15 武蔵丸子神社・麻布 (1)
多摩川線の駅はどれも下町の駅らしく、東京という大都会らしからぬ小柄な三両編成の電車が行き交う。
「昨日の広島のローカル線と同じですね」と隣の悠奈さんが揺れる。
「東京も、渋谷や新宿といった有名な所はいかにも都会ですが、ほとんどの地域はこういう、地方的なものですからねえ」
「まあ確かに。渋谷も一本裏道に入ると、案外地方都市と変わらない様相ですよね」
直ぐに道塚駅に着いた。改札の付いた小さなプラットホームが、上りと下り用にそれぞれ分かれているその駅から表に出て、商店街の方へ進む。既に夕方に差し掛かっており、帰宅の路につく大勢の人の流れに合わせて進む。商店街のどこからか優雅なクラシックが流れていた。
段々と人が散り散りとなり、神社の付近に辿り着くと人の流れは随分と落ち着いていた。見上げると『みちづか 未来門』と書かれた門が、商店街の終わりに立ててあった。
「私たちにとっては希望の出るネーミングですね」と悠奈さんが先を急ぐ。
武蔵丸子神社はそこまで大規模ではないものの、神楽殿もある立派な神社で、隅々まで管理が行き届いていた。
入り口で一礼すると、直ぐ目の前に戦災樹木と思われる巨木があった。御神木として祀られている。先に僕等は本殿にお参りをしてから、御神木へ戻ってきた。
御神木の前には小さな鳥居があり、そこから入って樹に触れても良いと書かれていた。樹は古く焼け残った部分と、それを覆い被すように成長する樹が合わさり、支え合いながら立っていた。
古い部分に近づいて触れる。それは思った程は冷たくなく、むしろ熱を帯びているかと思うぐらい、人肌に温かく感じられた。こうして近づいてみると、焼けた部分は細かく規則的な亀裂が走り、カサカサしている。
悠奈さんは目を瞑り、この樹の見てきた景色を、彼女の体内に逆流させようとしているのか、深く呼吸をして、その呼吸を樹のリズムに合わせていた。
立て札の説明に目を向けて「樹齢は・・・七百年ですって。鎌倉か室町時代ぐらいから在るんですね」と言った。
ここも、過去のあの時から今まで繋がっている。おそらく里奈さんも訪れたはずだ。そう考えて、僕は例のケヤキの入れ物の事を思い出した。
「悠奈さん、樹を念入りに確認しましょう」
戦災樹木のケヤキには沢山の洞があった。
「もしここにあるとして、樹に穴を開けたり貼り付けたりはしないでしょうし、形があまりに変わると神社の方も気づくと思います。となると、洞の中が怪しい」
僕は暗くなっている洞の中に手を入れた。見た目がじめっとしており蟲が住んでいそうで、独りだったら絶対に手を入れる勇気は出なかっただろう。いくつか手を入れてみると、温度の違う、他よりも少し冷たい部分があった。押して見ると少しぐらぐらと揺れた。そこでつかんで引っ張ってみると、見事に固まりの部分が抜けた。
「あ!これ、ちょうど何か物が入りそうな程度の大きさです。もしかして」
と言う悠奈さんに、僕は今引き抜いたばかりの、見た目にはケヤキの一部のように見えるそれを渡した。
彼女が念入りに表面を調査していると、隙間を見つけたらしく、ここは、といいながら爪を隙間に入れようと努力した。程なく引っかかりがあり、ケヤキの固まりは小物入れとして開いた。
「はあ、まるでオリエンテーリングですねこれ」
と悠奈さんは小物入れの中身を確認した。中には鍵が一つ入っていた。それほど大きくもなく、少しだけ長く、薄い作りの鍵だった。悠奈さんはそれをつまみ上げた。
「悠奈さん、見覚えは?」
「家の鍵には見えませんね。かといって里奈の部屋には鍵で開けるような引き出しもありませんでした」
彼女は頭にはてなを浮かべながら、鍵を表裏しながら観察する。
「どこかで見たような気もするんですよね。どこかしら」
と、鍵を差し込むような動作をして、なんとか思い出そうとする。
「あ、これ、わかりました!倉庫の鍵です!」
そう言って両手で握りしめた。
「ああ懐かしい!そうです、そうです。これ、里奈と子供の頃よく遊んだあの倉庫の鍵です」
「倉庫?どちらの倉庫でしょうか?」
「ごめんなさい、そうですよね、説明しないと。祖母の家の倉庫です。子供の頃にこれで鍵をかけて遊んで、母に怒られて・・・無くしたらどうするんだって」
「その倉庫を開ければ次の何かが見つかるかも知れない・・・そう、とにかく鍵があるのですから開けるしかないです。お婆様の話はずっと伺っていましたが、どちらにお住まいでしょうか?」
「麻布です。東京タワーの近くで」
「え、相当な一等地ですね」
「今はですよ。昔はそんなことなかったですから。今も昔のままの平屋で建っています」
「これから行けますか?」
「もちろん。私祖母の家の合鍵持っていますし。ここからなら、電車で直ぐに行けます。まあ、今はデイサービスに行っている時間かも」
駅に向かうため鳥居から出ようとした時、道を挟んだ向かいの公園からこちらを見つめる人影があった。悠奈さんもその姿に気づいた。
「里奈さん?」
僕にはそのように見えたが、どうしても現実としてそこに居るようには見えなかった。ただ、そこにいる気配としての人影を感じ取った。
髪も眼も睫毛も色が抜けて、薄墨色のワンピースを着ていた。何か伝えようとするのか、口元がゆっくりと動いていた。どうしてもその様子からは、何を伝えようとしているかわからなかった。
そうして僕が見とれていると、霧のように姿を消してしまった。悠奈さんは幻と割り切ったのか、急ぎましょうと言い、駆け足で駅に向かった。




