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13 縁側


 叔父さんも叔母さんも内容は預かり知らぬという様子で、テレビの野球中継を見ていた。


 僕等はというと、困ったことに涙が止まらなかった。そこで、二人で外へ出て縁側に座り、頭を冷やすことにした。


 先程悠奈さんが外に出たときの蚊取り線香がそのまま置かれており、その側に座った。


 祖母からの直接の言葉を読んだ。僕に宛てた手紙。


 僕は期待に応えることが出来なかった。でもそれが涙する理由では無い。


 僕等はなぜ生かされているのだろう。その素朴な疑問だった。


「悠奈さん、僕はこれまで、自分の意思で生きているのだと思っていました。世代ごとに人が出会い、そして生まれ、引き継がれていく。でも実際は違う。


本当はあったはずの家庭や命が戦争で奪われ、その結果仕方なく他の人と出会い、末に僕は生まれた。つまり僕は『誰かの死によって生まれた命』です。もし本来あった命がそのまま残っていれば、僕は生まれなかった」


「駄目です、そんな風に考えては駄目です。止めて下さい」


「いやこれは事実です。現実です。生きて欲しかったと願う自分と、その死によってこそ自分が生きているということ。これではまるで、死んでくれてありがとうと、思いたくも無いのに、心の底でそう沸き立ってきてしまう、真っ黒な気持ちが溢れてきそうになる」


「駄目です。それを考えると後戻りできなくなります!」


 悠奈さんは必死に僕の手を握りしめて、涙を流しながら訴えた。


「それでも知ってしまったらもう戻れないです。戻れないんです。事実からは目を背けられません」


 草むらからは少しだけ、秋の虫の鳴き声が聞こえてきた。庭に面した小川からは、サラサラと岩に砕けながら流れる清流が聞こえた。


「受け入れるしかないんです・・・」


 悠奈さんも沈黙しながら何か考えをまとめているようだった。


「私だって同じかも知れません。祖母が本来出会うはずだった人が亡くなっていたとしたら?助かって出会うはずだった人がいたとしたら?戦争で変わってしまう運命は、それはそのまま呪いのように、私たち孫の世代まで、そしてこれからも残り続ける。


誰かが亡くなって生まれた私たちかもしれない。もちろん生きてくれた人達のお陰なのだけど、同じ運命なら、なるべくもっと・・・幸せな方がいいのは、いいですけれど・・・」


 月は夜空にぽっかりと浮かび、動かない二人を照らしていた。


 周りを取り囲む山並みや小川や、そこに潜む生き物たちにとっては全く興味のない、一瞬の人間の営みかも知れない。


 それでも僕は永遠の底を感じた。だからほのかな月明かりにも暖かさを感じた。いや、本当は隣にいる悠奈さんの体温だったのかも知れない。



「平和記念資料館には結局行く時間が無くて」


 しばらく縁側で過ごした後に家の中へ戻った。叔父さんが、平和記念資料館の展示品の入れ替えがあったので、観に行ったかと聞いてきた。


「以前の展示はみんなトラウマになりましたね。でも、トラウマは悪くない。そのぐらい強烈に記憶しないと、人間は直ぐに大切なことを忘れますから」


「おお、あんたも言うね。元気出たんか」


 どうも叔父と叔母は、縁側での僕等のやりとりをこっそり見ていたらしく、それとなく気をつかってくれていた。


「あれだけの設備の資料があるのは、やはり世界遺産として形のあるものが残っているからでしょう。東京の空襲も相当ひどくやられたのに、ああいう資料館がないので、ますます空洞化していきます」


 それを聞いていた叔母が僕に言った。


「そういえば、新聞に出とったよ。東京にもこまい資料館があるみたいよ。保全の為の寄付を募っとるとか書いとったわ。あんたに渡したのに出とるはずよ」


 僕は新聞を広げて隅から確認していった。原爆の日を過ぎても、その話題は毎日のように掲載されていた。僕はついでに叔父さんに聞いてみた。


「東京の人達は、ここほど熱心に原爆について勉強する機会が無くて。でも逆に、広島の人は東京の空襲についてあまり知らないですよね」


「まあ、そうじゃろね」


 と叔父さんは考え込んだ。


「満州の事も大抵の人は知らんじゃろ。逆に満州におったあんたのばあさんは、あまり原爆のこと知らんかったし。それに広島の人もあまり長崎の事は知らんし。長崎の人もそうじゃろ。誰もが自分の事しかわからんよね。でも何も知らんよりはええんじゃろ。全部知れというのも乱暴よ」


 叔父さんの考えは悠奈さんの考えに近かった。完璧な人間なんていない、でも不断の努力こそ必要で、それでも何も知らないよりはましだという。


 何よりも自分が全てを知っていると傲ることなく、同じような苦しみを抱く他の地域や人がいることを知らずにいるんだと、自分に言い聞かせられるかが重要だ。


 そう頭で考えながら、手では新聞をめくっていると、小さな記事を見つけた。江東区にある東京大空襲・戦災資料センターの紹介記事だった。


「悠奈さん、これ」


 僕は新聞の記事の部分を悠奈さんに指し示した。それを悠奈さんも一読した。


「資料を当たるなら、もしかしたら里奈も訪れているかも知れませんね」


「確かにそうですね。次はここで調査してみましょう」


「明日行けますか?」


「もちろん僕は大丈夫です。悠奈さんは?」


「私も大丈夫です。東京駅まで行って、ですね」


 それを脇で聞いていた叔父さんが、それなら明日広島駅まで車で連れていくと提案してくれた。

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