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承2 夜更かし

 ルイシアは、普通にいけば、初夜というところだったが、魔王様にその気がなさそうなので、いつまでもこうして突っ立っているわけにはいかないのでお茶でも進めてみることにした。


「もらおう」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 部屋の隅に用意されているお茶のセットを手に取る。保温容器に入っているお湯は、まだ熱い。ルイシアは慣れた手つきで、オリジナルブレンドの茶葉を入れたポットに高い位置からお湯を丁寧にそそぐ。湯気と一緒に、すっきりとしていて落ち着く香りが立ち昇った。ルイシアは、茶葉を調合したり、薬を調合したりといったものが得意だった。魔女の血を引くメイルーン家の者として生きた時間は、両親が健在だった十も満たない年数だったが、その知識はしっかりと頭と体に叩き込まれていた。

 この国の王位継承権第一位のお方に飲ますのだから、万が一にも毒が混入してはいけない。ルイシア自身は、殿下を今のところ毒殺や刺殺など暗殺するつもりは毛頭なかったが、第二皇子や王弟の派閥の人間が、フロディエンド家に罪を擦り付けるために事前に皿やポットに毒を仕込まれている危険があるからだ。ここは、血が飛び散るような戦場ではなく、静かで陰惨な戦場。気を付けていて、損はない。


「どうぞ」


 ベッドに腰掛ける魔王様に、紅茶を献上する。魔王様は、コップを手に取り匂いを嗅ぎ、毒が入っていないことを確かめているようだ。


「いい香りだな」

「ありがとうございます」


 部屋の中に紅茶の香りとすする音だけが響く。ルイシアに主導権はないので、ルイシアはただ黙ったまま紅茶をすすった。



 部屋の片隅に置かれた奇妙なものを興味深げに見ていたら、クロムウェルの視線に気が付いたのか、ルイシアはトコトコと歩き、彼の視線に合ったものを引っ張ってきた。


「これは、なんだ」


 武器ではないことはわかる。平らな板の上に五角形のピースが散らばっているのだ。よく見るとその駒にはどれも黒い色で絵が描かれていた。


「将棋という遠い東の国のゲームですわ。先ほど殿下とすれ違った侍女、塔子というのですが彼女の国の頭脳ゲームですわ。チェスに、少し似ているのかもしれません」

「ほぉ。お前は、異国に興味があるのか」

「えぇ……。特に、出雲の国には興味がありますわ」


 自分で聞いておいて、いやな気分になった。今、一瞬だったが目の前の女の笑顔が崩れ悲しそうな顔をした。彼女がいくら、興味があっても王太子である自分の下に嫁いできた以上、自由にこの後宮からも出ることは叶わないのだ。出る方法がないわけではない。その方法を取ることを命じられるのは、自分と父王だけだろう。それに、もしその方法を取ったとしたら、彼女と彼女の実家にとってはとても不名誉なことだ。


「そうか。よし、わたしにこの頭脳ゲームを教えろ」

「はい。よろこんで」


 花がほころぶように笑う。その笑顔には、偽りがみられない。クロムウェルに、ルールを説明していく。雪のように白い指が、将棋の駒を動かす。ルールを覚えたクロムウェルは、さっそく彼女と遊戯に興じた。宝石や装飾で、着飾った美しさの中に、確かな知性を感じさせる駒の運び方。ギリギリのところでわざと負けて見せる技量からみても、同じことがいえた。


「うぅ、悔しいですね。教えたばかりですのに……さすが、殿下ですわね。盤上の上ではなく、このギャレーリアの地で、戦っているのですものね。もう一度お願いいたしますわ」


 この後、のちの世の歴史に名を残すことになる王太子と、その側室は一睡もせずに勝負をしていた。





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