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転2 暗闇は、悪夢を呼ぶ

 

 クロムウェルは、ベッドの近くまで足を運び、腰を下ろすとシーツの上で眠る少女を飽きずに眺めていた。今夜もてっきり起きているかと思って用意してもらった、料理長に作ってもらった軽食とワインをもったいないので一人で食べる。いつもショーギや名前の知らない同じく異国の遊戯を二人でしながら、食事をとっていたので、高級な食材と凄腕のシェフが作ったものにもかかわらずおいしく感じられなかった。

 今まで、彼女の起きている姿しか見たことがなかったため、無防備なその姿を新鮮に思えた。暦の上で春がもうすぐやってくるとはいえ、この時期に肌がちらりと見えてしまう状態はまずいだろうと思い至ったクロムウェルは、布団をかけなおしてやることにした。そこで、部屋の明かりがつけっぱなしで、寝づらくないのだろうかと疑問に思った。ろうそくの炎を消して、クロムウェルは何日ぶりになるかわからないが自室のかえって休もうとラピスラズリの間を後にしようと部厚い扉をぎぃっと押した。


「で、殿下!」

「お前は……たしか、ラピスラズリの侍女か」


 クロムウェルが、扉をちょうど開けたとき目の前に自分と同じ色の髪をお下げにした見覚えのある侍女に出会った。侍女は、あわてて礼をとると、クロムウェルの身体越しに見える室内の様子に、はっとした。


「いやぁあああ――――」


 甲高い悲鳴が、ラピスラズリの間に響く。その声は、この間の主の少女のものだとすぐに気が付いたクロムウェルは、あわてて少女が眠っているはずのベッドのところに戻る。それと同時に、黒髪の侍女が、手に持っていたロウソクの火を暗闇の中でも慣れた様子で、室内に明かりをともしていく。


「おい、どうした! 何があった」


 明かりに照らされて見えるのは、シーツを強く握りしめて体をこわばらせて眠る彼女の姿だった。ひどい汗をかいて、寝苦しそうにしていた。


「……サ……コロサ……イデ! 死ンジ……ダヨ、カ……ン、トウサン」


 うわごとのように何事かつぶやく。それが、この国の言語ではなく西の国の言語であることはすぐに分かった。うわごとでつぶやいた内容は、物騒なものであったが、それがただの夢から来たとは思えないほど彼女の表情は苦痛にゆがんでいた。彼女に使える確か塔子という侍女は、おろおろとするクロムウェルを無視して、ベッドの近くに燭台を置くと彼女を強く抱きしめた。


「シア、大丈夫です。ここには、あなたを傷つける者はいません。トーコが、います」

「母さん、父さん」


 繰り返し繰り返し、優しく温かみのある声で塔子は、主にささやく。室内が明るくなったことと人のぬくもりで落ち着いたのか、ふっと彼女の体から力が抜けてすぅすぅと規則正しい眠りに戻っていく。その様子を確認した侍女の塔子はほっとした肩をなでおろし、ベッドの上に彼女をゆっくりと寝かせ風邪をひかないようにしっかりと布団をかける。


「いったいなんだったのか?」


 あまりにも急なことで、頭が追いつかなかった。ベッドで眠る彼女をいとおしそうに見つめる侍女塔子に、かすれた声で問いかける。


「暗いと……眠るときに近くに明かりがないと、姫様は悪夢を見てしまうのです。だから、夜寝るときも部屋の明かりをつけておくんです。火事になったら危ないですから、私やほかのそば付きの侍女が定期的に明かりを確認しに行くのです」


 侍女は、淡々と告げる。話の内容から、さっきのひと騒動はクロムウェルが不用意に明かりを消してしまったのが悪かったということが判明した。侍女の話の様子から、暗闇の中で眠ると悪夢を見るのが常の状態のようであることを知った。


「だから、夜にこの部屋に訪ねても明るかったのだな。あいつには、悪いことをした。すまないと、起きたときに伝えてくれるだろうか」

「はい、かしこまりました。あの……聞かないのですか?」


 侍女が、不安そうな声音で尋ねてくる。侍女が言うとおり本当は聞きたいことも王太子という立場上聞いとかなければならないこともあった。悪夢にうなされた彼女は、「殺さないで、母さんと父さんを」「死なないで」と口にしていた。言葉はかすれていたけれど、繰り返し口にしていたのでなんと口にしていたのかは、すぐにわかってしまった。ディアナ・バル・フロディエンドの母親は、娘を産んですぐに他界し、父であるフロディエンド公爵はいまだ健在であった。

 だとすれば、彼女の口にした「母さん」と「父さん」は、必然的に別に存在することになる。そして、極めつけは侍女のこの態度と、彼女のことを「ディアナ」や「姫様」ではなく「シア」と呼んだことだ。彼女が、舌をかまないように迅速に対応し、落ち着かせようとあやしたとき、この侍女の口から出たのは「シア」とい愛称であった。ディアナの愛称が「シア」になるはずがない。そして、この間の晩にクロムウェルが「ディアナ」の愛称は「ディー」であるのか、何気なく訪ねたときの不自然な態度。そこから導き出される可能性に、できることならば目をそむけてしまいたい。目をそむけて彼女を「フロディエンドの令嬢」で「ラピスラズリの間の姫」とだけ思って接していれば、きっと昨日と変わらない日々が送れるはずだ。

 王太子という身分ゆえに「知らない」ことが許されないことをクロムウェルは重々知っていた。いつかは知らなければならないのならば、真実は彼女の口からききたい。それがどんな答えであってもだ。


「トーコだったな。この様子だときっと朝まで目を覚まさないだろう。おまえはもう下がっていい、俺がついておくから心配はいらない」

「かしこまりました。御用があるときはお呼びくださいませ」


 王太子であるクロムウェルの命をいくら主が心配でも無視することはできない。おとなしく従わざる得ない自分の役職を塔子は嘆きながらも部屋を後にした。嵐はすぐそこまで来ていた。





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