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起2 人生の分岐路

「捕縛しろ!」


 金髪の男は、飛来する短剣を黙視するよりも先に反射的に叩き落とし、部下に命じた。突然飛び出してきたルイシアに、一瞬驚いたがすぐに平常心を取り戻し、ルイシアの捕縛を命じた。予備の短剣を構えると近寄ってきた男の手を切りつけた。浅い―――攻撃に気が付いた青年が、すぐに一歩飛びのいたためルイシアの攻撃は、ほとんど意味をなさなかった。

 ゴン、背中に鈍い痛みが走る。続けざまに、手に持っていた短剣を取り上げられる。瞬きするほどの間に、ルイシアは地面にはいつくばるようにしてこの場にいる騎士たちのリーダーらしき男の前に引きずり出されてしまった。


「は、離せっ! っ、てめぇ! ドサクサに紛れて、どこに触ろうとしているんだよ」


 たぶん、他に武器を隠し持っているか確認しているのだろう。あまりにもあっけなく捕縛された自分のふがいなさに涙をこらえながら、ゴートン方言でなまっている帝国で、男たちに反抗する。しかし、上流階級の人たちばかりのせいか火を吐くように凄まじく罵った言葉は、全然聞き取ってもらえなかったようだ。



「やはりまだいたようだな。おい、小むす……デ、ディアナ?」


 塔子に刃物を突き付けていた金髪の男の隣にいた銀髪の青年は、初めの威勢の良い喋りはどこに行ってしまったのか、からからに枯れた喉を振り絞って言うように「ディアナ」という女性の名前を口にした。戸惑うルイシアを放置して、銀髪に紫水晶のような瞳を持つ青年は、何事かぶつぶつとつぶやく。


「ここに彼女がいるはずがない。しかし、まるで生き写しのようにそっくりではないですか。こんなことが起きるなんて……」


 目前の男の挙動不審な様子に、敵ながら秀麗な顔からアメジストの瞳が零れ落ちてしまうのではないかと心配してしまう。男の中で何やら決着がついたのか、鋭い目つきに変え訛のない美しい帝国語で話しかけてきた。普通の辺境の盗賊なんぞに、上流語で話しかけられても普通聞き取れないということを男は失念しているのだか、通訳なしで問うてきた。幸いルイシアは、盗賊に身をやつす前―――両親が健在だった時に英才教育の一環として上流階級の言葉も叩き込まれていたため対応できたのだが、そうでなかったらいったいこの男に自分はどうされるのか恐怖で震えていたかもしれない。


「おい、娘。お前の名は何という?」

「ルイシア」

「ほぉ、お前に家族はいるのか?」

「あなたたちに捕縛されたのが、あたしの家族。血縁関係での両親は、あたしが小さいとき死んだ。生存している血縁者なら父方の叔母夫婦が健在のはずよ」


 向こうに合わせる必要がないとばかりに、ルイシアはゴードン訛の言葉でワザと返す。塔子に剣を向けていた金髪の男は、どうやら下層の言葉が理解できるらしく銀髪の男のために通訳をする。


「よし、娘。今日から、お前は私の妹に成れ」

「はぁっ!?」


 脈略なく言われた妹発言。


ルイシアが、上流階級の言葉を聞き取れていることは、男にもわかっていたのだろう。男は、ルイシアの耳元で囁くようにして。「私の亡き妹ディアナ・バル・フロディエンドの身代わりに成り、王太子に嫁げ」と告げる。ルイシアに有無を言わせないうちに「声をあげてくれるなよ」とアイコンタクトしてくる。


 ルイシア・フィア・メーイルーンは、広がり風にたなびく銀色の髪にラピスラズリの瞳を持つちょいと訳ありなただの盗賊の少女だった。白銀の髪に翡翠の瞳という色の組み合わせにどこか似た容姿を持つ騎士を目の前にして、これからの人生にかかわる大きな選択に迫られていることだけはひしひしと感じた。


「どうする? 質問しておいて何なんだが、貴様に拒否権があるとは思えないが……貴族の娘の身代わりとして後宮に身を置くか、それともこのまま仲間の盗賊と共に冷たい牢獄の中に身を置くか」


 ルイシアは、騎士の背後を見る。今さっきまで、一緒にいた仲間たちが、縄に縛り上げられ、目の前の男の指示で騎士の仲間に鋭い刃物を当てられている。こうして脅すことが、ルイシアにとって効果的だということは見抜かれているのだろう。


「やめろっ! トーコたちに傷でもつけたらてめぇら呪い殺してやるからな!」


 貴族の令嬢の身代わりどころか、後宮なんて言葉が出てきて、呆然としていたルイシアの瑠璃色の瞳が映すのは、縄に縛られている塔子たちの姿。お頭が、自分たちのことをかまうなと目で合図しているのに気が付いていたが、このまま放っておいたら、即刻牢屋行きなのはわかりきっていた。

 選択の余地は、正直ない。ルイシアの一言に、仲間の命がかかっている。この大陸では、珍しい黒く長い髪に同じ色の瞳を持つルイシアの大事な友達の命もかかっているのだ。


 ルイシアは、大きく息を吸い込み覚悟を決める。正直、王宮の騎士でもあり、公爵家の嫡男相手に、どこまでやれるかわからない。

 ルイシアは、母親が生きていたころ教わった上流階級の言葉づかいで、白銀の騎士に言い放った。


「私が、身代わりとなる代わりに、仲間の命の保証をして! それから、そこにいる黒髪の女の子を―――トーコを私付きの侍女としなさい。そうすれば、その条件を吞むわ」


 こちらも盗みという罪がある。だけど、身代わりを頼み、王族を謀るということの方が、罪が重いのは明白だ。そう、これからルイシアは、王族をだまさなければいけない。ばれたら間違いなく処刑されるだろう。

 公爵家の唯一の娘ディアナ・バル・フロディエンドが、すでに死んでいるという情報は、公爵家に、取って秘すべき情報。王都の権力争いの現状について今のルイシアは、あまり把握していない。しかし、フロディエンドという名の家は、有名だった。

 ただある小娘が、生まれながらの貴族の令嬢の身代わりを完璧に努めるには、想像を絶する努力が必要なはずだ。それをフォローするにも、目に見える場所でルイシアにとって人質を取る意味にしてもトーコをそばに置いていくことは、譲歩してくれるだろう。


「ほう、お前今の自分たちの置かれている状態をわかっているのか?」


 ぞっとする表情と共に、取引相手は告げる。言われなくても、自分たちの置かれている状況も、自分に残された選択肢も把握していた。


「えぇ、妹のお願いの一つや二つくらいかなえてくれるでしょ? お兄様!」


 精一杯の虚勢を張って、ルイシアは、嫣然と微笑んで見せる。その笑みと言葉を聞いた騎士は、満足げに口元を歪めた。どうやら、これから兄となる男は、ずいぶんと腹黒いらしい。


「そうだな、妹のわがままの一つも聞いてやれない兄は、情けないな。よし、この取引は成立で、いいな」


 ルイシアは、コクリと首を縦に振った。







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