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転6 胸中に抱えるのは……

 魔王様は、「ディアナ」が偽物だと知ってしまったはずだというのに、相も変わらずラピスラズリの間に真夜中に訪れる。魔王様は、ルイシアが自分から話すのを待っているのか、それとも少しでも情報を手に入れようとしているのだろうか。ルイシアはあれから、塔子に頼んでいくつかの薬剤を手に入れることに成功した。慣れた手つきで、葉や枝、特殊な石を粉にして混ぜ合わせるといった作業を繰り返す。完成した液体や固体状の薬たちは、使い方によって毒にも薬にもなるものたちである。

 ルイシアが後宮に嫁いだ当初から作成していた、城の見取り図の完成を急ぎながらも、ほかの側室の方と歓談し、護衛の配置場所やつわものの存在を頭の中にリストアップさせていく。薔薇園での優雅なお茶会は、ルイシアにとっての情報源であっし、仕込みの場でもあった。幸いなことに彼女らは、「ディアナ」がクロムウェル王大使殿下の寵愛を受けていると勘違いしてくれていたため、扱いやすかった。


そしてこの日の夜も、彼女をいとおしく思う気持ちと、疑う気持ちを半分半分抱えてクロムウェルはラピスラズリの間に足を運ぶ。



「クロム様、あなたは、この国がお好きですか?」


 幾度となくうちあった後、唐突に側室の少女は、小首を傾げて可愛らしくたずねてきた。その質問にどのような意図があるのかわからなかったが、別にやましいところが一つもなかったので素直に答えることにした。


「あぁ」

「この国の民のことが好きですか?」


 国の次は民と来た。はたして、次は何が来るのだろうか? クロムウェルはこの見た目は可愛らしくともなかなかの聡明な少女が、「私のことはお好きですか」とありふれたことを聞くはずもないと妙な確信を持っていた。


「あぁ」

「殿下は、王宮の外―――王都の外の様子をご自分の目と耳で感じたことはございますか?」

「? ……それは、戦地に行くときや視察で公務の一環としてならあるぞ」


 口ではそう答えたものの少女の求めている答えは、これではないと感じていた。クロムウェルの紅の瞳を瑠璃色の瞳が捉えて離さない。まっすぐとこちらを見つめてくる表情は、凛々しい。この美しく賢い少女が、刺客だといわれても驚かない気がする。しかし、もしクロムウェルの命を狙っているのならいくらでもチャンスはあったはずだ。初めてこの部屋に来た時に出した紅茶にでも毒を混ぜる機会はあった。


「だが、本当の意味ではないのかもしれないな。公務であるがゆえに、周りの自然な姿を見ていない。お前は、王太子である私としてでなく、クロムウェル一個人である俺が見たことがあるかと聞いているのだろう?」


 質問というよりも確認だったが、それを耳にしたとき少女の口元がわずかに上がる。クロムウェルは、この時初めて”彼女”の本当の微笑みを見た気がした。


「えぇ。私は、お兄様にお願いしてフロディエンド公爵家の領地をお忍びで、見に行ったことがあるのです。その時目にした光景は一生忘れないでしょう。民が、国を支えている。君主は民のためにある。そんな言葉を聞かされたことはありますが、実際は君主のために民があると思い上がり、むやみやたらに重い税を課す輩ばかりです。そして、そんな領主の娘たちはそれが当たり前だと思い他者を見下すことを覚えてしまう。私も、実際にこの目で領民たちが、泥と汗にまみれて土を耕している姿や荒波にさらされながら漁をするものたちを目にしなかったら、そんな愚かな人間に成り果てていたかもしれません」


 そこまで語るとゆっくりと、お茶を啜る。領地をめぐったという言葉を聞いて、クロムウェルは、その言葉が本当ではなく作り話だと悟った。なぜなら、ディアナ・バル・フロディエンドは病弱でほとんど領地から出たこともなければ屋敷からも出たことがないはずなのだから……。


「お前は、自分が他者を見下さない。善人だといいたいのか?」

「まさか! 思い上がりも甚だしいですし、私は聖人君主ではありませんわ」


 挑発的に口をはさむと、瑠璃色の瞳を大きく見開くと、すぐに口元に笑みを浮かべる。


「お前は、俺に民を見下すなと言いたいのか?」

「はい、おっしゃる通りですわ。貴族や王族、平民に奴隷―――この国にはいろいろな身分があります。別にそれが悪いことだとは言いません。しかし、人間を人間と思わないような処遇はどうかと思うところがあるのです。フロディエンドの領地にも貧困街と呼ばれる場所がありました。私は、自分の生活とあまりにも違うそこでの人々の暮らしに驚愕してしまいました……ねぇ、殿下。どうしてこの国の人々は身分によって言葉が異なるのでしょう?」

「それは……そういえばなぜなのだろうな」

「同じ言葉を話せるのなら、意思の疎通も可能ですのにね。農民や商人の中の子供たちが、貴族の子供に劣っているとなぜ言い切れるのです。身分ゆえに教育が受けられない。教育が受けられないから、頭が軽いと侮れる。もし、同じようにとは言わずに彼らに教育を程語したら、殿下は、どうなると思います?」


 嬉々として語る内容は貴族の令嬢として育てられたにしては不自然さがある。令嬢は基本的に、男の領分である政治に口出ししないように育てられる。フロディエンド公爵やその婦人、彼女の兄弟を頭に浮かべる。その誰もが、貴族社会に凝り固まっている人間たちだと記憶していた。それならば、彼女はこの価値観や考え方を自分の目で見て耳で聞いて身に着けたのだ。


 やはり、彼女が本物の「ディアナ・バル・フロディエンド」である可能性は、低そうであった。仮説を補強する情報は、クロムウェルのもとに徐々にそろい始めているし、今この時彼女の言葉一つ一つに仮設の正しさを痛感させられる。しかし、そんなこと関係なくもっと彼女の考えを聞いてみたいとさえ思った。彼女は、政治の方面で言っていたがクロムウェルも軍事の方面で思うところがあったのだ。クロムウェルの部隊は、実力主義である。平民も貴族も問わずに採用する方針に変えるようになって久しい。それゆえに、彼女の意見を耳にしていても不快な気分にならなかったのかもしれない。


「貴族の中にも頭のいい奴と悪いやつがいるように、そうでない者にもいい奴と悪いやつがいるだろうな。中には、貴族よりも断然知能がすぐれている存在もいるだろう」

「わぁ。すごいわね」


 にこにことした表情の裏に真剣な光が、灯されている。


「何のことだ。俺は当たり前のことを口にしただけだ。そもそも、俺の部隊は平民や貴族関係なしに採用しているぞ。俺の部隊に死者が少ないのは、優秀な人材を貴賤問わず集めているからだ。俺の妻であるはずのお前が、知らぬはずがないだろう」


 目の前の側室がクロムウェルについての詳細に記述された書類を目に通していることには気が付いていたし、贈り物の選別を彼女自らやっていて届いたものをリスト付けしていることも、毒物や嫌がらせを送ってきた人物をリストアップし、実家やクロムウェルとの関係を中心に調べさせていることを知っていた。


「ばれてしまいましたね、でも書類だけではわからないから、貴方を知りたかったの」

 言葉面だけとらえたら甘い言葉にもなるかもしれない。

「お前は、誰なんだ?」

「? クロムウェル王太子殿下の側室の一人ですわ」


 明けない夜はない。今夜もこうして二人の夜は、明ける。甘い関係でもなく冷たく冷えた関係でもない二人。いよいよ、明日は女神降臨祭の夜会の日が迫っていた。



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