結1 仮面に嫉妬
そして、女神降臨祭がやってきてしまった。ハウリエット帝国が信仰する女神は、この祭りの日、世界のどこかに降臨し、誰かの願いをかなえてくれるという。女神が願いをかなえるのは時に、平民であったり、王族であったりまちまちである。
ルイシアは、昨夜クロムウェルと顔を合わせたときに、「ディアナ」でない証拠が彼の手元に集まり始めているということを確信した。だから、昨夜が「ディアナ」として彼に会う最後の夜である気がして「ルイシア」の思いを伝えた。ルイシアは、この数か月彼と共に夜を過ごし、彼がいい王になるだろうことが分かった。だから、本来王と口を利くことすらかなわない民の気持ちを彼に伝えたくなった。
現在の王であり、クロムウェルの父の政治は、民に苦行を強いすぎていた。ルイシアが入団していた盗賊団の中には、圧政を強いる貴族の下、命からがら逃げだしてきたもの、重たい税金を課せられ、このままでは家族を養うことができないと危機感を抱き、盗賊に身を落としたもの、口減らしのため山に捨てられた子供たちがいた。目を閉じれば、かつての仲間たちの姿がまだ色あせずに残っている。魔女狩りにあって命からがら国境を越えたルイシアを介抱し、帰る場所をくれたのは、お頭やお頭の奥さんたちだった。「逃げろ」と合図を送られても、逃げられるはずがなかった。彼らに命を救われたルイシアが、彼らの命が散るのを見捨てるはずがなかったのだ。
お頭は、盗賊が決していいものではなく犯罪であることを何度もルイシアに教えた。しかし、このご時世盗賊が増加していくのは必然ともいえ、奪わなければ奪われてしまうそんないやな世になりかけているのだ。それを食い止めてほしかったから、彼にきっかけを与えたつもりだ。ルイシアがきっかけを与えなくとも、実力主義の彼のことだから、今の政治を改革してくれるかもしれない。その隣に、きっとルイシアの姿はない。たぶん、この帝国にルイシアは、その時にはすでにおらず、地獄へと落ちているかもしれない。
ルイシアは、塔子たちの手を借りて出来上がったばかりのドレスを身にまとう。結局、ルイシアの「魔王様の生贄」の図は、銀色の髪との相性を考えて、今回はお預けになった。結局、夜会に出るときのドレスはパールシルバー色に決まった。肩先を出して、腕を覆うようなデザインで、鎖骨・首筋が華奢に見える。
ウエストはすっきりとボディにフィットさせ、すそは広がっているAラインドレス。スカートを二重にして、後が左右に別れ、その下から、トレーンが見えるデザイン。総レースのトレーンにしたり、フリルをつけてフワフワが見えるようにしたり、作る手間が、かかっていることが素人目のルイシアにも分かる。スワロフスキーのビーズや刺繍、オアーガンジーなどが散りばめられているため華やかな仕上がりになっている。
耳元は銀細工のイヤリングにさりげなく殿下の髪色の黒い宝石をつかっている。ドレスの胸元が大きく空いているデザインなので、首から大き目の瑠璃色の宝石を使ったネックレスを下げている。
塔子の日頃の努力の結晶ともいえる手入れの行き届いたルイシアの美髪を生かすために、髪型は軽くウェーブをかけたダウンスタイルに決まった。7:3のサイドパートで分け、クルクルと巻いていく。髪を肩にかける反対側に、青みがかった薔薇の大きなコサージュを入れ、華やかさをアップさせる。
髪型が整ったら、最後の仕上げである化粧であった。ベースはフレッシュな状態に整えたうえ、チークはアンバーカラーを頬の中心から頬骨に沿って楕円状に入れる。目のキワからアイホールに向け、グレーシャドウの濃淡をぼかし入れ、マスカラは上まつげのみに入れる。ルイシアは、塔子のあまりの手際のよさとなんでも器用にこなす実力に感嘆を覚える。アイラインも目のキワのみに引いて、リップはラヴェンダーベージュの上に、グロスを少し入れると、ヘルシーなのに、子どもっぽくならず、大人の落ち着いた印象に仕上げていく。
「姫様、鏡をご覧になられてください」
塔子が、ほかの侍女に指示を出していたようで姿見をルイシアの前に持ってくる。鏡に映った自分の姿を確認し、「ディアナ」にちゃんと見えることを確認した。
「ディアナ」ばかり、クロムウェルと話しているようで、ずるい。そう思ってしまったのはいつからだろうか。王太子に嫁ぐといわれたとき、まだ王族のことも国の状況にも詳しくなくて、へねちょこな奴だと勝手に決めつけていた。「ディアナ」として、教育されていく中、王太子が結構強くて、カッコイイらしいことを知った。そして、王太子の下に嫁ぎ初夜を迎えるはずだった日、ベール越しでなく初めてまっすぐと彼を見たときにドキリとしたのと同時に、「ディアナ」に嫉妬してしまった。
魔王様は、あまりにもルイシアの理想そっくりであったのだ。ルイシアの父は傭兵で、腕が立ったし、盗賊の仲間たちは腕っぷしが強いやつばかりだった。ルイシアの理想とする夫は、父やお頭のようなたくましくて包容力のあり、母のように先の先まで読める人であった。そんな理想な存在はいないと思っていた。ルイシアが好ましく思った男性である父は母のものであったしお頭はお頭の奥さんのものだった。そして、たぶんルイシアが、惚れたクロムウェルは「ハウリエット帝国」のものであり「民」のものであり、現在空席の「皇太子妃」や「寵姫」のものなのだ。「ディアナ」としてあっているとき、いくらルイシアの傍にいて、手が触れられるほど近くに居ても、心の距離が遠くて、胸が痛んだ。
ばれかけて、命の危険が迫っても、どこかそのことを喜んでいる困った自分がいた。ディアナの中からルイシアを探してくれているようで、たくさんの偽物の除法の中からほんもののルイシアを見つけてくれそうでうれしかった。
ルイシアは、銀色に輝く満月を見上げ、静かに瞼を閉じ、指を絡め祈る。
(月の女神、リカーヤよ。もし叶うことならば、彼を私に下さい)
女神が本当にいるかわからない。民間では、女神降臨祭であるこの日親しい人に贈り物をする日となっている。吟遊詩人がたまに語る夢幻のような女神からのギフトに胸をときめかした幼少期を、頭の隅に追いやって、覚悟を決める。
「さぁ、「ディアナ・バル・フロディエンド」の最後の幕を上げましょう」
ルイシアは、喝を入れると、クロムウェルの待つ、舞踏会の人混みの中へ踏み出した。
今日から、学校が始まります。冬休み終わっちゃったー!