気弱なオークと新事業
異世界に転生してきて二十二年。タクトの生活基盤は整った。
親は代々荷馬車を動かし、荷物運びで生計を立てていた。その家系通り、タクトは荷馬車を動かし、今日も働く。
世界を救う勇者でもなく、行政を立て直すでもなく、ただ一人の人間として生きる。
当たり前だが、地球にいた時よりも何倍も厳しい。
街道を少しでも外れれば山賊や魔物に出会い、荷物をむしり取られる。荷物だけならいいが、命の危機に遭遇することもある。そのため、冒険者ギルドを訪れ、護衛を頼まなければいけない。
冒険者のランクに応じて費用がかさむため、ちょうどいい人がいない時は危険だ。
傭兵費用を差し引けば黒字ギリギリになり、美味しい商売ではない。
けれど、やらなければ行く先々で困る人々もいる。
そんな日常を繰り返し仕事を始めて約六年。ようやく資金が集まった。荷馬車の改修が完全に終わり、タクトは一つの商売を始める。
引越。
生前に勤めていた仕事だ。毎月残業が三桁になることが当たり前の職場で働き、それでもお客様の笑顔や「ありがとう」の言葉でやってこれた。
しかし、三十を越えたあたりで急に体がおかしくなり、気が付けば過労で倒れていた。
それでも埋め合わせをするために働き続け、そして死んだ。
後悔が無いわけではない。結婚したり、生まれた子供と一緒に公園に行きたい。そんな普通の夢を見たこともある。
叶わなかった夢に執着するつもりもない。せっかく異世界に転生したのだから、いろいろ試した。
剣術、魔法、その他スキル。
ほとんど身につかなかった。唯一あったのが、馬の手綱を握るのが得意なだけ。
運搬系の仕事をしている人からすれば比較的汎用的なスキルのため何とも言えないが、あって困ることはない。緊急時にはその辺の盗賊よりも荷馬車の方が早く走れる。
どれも出来なかった。ならどうするか。
引越。
これをやろう。生前の知識がある分、ほかの人間には絶対に負けない。だが、会社の立ち上げのために人がいる。
今日も街に着き、荷物を一緒に降ろす。そこで手伝うオークがなかなかに腕がいい。
ただ力任せに降ろすのではなく、衝撃を柔らかく受け流して降ろしてくれる。冒険者ギルドをクビになり、安い労働賃金で働かされているが、タクトだけが彼の良さを知っている。
冒険者ギルドに到着し、木箱を一気に降ろす。
「バルト、今日も荷降ろし頼む。今日は一段と多いから捌かせたぜ」
「タクトさん。ありがとう、ございます」
決して流暢な言葉ではないが、きれいに言葉を並べようと必死に声を掛けてくれる。
こういった気遣いは、ほかの冒険者には知られていない。
ほかの冒険者からは自己主張が弱く、ただ不器用で攻撃もほとんど出来ないダメオーク。
「あの、タクトさん……タクトさんの仕事、なくなりそうで……」
「ああ、運搬系ギルドから聞いてるよ。バルト、お前はどうなんだ?」
「オデも仕事、無いです」
「そうか、これは困ったな~。けど、いい知らせが一つある。聞くか?」
「ハイ!」
荷降ろしが完全に終わり、馬車が空になった。
「まずはこれだ」
馬車の床を少しずらし、中を見せる。中には軽量化の魔石を敷いてある。
「なんですか?」
「これは魔石で軽量化して、重さが一気になくなる。金はかかったが、効果は魔力があれば半永久的に作動する」
「?」
自慢するようにタクトは言うが、バルトは理解していない。
「待て、まだ驚くな。その上、側面はぐらつかないように鉄で固定。内側には藁を敷き詰め、ベニヤ板を貼ってある。多少の揺れでは問題ない」
「ですから、なにを?」
「引越屋をやる。そのスカウトを今日はしに来た。バルト、一緒に俺と仕事しないか?」
「……少し、考えます」
冒険者ギルドに所属し、オークという種族は武勲を上げてこそ名誉になる。彼らからすれば、このような仕事は侮辱に他ならない。
だが、それでもバルトの姿と仕事っぷりに惚れている。
「ああ、いつでも待っている。特に力持ちのお前がいないと仕事になんねーからな」
「……オデ、期待されてます?」
「してるしてる。ただ、引越屋に関してはまだギルドに未登録だ。それさえできればすぐに仕事を始める」
「……一日待ってくれますか?」
「ああ、待つ。絶対に待つ。楽しみにしてるぞ、バルト」
引越会社に勤めていた時には、その場で即決、段ボールを置いて、その場で他社の見積もりをキャンセルしろとよく言われていたが、この世界に強豪はいない。
レッドオーシャンに飛び込む算段はある。
ここでの荷降ろしは終わったが、別の仕事がまだある。それは魔術学園だ。
王都の中央部少し北、魔術学園は基本的に外部に開放されている。
生徒への直接的な接触はダメだが、講師を通じてスカウトすることは許可されている。
もちろん、冒険者になり戦場を駆ける生徒もいれば、講師となり後生の育成にあたる人材にもなれる。
そして一番人気なのは、研究者だ。日々魔法を研鑽するだけで、国から金がもらえる。
条件として開発した魔法の提供があるが、魔法使いにとっては未来まで名前が残り、最高の名誉とされている。
だが、タクトの目的はそこではない。
予定していた教員と、ゲストルームで話を進める。
出された飲み物は甘さが控えられた紅茶で、今も王都の富裕層では人気のものだ。
タクトがそう簡単に飲めるものではない。
「ですから、使用済みのスクロールをすこーし分けていただければ……」
羊皮紙を加工した後のスクロールは緩衝材として最適だ。
ただし、スクロールのほとんどが魔術学園が占拠している。
この壁を乗り越えなければ、引越屋のスタートに立てない。
「……そちらの要求はわかりました。ですが、さすがに無償提供とはいきません。こちらにも条件があります」
「わかっております。もちろんただでいただこうとは思っていません」
「……スクロール1枚当たり銅貨5枚というのはどうでしょうか?」
(悪くない。けれど、使用済みスクロールはこの先も大量に使う。少しでもコストは減らしたい)
「……そうですね、そのくらいが落としどころでしょうか。今年はすごく優秀な生徒が多いと聞きましたが、どれくらい優秀なんですか?」
「運び屋様が気になりますか?」
「ええ、護衛としてもしかすれば雇わさせていただく可能性もありますので、名簿には目を通していますが、実際に見てみないと分からないこともあります」
「今年は本当に優秀です。すでに研究で成果を上げ新しい魔法を開発した生徒もいます。血の気の多い子であれば、一人で魔物の群れを殲滅した生徒もいます」
「それはすごい!!」
優秀な生徒はこの学園にはいっぱいいる。就職先もほとんどが優秀な部類で、それを売りに優秀な魔法使いがこの学園に入学してくる。
タクトの本命はその生徒ではない。飛行魔法や浮遊魔法。そういった生徒は間違いなく優秀な会社や冒険者になる。
タクトが求めているのは引越に適した人材。そして、ほかの企業では活躍が難しい生徒を受け入れることでスクロールの値段を下げたい。
「ですが、どうしても優秀以外にも仕事先をあっせんしなければいけません」
(ほら食いついてきた)
「そうですね。私としても飛行魔法などが使える人材がいると助かります。ただ、そういった生徒はみな研究職をされたり……」
「そうなんですよ。魔法という目に見える才能の前に人々は魅了されてしまい、人員が偏ってしまいます」
「私としては半年ほど前に複製魔法を作られた彼女が気になっていまして……」
「あの子ですか。ああ、入学当初はすごく調子が良かったですが、周りの生徒……一度面会されますか?」
「よろしいのですか?」
「ええ、彼女もまた仕事先が決まっていないもので。こちらとしてもそうしていただけると助かります」
「……そうですね。その際はスクロールを安くしていただけると助かります」
「抜け目がないですね」
「互いにメリットがありますので」
タクトが笑顔で教員に言葉を返すと、教員は少し苦笑いしながら目線をそらす
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