4 里奈の行方 (1)
その日は突然訪れた。
季節は過ぎ、梅雨の時期はその季節らしく雨の日々だったが、例の喫茶店はいつも混んでおり、入ることさえ願わなかった。そうしていると季節は更に過ぎ、また夏を迎えていた。
雨がやって来た日、再び例の喫茶店へ向かう。いつも人いきれで諦めつつも、念のため前を通りながら混み具合を確認していた。
その日はまったく人が居なかった。臨時休業かと思って近付いてみると、暗い店内に人影があった。閉まっていないようなので中に入ると、ずいぶん久しぶりに、あの頃の雨の日の店内と同じ状況に出会えた。
もしかしたら居るかもしれない。裏切られることを恐れて淡い期待をかみ殺しながら、店内を右に折れて、一番奥の座席に向かう。
いつも彼女が居た席を覗くと、女性の後ろ姿があった。跳ねる動悸を押さえながら、向かい側の席に座る。
が、その人は彼女ではなかった。がっかりすると共に、どこか安心する自分がいた。
どうしても気になって、その女性をちらちらと横目で見ていると「あの・・・」と声を掛けられてしまった。
「あの、もしかして、失礼ですが、あなたライターをされていますか?」
突然のことで僕は「はぁ」としか返せなかった。
その女性は自身の声が通っていなかったのかと、もう一度同じ事を聞いてきた。僕は少し不審に思いながらも
「ライターをしています。前にお会いしたことありますか?」とその女性の容姿を確認した。
いろいろな人に会うが、どうにもこの方とは初対面のはずだ。ただ、どこかで見たような面影でもあった。
「いえ、私は初めてですが。こちらへは何度か来られることありますか?具体的に申し上げるなら、雨の日にいつもこちらへ?」
「どうしてそれを」僕は混乱した。
「やはりそうなのですね!」
とその女性は急に大きな声を出した。長い間待ちましたと言い、
「そちらの席に移動してよろしいですか?ちょっと、その、センシティブな話がありまして」と僕に聞いてきた。
僕は不信感を拭えないながらもうなずくと、その方は席を移ってきた。移ってくるのだが、二人が向き合うのではなく、同じシートに並んで座る形になった。どうも他の客には一切こちらの様子を見られたくないようだった。
「私、桜上と申します」
「え」
と言ったっきり、僕は止まってしまった。彼女は女優の桜上里奈さんとは違うようだが、同じ名字と言うことはご家族だろうか。
「妹の里奈、桜上里奈の事はご存じでしょうか?」
僕は正直に言うべきなのか、濁しながら話すべきなのか迷ったし、露骨に目が泳いでいた。
「ええ、もちろん。テレビとか、いろいろなところで活躍されている女優さんですよね」
「それ以上のことは?」
それ以上のことをうっかり話してしまっても大丈夫なのか迷った。
姉の振りをしたマスコミの可能性もあるので、もう少し確認してから話したかった。ただ、彼女の目や雰囲気があまりに真剣であったため、正直に話すべきだと、心の中で半分はそう分かっていた。
「・・・お姉さんなのですね、あなたは」
「そうです」と間髪なく回答した。おそらく本物であろうと思わせる気迫があった。
「であれば、そうですね。こちらで何度かお会いしたことはあります」
あまり多くは語らず、相手の様子を見ながら少しずつ話そうとしたのだが、彼女が突然机に突っ伏しながら、
「はぁー、ようやく見つけました。どれだけ大変だったか」
とこちらに向き直った。
「もう、里奈が何も残してなかったので。ここでお会いしていた方の名前すら残していなくて、本当に見つけられるのかと、半信半疑でしたよ!」
と言うものの、僕には分からないことが沢山あった。残してない?どういうことだろうか?
「名前はたしかに聞かれなかったので答えた覚えもないです。すみません」
「いえいえ、いいのですそれは。ついに見つけましたし。でも連絡先は先に聞いておこうかな」
と彼女が連絡先の交換を促してくるので、とりあえず仕事用の連絡先を伝えた。彼女が教えてくれたアドレスには「Yuna」と書かれていた。
「それ『ゆーな』と書いてゆうな、悠久の悠と、里奈と同じ奈で『悠奈』です」
「全体的に話を飲み込めないのですが、どういうことですか?妹さんというか、里奈さんは?」
「妹は、あなたの事を話してくれました。いつもの喫茶店で知り合った方がいると。すごくうれしそうでした」
それを聞いて、信じられない気持ちになったが、同時に質しておく事もあった。
「その話し方からすると・・・どうかされたのですか?里奈さんになにかあったのですか?」
悠奈さんは沈黙した。明らかに何かあったに違いなかった。でも国民的な人気を誇る彼女に何かあれば、それはすぐにメディアで騒がれるはずだ。この半年以上そんな話は聞いたことがない。
だがこうして改めて考えてみると、むしろ彼女自身の姿もあまり見る機会が減ったと気づき始めた。
「彼女は・・・もしかして最近、メディアで見かけないような気も」
彼女は店内を見回してから「ここだけの話にしていただけますか?」と聞いてきた。
「もちろん」
「・・・行方がわからなくて。つまり、失踪しています」
僕は耳を疑った。いわゆる蒸発なのか。身内にそういう者はおらず、だからにわかに現実として理解できなかった。いや、そういう事が本当に存在するのかと恐怖を感じた。
「自殺とかそういうのでは無いです。警察もかなりの確率でそういうのは分かるそうで。でも忽然と消えたのです。妹とは一緒に暮らしているわけではないので、私も気づくまで時間がかかって。彼女から連絡が無くて不審に思い、気づけば・・・」
「それはいつですか?」
「実はもう三ヶ月になります。このことは関係各所で最大限配慮してもらっていて、世間には話が出ないようにしています」
「・・・・・・」
「よく隠し通せているなとは思いますが、一刻も早く所在を明らかにしないと」
そう彼女は僕を見据えて言う。
「それで、あなたを探していたのです」
「なぜ僕を?」
「ルポライターされていますよね」
僕は驚いた。
「なぜ僕がルポライターをしているとご存じなのですか?里奈さんにはライターをしているとしか伝えてなかったはずですが」
「妹がそう言っていました。だから、何か相談が出来ないかと思いまして」
「情報を集めるのは、警察や探偵の方が上手くやるでしょう」
「それだけではないのです。妹が小説を書いていたこと、ご存じですよね」
どきりとした。それを求めていたから。
本当に彼女は小説を書き進めていたとわかったから。
でも最初の読者にはなれなかった様だ。僕は正直に言った。
「ええ、そのために、彼女の最初の読者となりながら、アドバイスをする約束でしたので。それで何度かこちらに足を運ぼうとしていたのですが、なかなか会うことが出来ず」
悠奈さんは鞄から一冊のノートを取り出した。




