里奈の手記 (1)
私は読書が好きです。
自宅で読むのも良いですが、町の呼吸を感じるところで読み耽るのもまた良いものです。
それは、本が人を語る物だからでしょうか。
人の様子を伺うことが、私の俳優業の役に立つというのもありますが、やはりそれ以上に、人の気配があると本にリアリティを感じるのかも知れません。
学生の頃から通っていた喫茶店は、私が有名になるとどうしても人目につくようになったため、わざわざ店内の奥まった場所に、上手く観葉植物や置物を配置して、人目のつかない場所を用意して下さいました。
私は仕事の合間にそこでひととき過ごすのが楽しみでした。
あの日もいつものように私は奥の席に居りました。そして一つの密かな仕事に取り組んでいました。
それは物語を書くことです。
演じるだけでなく、自らも何か物語を生み出したい。
その思いから始めたものの、読むと書くとでは別物です。改めて小説家や脚本家の皆様の努力に頭が下がります。
そうして困り果てているときに、偶然にも私のお気に入りの本を読むあなたの姿が目に留まりました。
私は本当にうれしくなりました。自分の読んだ本を他の方が読んでいる姿に遭遇することなど滅多にありませんし、ましてやおそらくほとんど読み手のいないような古い本ですし。私は思わず声をかけました。
あなたは本に詳しく、話をしていてとても快適でした。私のことをあまりご存じないのか、有名人として扱われないことにも安心感を覚えました。
本の感想を伝えるということで、その後も会える約束が出来て嬉しかった。
仕事上の付き合いは多くあっても、私自身それほど友人が多いわけでもありませんし、ほとんどの場合姉と何かするばかりでしたので、嬉しくなりました。
ただ、私は先ず謝らなければなりません。
初めてあなたとお会いしたあの日、声を聞いて私ははたと気づきました。
あなたとは以前お会いしたことがあると。
いえ、正確には直接お会いしてはおりませんが、あの六本木の鉄板焼きのレストランでお見かけしたことを思い出したのです。
私はあの日、仕事の関係者と共に訪れておりました。
一通り次回の映画の話を終えた頃、離れた席から話し声が聞こえてきました。
私は聞き耳を立てようとした訳ではありません。が、どうしても聞こえてきてしまったのです。
それは東京大空襲について何か話をされているようでしたから。
私の祖母は空襲に遭い、そのせいでその後壮絶な人生を体験しておりましたので、つい耳に聞こえてきたのでしょう。
確かにその姿はあなたと同一でした。あなたと、編集者の方?(そのような話が聞こえてきたから)で、戦争に関わる記事を書かれていると聞こえたように思えました。
その時はそれ以上特には気に留めることもありませんでした。そして改めて喫茶店で、その時のあなたであると気づいたのです。
私は上手く小説を書けません。でも、あなたと喫茶店でお会いしたのは何かの運命と感じたのです。
私は大学の卒業論文に取り組むのに、祖母の戦争体験を元にまとめたいと考えておりました。
大学で学んだ英文学を生かして、祖母の体験とアメリカから見た戦争文学を土台として、何か答えを出せないかと考えておりました。
それまでも祖母には話を聞いていましたし、私自身そういった作品に出演することもありました。
どこか点でしか得られない情報や知識であるため、いつか一つにまとめて納得したい、理解したい気持ちがありました。
そのための機会と捉えたのですが、祖母は賛成してくれたものの、事務所には止めるように言われました。
それはそうでしょう。戦争の論文は政治的な部分も含み、世間や芸能雑誌の格好の餌食になるかも知れません。
私は仕方なく、専攻した英文科らしく、世間に受ける題材で卒業論文を済ませました。もちろんそれ自体大変努力がいりますから、充実しておりましたが、どうしても果たせなかったとの思いは残っておりました。
私ははじめに全くの空想でもって小説を書こうとしており、上手くいきませんでした。
でも論文のように事実に寄せて、自らの体験として描けば執筆出来るのではと思い至りました。
それはあなたとの出会いがそうさせたのです。どうしても足りない知識がありますから、それをあなたに相談できればと。
そう、だから私はあなたを利用しようと、繋ぎ止めたのです。
素直に以前お会いしていたことを伝えなかったことこそが、私のずるさです。
秘密にすることでできるだけあなたを惹きつけたかった。
そして私の試みが上手くいかなければ、何事もなく離れてしまいたかった。
それで黙ったまま、まるで騙してしまったのです。今となっては心苦しいばかりです。
でもそれは本心の全てではありません。本当に私は、あなたと逢えて良かったと思っています。
小説を書く気持ちを後押ししてくれたこと、協力してくれると約束してくれたこと、そして何より意見を忌憚なく語れる素晴らしいパートナーになれる気がしたのです。
その日から私は二つの取り組みをしました。




