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結2 そして夜会は幕を開けた

あとがき部分に、ルイシアの挿絵が入っています。妹が書いてくれました。画像を見たくない人は、あらかじめ挿絵を表示しない設定に切り替えてくださいね。でも、妹が一生懸命書いてくれたので、みてくれたら姉妹ともども喜びます。

 皇太子という立場上、クロムウェルの横に美しい女性が寄り添う図は、日常生活ではおこりえないが、夜会などではそう目新しいものでは無かった。クロムウェルがパートナーを選ぶのをめんどくさがるので、レナードが宝玉の間を与えられた側室のなかからいつもは、順番に選んでいた。

 今夜もてっきりそうなのかと思いきや、今夜はいつもとは違った。クロムウェルが、選んだパートナーが彼の隣に立っている。並ぶ皇太子とその側室は、とても似合っていた。黒い髪と銀の髪のコントラストは、夜闇と月光の見事な様であった。そのさまは、ルイシアがたくらんだ「魔王とささげられた生贄」という図ではなかったが、絵になる光景であることには違いがなかった。

「ディアナ、緊張しているのかい」

「いえ、ただの武者震いですわ」

「? 武者震いってお前、何と勝負するつもりなんだ」

 呆れたように、返してくるクロムウェルの口調は、夜のクロムウェルのしゃべり方で、心の中に何かが満たされていく気がした。

「そうですね。ふふふ、殿下との勝負だと思いませんの」

「は?」

「今は、夜ですもの。ねっ」

 人の覚悟も、不安も知らないくせに………あまりにもいつも通りのクロムウェル、腹立たしく思えて、意味深な物言いで、翻弄させてやろうとたくらむ。優艶な微笑みを浮かべ、上目づかいで目の前の男を見つめてやる。どうだとばかりに、クロムウェルの様子を探ろうとして、ルイシアは唖然とした。魔王様は、すぅっとルイシアの腰に手を当てると、くいっと顎を摘み上げる。もゆる炎のような赤の瞳と瑠璃の瞳がぶつかる。

「なっ」

 驚くルイシアを置き去りにして、クロムウェルは手慣れた様子でルイシアの唇を奪った。ビターチョコレートのように、苦い味。お頭の奥さんが、初キスはレモンのように甘酸っぱいって言っていたけど、そんなのウソだった。強引に唇を衆人看守の中で奪ったというのに、苦さとは裏腹でどこまでもルイシアを気遣うようなやさしさのこもった口づけで、このままでは、ルイシアは、クロムウェルに初の黒星をつけられることになる。負けてたまるかと、クロムウェルの歯をこじ開けて、口腔内に侵入してやる。クロムウェルも、将棋ではあるまいし負けてたまるかと闘志を燃やし、少し荒っぽくルイシアの唇を貪る。ルイシアの奥歯に、クロムウェルの舌が当たったことに気が付いたルイシアは、クロムウェルの体を突き飛ばした。

「! すまないっ」

 ルイシアは内心の動揺を、夜会のほかの参加者にばれてしまわないように、とっさに「ディアナ」としての仮面をかぶると、手で顔を覆う。

「は、恥ずかしいですわ。お、お父様にもみられてしまったわ。呆れられてしまいますわ。私、しばらく家族に顔合わせができませんわ」

 わざとらしさが出ないように細心の注意を払い、恥ずかしがりながらも、殿下の寵愛を受けてまんざらでもない姫君を演じる。ルイシアの口腔内―――奥歯には、毒薬が仕込まれている。調合したのが魔女と呼ばれる血筋のルイシアなだけあってかなりの威力なのは間違いない。その毒で万が一でも、次に王となり国と民を率いる王太子を殺害するなんてあってはならないことだ。

 クロムウェルは、ディアナの正体に気が付いているはずだと感じたのに、なぜキスなんてしてきたのだろう。今更ながら、困惑がルイシアの胸の中を渦巻く。クロムウェルは、拒まれたことを知り一瞬傷ついた表情を見せたが、ルイシアの演技からこのままではいろいろとまずいと思い直したのか、それとも王太子としての立場がそうふるまわせたのか、ルイシアの話に合わせてくる。話を合わせるメリットがクロムウェルにはないはずなのに、ルイシアに合わせてくれるのは彼の優しさだろうか。それとも策の一つだろうか。

「ごめん、あまりにもお前が、愛らしい姿だったから」

「あ、愛らしい……うれしいですわ」

 演技であり、お世辞であるとわかってはいるのに、その言葉に頬を上気させそうになる自分がいる。早く、彼から離れないと、このままでは、ルイシアは「ディアナ」ではいられなくなりそうだった。

「それでは、一曲踊っていただけませんか?」

 吟遊詩人が語る物語に出てくる皇子のように、ひざを折り手の項に口づけする。王太子殿下はラピスラズリの間の姫君を溺愛している―――ルイシアが、クロムウェルの手を取り、口づけを受け、ダンスを乞われるさまは、その噂を補強するに十分なさまである。

「喜んで」

 ジュリアストレイ公爵やユイシークから殺意に似た視線を感じて、身震いをするが背筋をすっと伸ばして、引き受ける。楽師の人たちが、広間の様子に気が付き、クロムウェルの好きな音楽を奏ではじめる。

 武道だけで、舞踏の嗜みはどうなのだろうと少し疑う気持ちがあったが、あまりにもうまいリードのおかげで、そんなことを思ってしまって申し訳なく思った。クロムウェルは王族なのだから幼少のころからダンスをたしなんでいたのだろう。ルイシアの付け焼刃とは場数が違うと、思い知らされたのは、他の殿方とダンスに興じていた公爵令嬢がルイシアのドレスの裾を踏み、転ばせようとしたときに、何気ない動作でルイシアを支えると同時に、仕掛けてきた令嬢のパートナーの殿方に足を引っ掛けていた。無様に転んだその殿方が、仕掛けた相手をにらむが、生まれた時から悪顔のクロムウェルが軽く人にらみすると、リードしていた令嬢をほっといてさっさととんずらこいでしまった。あの殿方は別に悪くはなく、むしろ被害者だろうな。そんなルイシアの内心に気が付いたのか、クルリと回る拍子に耳元でささやきかけてきた。

「あの男は、あの女の身内だ。ちなみに、あの女は宝玉の間の側室だったな。お前のことを恨んでいたのか……俺の最愛に手を出したのだから、向こうも覚悟があるのだろう?」

 にやりと口元を歪めると凶悪な面がさらに悪くなる。その表情を偶然目にしてしまったものたちは、冷や汗を背中に書いていたのだが、一番近くでその笑みを見ていたルイシアは顔色一つ変えずに、にこにことしていた。ダンス中にパートナーに逃げられ、一人置いてけぼりにされたかわいそうな女性を目にして、最近後宮内が妙に静かになったことを思い出した。急に静かになった後宮とこの夜会に出る人の顔ぶれを見ると、どうやら魔法の手帳の影響のようだ。

「殿……」

「クロム」

「クロム様、貴方にお貸ししていた手帳をずいぶんと有意義にお使いいただけたようで何よりですわ」

「あぁ、あれはよく役に立ったぞ。返却はもう少し待ってほしい」

「別にかまいませんわ。お渡した時は、返却するように伝えましたけれど、これほどまでに使いこなしていただけるのならあの手帳も本望でしょう」

 後宮に囲い込まれた女はとても暇なのだ。ゆえに、詩をそらんじたり歌や楽器に興じたりするのだ。ルイシアもたまにそういうことをするが、基本塔子とともにあのノートを地道に作っていたのだ。

「あぁ、感謝する。手帳の御礼はまた今度でいいか? お前への贈り物は用意しているのだが、手帳の御礼を失念していたのだ」

「まぁ、貴方から? すごく楽しみですわ。私からも、ありますの。もらっていただけます?」

「あぁ。だが、お前が何をプレゼントするか気になるな。お前は、他の側室のように刺繍をあしらったハンカチではないだろうしな」

「ふふふ。えぇ、クロム様が私を忘れられなくなるくらいインパクトのあるものですわ」

 人回転するごとに、ドレスの裾がきれいな弧を描く。交わされている会話に、周りの人は気が付かない。

 離れた位置から二人の様子を見たものたちは、あまりにもむつまじく誰も入る隙が無い様子に、ハラハラする。少し高い位地から夜会の全体を見回せる位置にいる現王の正妃であり、クロムウェルの母であるレイチェルは、息子の口もとに柔らかい微笑みを載せていることに気が付いた。気難しい息子が、ラピスラズリの側室の下に通ってからあのような笑みを時々見せるようになった。その変化が、うれしかった。レイチェルは、先王似の極悪顔に生んでしまったことを申し訳なく思っていたのだ。彼の腕の中で、頬を染める姫君がそっと十字傷に触れては、にっこりと笑う。何を話しているのかはわからないけど、その様子をほほえましく思い、ワインを口にした。


挿絵(By みてみん)


「女盗賊は王太子の心を盗む」の主人公ルイシア・フィア・メイルーンです。

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