承3 男ばかりのお茶会
結局自分よりも、年下の少女に一晩中勝負を挑んだすえに、弄ばれて一勝も実力でもぎ取れなかったという事実が、クロムウェルの心にタメージを喰らわした。次こそかならず勝ってみせると意気込んで、ラピスラズリの間に足を踏み入れて、速くも一、二週間がたとうとしていた。クロムウェルは、根っからの負けず嫌いであり、それゆえに今の実力を手に入れたともいえる。今日この執務の間も、昨日の駒運びを頭の中で思い出しながら、どう運ぶことが正解だったのか検討していた。
そんな、クロムウェルの様子を仕事を片付ける片手間に見ていたレナードは、心ここにあらずという非常に珍しい光景にあっけにとられていた。最近、頻繁に後宮に足を運ぶようになっていることは知っていた。何せ、ここ一週間近く毎日寝不足そうだったからである。よく欠伸をかみしめながら書類をものすごい勢いで処理していく様子をクロムウェルの護衛役であり幼馴染のゴーシュとも酒の席の話題となっていた。
クロムウェルが、最近通っている女性が誰なのかは、後宮に努める侍女に声をかけたら教えてくれた。ディアナ・バル・フロディエンドという女性だった。彼女は、つい先日、ラピスラズリの間を与えられたフロディエンド公爵の一人娘だという。公爵譲りの銀の髪に、母親譲りの瑠璃色の瞳を受け継いだ少女で、体が弱かったせいかほんの数年年まえまでは、公式の場に姿を見せることがあまりなかった。体に合う薬をついに見つけたらしく、今では社交場に姿をよく現すようになった。レナードも後宮に彼女が上がる前開催された舞踏会で一度踊ったことがあったが、こうやって話題に上がらなければ忘れていってしまうくらい取り立てて、惹かれるものがあるわけではなかった。
「クロム、あなたにしては珍しいですね。同じ女性のところに足しげく通うなんて、驚きましたよ」
仕事の手は進んでいてもいつまでもぼけーっとしてもらっては困るので、頭を切り替えてもらうためにお茶にすることに勝手に決め、机の上にあった呼び鈴を鳴らす。部屋にやってきた侍女にお茶を入れてくるように頼む。
「レナードの言う通りに、我ながら珍しいことをしているとおもうな。なんかその言い方だと俺が、女を抱いては捨ててをやっているように聞こえるぞ! それに、後宮にあまり足を運ばなかったのも大抵、脅えられるか媚を売られるかの二択だったせいだぞ」
「脅えられるのは仕方ないさ。なんせ、その迫力のある顔だし……魔王様だしな」
「うるさい。好きでこんな顔に生まれたわけではない。それに、その魔王なんてあだ名はやめろ! ゴーシュ、お前がその呼び名を散布して回っているわけではないだろうな」
クロムウェルが、ゴーシュをにらむときに若干殺気が混ざっていたのはきっと気のせいでは、ないだろう。睨まれた本人は、飄々としているので、それもまた我らの魔王様の感に触ったらしい。そんな中、カートを引っ張って侍女がお茶を用意し始める。
「そうか。お前だったのか、犯人は……ローゼにこの前お前が娼館に出入りしていたことばらしたいんだが、いいか?」
ローゼことロゼリアは、ゴーシュの婚約者である。ロゼリアは、男に負けずと腕っぷしが強いだけでなく、なかなか頭が回る優秀な女性でとても尊敬できる人であるとおもう。伯爵家の令嬢であるにもかかわらずクロムウェルが兵の募集した時に立候補した唯一の女性で、周りから何を言われても自分の道を突き進んだというなかなかの強者だ。
「やめてくれ! それだけは勘弁!! そもそも俺が広めたわけじゃないやい! みんな、クロムは魔王様だって心の中で納得していると思うぜ……ところでさ、ディアナ嬢は、美人なのか?」
ローゼの名前を聞いたゴーシュは、一気に蒼くなった。前回浮気がばれた時は、ロープに縛られて逆さ吊りで一晩放置されたとか……聞いた覚えがある。お茶を入れ終えた侍女は、軽く一礼をした後部屋を後にする。入れてもらったお茶をゆったりと口にしながら、幼馴染にくぎを刺しておく。
「ゴーシュ、仕えるべき主の姫に手を出したらシャレにならないのですから、止めなさい。レナード、そんなことをしたら間違いなく、ローゼに殺されますよ」
「うげっ。神に誓ってディアナ嬢には、手を出しません! でも、気になるじゃねえか」
「私は一度ディアナ嬢と踊ったことがありますよ。なかなかの美人ではあったと思いますよ。でもまぁ、あの令嬢がクロムの容姿を見て一切脅えるそぶりを見せなかったというのには驚きましたが……吹けば倒れそうな印象がありましたね。そうそう、クロム。貴方はいい加減来月の女神降臨祭での夜会のパートナーを決めてくださいね。毎度毎度、あなたはぎりぎりまで伸ばすのですから……」
「ん? わかった。夜会の件は考えておく。レナード、あいつは、儚げな美少女っていうよりもローゼみたいに才色兼備ってやつだと思うぞ」
赤髪に紫水の瞳のナイスバディなローゼと銀の髪に瑠璃の瞳の儚げなディアナ嬢を頭の中で比べてみるが、あまり似ているようには思えなかった。もしかしたら、クロムウェルだけに見せるディアナ嬢の姿があるのかもしれない、そう思うことに決めた。まぁ、今まで世継ぎを作ることに消極的であった友が、まじめに世継ぎをつくる気なのは喜ぶことなのだろう。
「お相手の令嬢にあまり無理をさせてはいけませんよ。女性は、壊れやすいのですからね」
「……うん? 今まで気にしていなかったな。もう少し、気遣ってやらぬといけないな。しかし、夜に、会うときは至って健康体だったぞ。別に無理をさせてなんかいないと思うのだが」
そんな和やかな会話を幼馴染たちとクロムウェルがしているころ、ルイシアもまた侍女塔子とともにお茶会をしていた。
遅くなってすみません。インターネットの調子が悪くって、なかなか投稿ができませんでした。