猫みたいに、だらだら過ごしたいなあ
冬になると、わざと大きく息を吐いて、それが白いことを確認する。
これが、小さな頃からの私の癖。
「……寒い」
口元まで引き上げた黒いマフラー、耳まで覆うてっぺんにボンボンがついた真っ黒のニット帽子。
カイロの入った黒いコートのポケットに手を入れて歩きながら、人通りの少ない商店街を歩いた。
いつもなら結構な賑わいも見せるここも、正月となれば寂しいものである。
寒がりな私が、どうしてこんな朝も早くから人気のない道を歩いているのかと言えば、その訳は商店街を抜けたところに位置する神社にある。
宗教観念に少々薄い日本人の得意とするもの、つまりは神頼み。
センター試験も迫り、もう悪あがきも行き詰った人間の終着点である。
8月からこっち、ひたすらに国語数学英語に日本史加えて生物そのうえ現社に小論文。
友達との間では挨拶代りに年号ゴロ合わせまで出てくる始末で。
それでも志望校の判定は、はかばかしくない。
と、なればもう最終手段しかないのである。
勢い込めて歩いた私は、鳥居をくぐり、賽銭箱の前までたどり着いた。
きちんと手と口も清め、いざ!
奮発して500円玉を放り込み、拝む。
「合格しますように、合格しますように、合格しますように…!!」
むーん、力を込めて念じた。 力、入りすぎて眉間にもしわが寄るくらい。
そしてハッと気づく。 ぶらんとぶらさがる、でっかい鈴がついている紐。というか綱。
鳴らすの忘れてたー! と思いながら、がらがらと鳴らして。
もう一度拝んでから、ふと思う。
受験めんどくさい。
早く解放されたい。
―――そして。
「猫みたいに、だらだら過ごしたいなあ…」
“その願い、叶えてしんぜよう”
呟きが終わったか否か、そんな微妙なところで。
ひゅっとする、あのジェットコースター同様の感覚と共に、私の体は自由落下を始めていた。
馬鹿みたいに上を見上げる私の眼には、四角く切り取られた賽銭箱や鈴やら拝殿?の屋根やら…
言うなれば、立っていたところに急にぱかっと穴が開き。
そして私の体は重力に逆らえなかったが故に、落下、という流れだろうか。 いや、当たり前だけど。
叫ぶにしても声は出せず。
恐る恐る下を見れば、遥か彼方の下も下に小さな白い点があるのが見える。
あれ、が。 ゴール…?
まさかの人生のゴール…なんて乾いた笑みを浮かべながら考えるぐらいの時間は過ぎて。
暗闇の空間を抜けたと同時に、頬に風を感じる。
「~~~~っ……!!」
そうして、何か柔らかいものの上に私はお尻から落ちた。
「っ、たたた…」
ずきずきするお尻を触ろうとして、だけど手が届かない。
んを?と思って目を開ければ、茶色、ぶち、三毛、白黒灰トラとバリエーションに富んだ毛並みの…猫にぐるりと囲まれていて。
彼らの目線をたどって、恐る恐る下を見れば、完全に目をまわして伸びている大きい猫を私は下敷きにしている。
と、同時に気付く、自分の体。
「…け、がわ……」
直前まで来ていた私のコートと色は同じ黒。
ただし、毛並みが全く違う。 今私が見ているのは、黒い化繊ではなく動物のそれである。
そうして私の意志で持って動いているのは、まさしく獣の手。
同じく黒い毛皮に包まれたそれは、手のひら部分に、誰もが夢中になるようなピンクの肉球が鎮座する。
肉球。
にくきう。
にく、きゅう…!?
「猫ーーー!?」
私の叫びに、驚いた周囲の猫たちは蜘蛛の子を散らすように逃げだした。
この後、下敷きにした猫がここら一帯のボス猫と判明したり、
倒した私が自働的にボス業を引き継いだり。
ここが魔法が存在するファンタジー世界だと分かったりもするのだけれど。
これだけは言える。
猫も、そんなに楽じゃない。
ほんとにもう、神様。
かなえてほしいのは、この願いじゃなかったんだけど……!!