卒業*解散場所*
「わぁ! 見て見て、私すっぽり入れちゃった!」
楔が穴の中に収まって手を振っている。なんと言えばいいのか。とりあえずスコップを持って。
「なんか……埋めたくなるよね」
「きゃーーー! 待って待って!」
冗談なのだが、慌てて足を滑らせながら、土の中から這い出て来た。ゾンビか。
「冗談だって」
僕らには冗談を言う余裕も、穴に入って遊ぶ余裕もあるが。
「く、はぁ、はぁ、はぁ。水……」
「ああああああああああああああああああああ、まけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「……ほら、キズナ。麦茶ならあるぞ」
「サンキュ」
二人で、どちらが深く穴を掘れるか競争していた、常道絆と袴封は、服に土が付くのも構わず、地面に寝転がっている。ちなみに、負けた袴の穴は、逆城に埋められている。無念だ。そして、常道はかつてない程嬉しそうだ。
「……文香とさくら、順番に入れとけば」
容赦なく穴を一つ埋めながら逆城が言う。
「せっかく掘った穴がぁぁ」
ヒトを呪わば穴二つ。だけど僕達に必要な穴は一つだ。
「諦めなよ」
「ぐがあああががががが」
「……こいつはキズナに負けたのが悔しいんだよ」
転がる袴を適当に見降ろしながら、逆城が彼の気持ちを代弁する。
「あっ、確かにっ。封くんが何かで負けるのって見たことないかも」
「僕もだ」
「はぁ、は……最後に一回くらいこいつを負かしたかったからな。アタシも必死だった」
それは見ていれば分かった。だって、
「途中で、封くんのこと殴ってたもんね」
「あ? そんなことしたっけか?」
「…………無意識……」
「てんめ、お嬢! いきなりこっち来て『二重の極み』とか言ってヒトのこと穴に殴り落としといてとぼけんのか!?」
「はぁぁ……? お前、何でアタシがその技を体得したこと……知ってんだ……?」
「にゃぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
「ほらほら封くん。キズナちゃん疲れてるんだから」
「俺だって疲れてるわ!」
「……見えないけどな」
「うん。袴は疲れてないよ」
「お前ら、みんなお嬢の味方か!?」
「「「当たり前だよ(でしょ)(だろ)」」」
「ぐはっ……人望でもま、け……」
よく分からないけど静かになったようだ。ところで、僕たちはタイムカプセルを埋めに来ただけなのに、どうしてこんな対決をしているのだろう。わざわざ二つ掘って、一つはただ埋めるだけなんて、驚くべき回り道をしている気がするが、まあ。
「楽しいからいいか」
「……何か言ったか、さくら」
「いや、なんでもない。早くタイムカプセルに入れよ」
「……そうだな」
「ねえねえねえ、誰から入れるっ?」
どうしようか。と僕と逆城と楔の三人で迷っていると。
「オイ、みんな手紙書いてきたろ? ぐしゃぐしゃにならねぇように底にいれた方がいいんじゃねぇか」
と常道から提案があった。
「……それもそうだねっ。じゃあはいっと」
楔文香が一枚。
「はい、二人もっ」
「う、うん」
僕が一枚。
「……」
逆城植春が一枚。
「ほらよ、入れといてくれ」
するりと、地面を這って投げ寄こされる。
常道絆が一枚。
「封くーん。おーい」
「……起き上がらないな」
「代わりに入れとこ」
袴封が一枚。
それぞれが、いつかの誰かに宛てた手紙を書いた。
それは自分にかもしれないし、ここに居る全員にかもしれない、ここに居ない誰かかもしれないし、誰に宛てたものでもないのかもしれない。今は、書いた本人しか知らないことだ。そして、いつかきっと分かるはずだ。その時は、今日この日のことを『いつか』と言って思い出すのかもしれない。
いつかこの手紙を開く僕たちは、いつかこの手紙を綴じた僕たちになんと言うだろう。今の僕には永遠に分からないことで、生きていけばいつか分かる日が来ることだ。僕たちが過去になった時に、僕たちがまた集まった時に。その日が絶対に来るなんて保証はないけれど。
「はいっ、次さくらくんの番」
「ん、ああ」
「後はさくらくんと封くんだけだよ」
渡された缶は、いつの間にかかなりの重さになっていた。
「結構入れたね」
「これでもかなり絞って来たんだけどね」
話しながら、僕も袋に入れて持って来たものを袋ごと収める。他のみんなに開ける時まで何を入れたのか分からない様にするためだ。
「はは、開けるのが楽しみだな」
「うん。早く開けたいね――」
「よし! 最後は俺の番だな!!」
「……生き返ったか」
袴が、忘れた頃に生き返って来た……いや、勿論本当に死んでいたわけではないけれど、ただの比喩だけれど。
「ほら、貸してみ貸してみ」
言いつつ缶をひったくり、
「よし……くふっ」
自分の持って来たものを入れてすぐ缶に蓋をした。
「おおぉぉぉし!! さっさと埋めて、帰ろうぜ!」
「クッソ、てめぇ、何でそんな元気あんだコラァ!」
「キズナちゃんも元気ありそうだねっ」
「……埋めるの飽きた」
「はははは、今度は僕がやるよ」
袴はいつもと同じ空気で「帰ろうぜ」と言った。まるでまた明日も会うみたいに。
だけどみんな分かっている。そんなことはない。
もう、こうして当たり前に会う日は来なくなる。
それでも最後に僕がこう言えたのは、袴の自信に溢れた言葉のおかげかもしれない。
「よし、お嬢」
「ァア、逆城」
「……文香……泣くなよ…………」
「うっ、うん、さくらくん」
「袴」
タイムカプセルを校舎裏に埋め込んで。
校門の前まで戻って。五人で顔を見合う。
この門から、さくらは見送る。
僕たちが出ていく姿を。
このさくらは知っている。
もうこの門を僕たちが通らなくなることを。
それは決まり切ったことで、分かり切ったことだ。
だけどこのさくらの木は、一つだけ知らないことがある。
何度も何度も、何人も何人も見送ったことだろう。だけど、いつか、僕たちが、また今日みたいに、この門を飛び越えることは知らないはずだ。
僕たちにだって確証はない。
もしかしたらその日が来る確率は、ほとんどないのかもしれない。
それでもこれだけは、言えた。言えるようになれた。
「またね!」
再開するよりも、こう言えることが、今の僕にとっては、大切なことだ。