14 東京
東京駅から直ぐに乗り換えて、戦災資料センターの最寄り駅である住吉駅まで辿り着いた。そこからしばらく歩く必要があった。その建物は静かな住宅に囲まれる形で建っていた。
「広島の平和公園を見た直ぐ後にここに訪れる人はいなさそうですね。それにしても」
と悠奈さんは周りをぐるりと眺める。
「東京なのに随分とこぢんまりとした建物ですね」
「原爆と同じ規模の被害があったにもかかわらず、東京だとこの扱いです」
受付で来館の記帳をしてから奥へ進む。はじめに一階の展示室へ向かう。展示室はいくつかのブロックに分かれており、一つ目には戦争の絵画があった。
戦争体験者の方が苦心の末に描いた戦争当時を訴える絵。悠奈さんはそこに描かれた情景に胸を締め付けられると、涙を我慢しながら見て回っていた。
僕も絵の前に立つ。空高く雲の上から見守る、今は無き命の子供達の様子で涙がこぼれた。どういう気持ちで見下ろしているか。何が何だかよく分からないまま失われた命。祖母が満州に残してきた子の命が三つ、その中に仲良くしていればと願わずにはいられなかった。
二階に上がり展示室を回る。焼夷弾の実物と、三月十日の夜の状況を複数の証言から語った話が一同に並んでおり、同時刻に多様な運命が交差していたことがよく分かる展示だった。
悠奈さんと里奈さんの祖母の体験談はきっとこれらと同時刻の出来事だ。同じ時にこれだけ沢山の人達の思いや運命が錯綜していた。それにしても全体として展示品は少なく、モノの展示物も多くはなかった。
小さな部屋でビデオが流れていた。戦災樹木が紹介されていた。戦火で一度燃えたが今も残っている樹木のことだ。それをまとめた資料も置いてあった。広島の平和公園にもあるそうだが、昨日は全く気づかなかった。
「あの、波除白山神社にあったイチョウも書かれていますか?」
悠奈さんに言われて索引から探すと、程なく見つかった。
「このページです。写真も由来も記載されています」
「他にも戦災樹木があるんですよね。私たちが通った所にもまだまだ在ったかも知れませんね」
僕等の知らない戦争の記憶が町に点在していることを改めて知った。里奈さんはここに訪れて同じ資料を当たったのだろうか。
一階に戻り、悠奈さんが思い立って受付のおばあさんに尋ねてみた
「こちらを訪れた方は皆さん記帳されていますか?」
「ええ、そのようにしております」
ここは素直に包み隠さず話す方が良さそうだと判断したのか、悠奈さんは里奈さんのことを本名で伝えた。
「私は桜上悠奈と申します。妹が以前こちらを訪れているようでして。そちらの記帳の中に『桜上里奈』という名前はございませんか?」
「はあ、そうですか。申し訳ないのですが、個人情報になりますので、そういったことには答えることが難しくて・・・」
悠奈さんは引き下がらずに賢明に説明を試みた。
「桜上里奈は女優をしていまして、おそらくテレビとかでご存じかと思いますが、私の妹なんです。こちらで見かけたりされていませんか?」
そう言いながら悠奈さんはまずいと思ったらしかった。これでは里奈さんのファンか何かが嘘で情報を取り出そうとしていると捉えられてしまう。そうなれば聞き出すチャンスが失われる。
すると奥の事務所から初老のおじさんが出てきて「ああ、私がご対応しました。覚えていますよ」と僕等の前に現れた。
受付のおばあさんが心配して「いいんですか、個人情報ですよ」と注意したが、おじさんは意に介さない。
「大丈夫だよ、大丈夫。だって、姉の悠奈さんが現れたら、彼女が訪れたことを伝えて欲しいって、言付けがあったから」
その言葉を聞いて、僕等はついに彼女の尻尾を捕まえた気がして興奮した。
「妹が何か言っていましたか?いつこちらにお邪魔しましたか?」と悠奈さんは立て続けに質問した。
「そう一度に聞かれると困りますが。よろしければそちらに座られて、それからお話ししましょう」
と指し示した先に、ホールの小さな机と椅子があった。
「今から三ヶ月ぐらい前かなあ。私が受け付けしていた時間で。そこら辺の人と同じような格好をしていても、眼前にするとさすがに違います。ドラマも普段から見るでしょ、家に居てもやること無いから。直ぐにわかりましたよ、桜上里奈ちゃんだって」
おじさんはその時の様子を少しずつ思い出しながら、語ってくれた。
「普段あまり若い人も来ないのに、ましてやこんな有名人が来るのは覚えがないので、それはもう、すっかり緊張して」
何冊か来館受付の記録を取り出し、ちょうど三ヶ月前の辺りを開いて名前を確認すると、あったあったと、僕等に見せてくれた。
確かにそれは里奈さんの文字だった。芸能人のサイン、とまでは行かない程度に、自信に満ちた文字で名前が書かれていた。僕等に見つけられることを待っていたのか、名前の最後にニコニコマークが書かれていた。
悠奈さんはちょっと吹き出し、妹らしいわ、と呟いた。僕は彼女が大丈夫だと確信した。居場所は分からないのに、でも、彼女は無事だ。
おじさんはその署名を見ながら「ありゃ、こんな落書きしてたの?」と言った。
「妹はどんなことを尋ねていましたか?」
「ああ、なんでも色々と調べごとをしているとかで、ここの資料が役に立つとおっしゃっていました。展示はご一緒せず、彼女だけで見て回っていましたから、私たちも細かい様子までは分かりませんが、帰り際にとても良い展示で参考になったと、お礼を言われました」
おじさんは愛おしい孫の話をするようだった。
「あとは何を話したかな・・・。そうそう、そういえばしきりに戦災樹木の事を聞かれました。何か特別に気を引くことがあったのか。上に資料があったでしょう。写真を撮って良いか聞かれて、もちろん大丈夫ですよと」
その話で僕には衝撃が走った。
悠奈さんは気づいていないが、僕は一目散に二階に駆け上がり、先程参照した被災樹木の資料を開いた。
後から悠奈さんが追い付いてきて「どうしました?なにか発見されました?」と隣に立った。
「ケヤキですよ!里奈さんが小道具の小湊さんにお願いして作製してもらったケヤキ」
「それがどうしたのですか?これと関係をみつけたのですか?」
「そうです。先程資料を眺めていてなんとなく気づいたのです。ほとんどの樹木はイチョウです。イチョウは火に強いので耐えることが多いのでしょう。でもそれ以外の樹木種もあります。極少ないですが、ケヤキが残っているところがあって、目に入ったのです。もしかしたらそこにヒントがあるかもと・・・」
僕は資料の樹木種の所のみを見て飛ばしていく。すると都内に一カ所見つけた。武蔵丸子神社の境内にある戦災樹木がケヤキだった。悠奈さんも顔を近づけて資料を確認する。
「ここは・・・大田区ですね。あれ、家の祖母が身を寄せていたところ、その辺りですよ。日本橋から歩いて辿り着いたという」
僕と悠奈さんは顔を見合わせた。
「今の時間なら、十分訪問できますね」
「間に合います。行きましょう」
資料センターの方にお礼を言い、僕等は直ぐに住吉駅に戻った。そこから乗り継いで、神社の最寄り駅である多摩川線の道塚駅へ向かった。




