

「?????」

「というと?」

 ニヤニヤと、見透かした様に天才が振る。まさか、僕が言わんとしてることに気付いているとは思えないけれど、なんだかこれじゃ言わされてるみたいだ。まったく。

「逆城、袴、楔……」

 それぞれと目を合わせてゆく。

 ドラム、逆城植春。寡黙な職人気質で、長身で派手な体格と静かに情熱的な性格。底知れなくて、真っ黒なほど底が深い。いつだって最高を尽くし、期待に三倍で応えるのが通常運転のあまりにも頼りになるおとこ

 ピアノ(兼シンセサイザー)、袴封。天才。彼を中心に立ち上げたからこそのピアノロックというスタンスのバンドだったが。結成二日後には、シンセサイザーを自在に操っていたという都市伝説がある……。いつだって最大戦力を尽くし、絶望的なまでの結果を生み出す天才。

 ギター、楔文香。笑いが絶えず表情が尽きない、少女しょうじょと言うより小女しょうじょ。背が小さく、ついでに気も小さい。初めて会うヒトの前ではほとんど会話もできないし、見た目通り体も丈夫な方ではない。が、いつだって全力を尽くし、誰よりも真っ直ぐな心の形をした笑女しょうじょ

 体育館の舞台袖。すぐそこには、体育館裏へと続く木製の軽い扉がある。

 ざわめく体育館の声に紛れて。

 外から聞こえる快活な足音一人分。

 ガッガン! とドア枠に角を擦らせながら、建て付けの悪くなった扉が開く。

「オイ、もう片付けは終わっ……てネェじゃねぇかっ! さっさとしやがれ、次が控えてんだよ!」

 僕らを視界に捉えるなり、汗の水分でまっすぐに滴り下がった、芯まで深黒しんこくの長髪をバサリと振り上げ、低めの声を放った。

「ちょっとぉ、お嬢ぉ。今いいとこなんだゼ?」

「アァ。ぁんだよ? ウタが文香に告白でもすんのか? それなら待ってやるよ」

 ギラリ、と不敵かつ不吉に笑う闖入者ちんにゅうしゃ

「……ぅえっ? キズナちゃん、それって……」

「えっ、じゃないよ楔! しないしない! 今そんな流れじゃなかったでしょ!? 常道も、一旦話を聴いてくれ」

 校舎で控えていたバンドを呼びに行ってくれていた僕らのリーダーは「押してんだから早くしろ」と、外の様子を窺いながら、僕が話す空気を整えてくれた。

「ああ、どこまで話したっけ……」

「……まだ何も話してないぞ」

 逆城に静かに言われる。

「そうだった」

 ベース、常道じょうどうきずな。僕らのリーダー。確実にどこでもリーダーで、真実にみんなのリーダー。圧倒的な指揮者。野蛮な眼光。口調はキレ気味。頭もキレる。集団の中での判断力は、かの天才をも圧倒する。いつだって全速力を尽くし、全ての人間を前から導く扇の要。

 今日解散する僕の仲間――四人に言う。

 僕の意思を伝える。

「大学行くの、やめないか?」



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