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17 里奈 (1)


 里奈さんの身体が落ち着いてから、僕等はハルさんの家へ向かった。到着するとハルさんは驚き、里奈さんを抱き締めて涙を流すのだった。


 その日は一日中ゆっくり休養して、時々それぞれで話をして過ごした。たくさん確認したいことがあったからだ。


 ハルさんはまだ語っていない戦争への思いを語り、僕は以前に戦争体験を聞き取り、出版の手伝いをしたことを話し、悠奈さんは里奈さんの小説を辿り巡った場所の感想を述べて、里奈さんはその一つ一つの言葉を愛おしげに、耳を傾けていた。


 夕方になって里奈さんと二人きりになったとき、縁側で僕は聞いた。


「里奈さんが初めに書いた小説は、どうして恋愛小説にしようとしたのですか?」


 里奈さんは口をとがらせながら、


「それは、出演する作品にそういうのが多いですから、想像しやすいかなと思って」


 と言った。


「主演は里奈さん?」


「え、いや、自分で書いたものを自分で演じるのは恥ずかしいですよ」


「そういうものですか」


「そうですよ」


 なかなか煮え切らないので思い切って聞いてみた。


「・・・あれは、僕のことですか?」


 里奈さんは何も返事をしなかった。


「僕のことを想定して書いてくれていたら嬉しいなと思いまして」


「・・・意地悪ですよね」


 僕はそれ以上聞かなかった。聞く必要も無かったからだ。こうして、信じられないことに、麻布のど真ん中で縁側に座って大女優とこうして並んでいるのだから。


 里奈さんは中腰に立ち上がり、僕を見下ろした。


「これは、役者としての演技ですよ」


 と彼女は断った上で、僕に抱きついた。そして耳元で囁いた。


「引き戻してくれてありがとう」


「戻ってきてくれてありがとう。町から里奈さんが消えていくのが辛かった。だから・・・」


 ヒグラシの鳴く声がカナカナと聞こえてきた。


 ビルに反射して共鳴する。


 夏の終わりだろう。


 一生に一度だけの夏だろう。


 柔らかな里奈さんのワンピースからは、陽を浴びて暖まった雲の匂いがした。


「ごめんなさい、これ、本当は演技じゃないから。だからもう少しこうさせて・・・」


 と彼女から言葉がこぼれた。



 夕飯は四人で作った。台所に四人並ぶとさすがに混み合ってしまうが、僕の手慣れた動きに里奈さんはしきりに感心していた。


 三人で通えばここを残せそうな気もしたが、ハルさんは頑として売り払ってホームに入ると言って聞かなかった。


「・・・それで、にわかに信じがたいけれど、二人が里奈をこの世に引き戻した、ということなんだね」


 食事のときにハルさんが改めて今日の出来事を振り返る。


「それは私が出来なかったことかも知れないよ」


「おばあちゃんが出来なかったこと?」


 里奈さんが聞いた。


「そう、あの夜助けられたかも知れない命があった。でも勇気が出ずに私たちは逃げ出した。必死だったからね。その日以外にもきっとそういう巡り合わせはあっただろうよ。私だけじゃない。他の人達もそう。みんなそうやって自責の念で苦しんでいる。


でもあなたたちは、自分の意思や行動力で、あの頃と同じ運命を辿ろうとしていた里奈を連れ戻したんだから。その、展望台で立ち尽くす里奈の姿を想像すると、私があの日見かけた石畳の上の子とそっくりだよ。


若い力には可能性があるんだよ。やろうと思えば何だって出来るんだから」


 僕等は顔を見合わせた。


「人生は短い、だからやりたいようにやる。僕にその覚悟ができるか不安です。でも同じ後悔なら、出来るうちにやってみて後悔する方を選びたいです」


 と僕はハルさんの言葉を繰り返し、自分に言い聞かせた。


 僅かだが、窓を開けると熱帯夜は過ぎ去り、夜風が涼しく感じられた。どれだけ暑くてもいつかは終わりゆく夏、僕と悠奈さんと里奈さんの夏も奇跡的な体験と共に終わりを告げた。




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