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12 親戚


 僕と悠奈さんは月夜の道を辿り、親戚の家までやって来た。


 ここを訪れるのは何年ぶりかも想像が難しい程久しぶりだった。ガラガラと引き戸を開けると、田舎らしい広い玄関が迎えてくれた。直ぐに叔母さんが現れ、続けて奥に叔父さんも顔を見せた。


「ありゃあ、本当に久しぶりじゃね。さすがにもう背は高うなっとりゃせんけど、なんじゃ、精悍な感じじゃね」


 と叔母さんがすすめてくれたスリッパを履いて上がる。


 叔父さんが悠奈さんを繁々と観察しながら歩いてきた。


「彼女かねえ?えろうべっぴんじゃねえ」


 僕等はすかさず違いますと、声を揃えて伝えた。とりあえず仕事仲間で、広島に急な用で出てきたものの、前後を考えてなかったため、今夜はお邪魔することになった、ということにした。


 大体事実でもあった。そう言いながら、手土産の一つも持参しなかったことを詫びた。


「ええよええよ、気にしんさんな。顔を拝めるだけでも十分お土産よ」


 叔母さんはそう言って、台所の方に消えていった。どうやら夕飯の準備をしているようだった。


 僕等が連れられて居間に行くと、随分なごちそうが待ち構えていた。


「これ、どうしたんですか?」


「いやあ、わしら二人じゃあまりいつも食べんけえ、今日は若いのが来るんなら、それなりのごちそうでもてなさんといけんと思うて」


 と叔父さんが座布団を配って回る。


「ほんまに彼女じゃないん?」と念押ししてくるので、僕は改めて否定した。


 叔母さんが食器を運んでくる。それを見ていた悠奈さんが「私手伝います」と食器を受け取った。


「ありゃあ、ありがとうねえ」と半分渡した。「ところで道みえんぐらい暗かったでしょう」


「こんなに暗い夜道はおそらく初めてで、ちょっとだけ怖かったです」


「ハハ、イノシシとか出んでよかったわ」


「え、イノシシ出るんですか、このあたり」


「でますよ。狸もキジも熊も何でも出るよ。田舎じゃもん」


 僕はそれらをここで見たことはなかった。でも確かに出るのだろう。


 大量の食事でもてなされた僕等は、根掘り葉掘りとあれこれ尋問のように聞かれ、真実と嘘をちりばめながらのらりくらりと答えていた。


「お嬢さんは本当に、なんというか、テレビに出る人のようにみえるわなあ」


 アートをやっていますからそれの影響では、と悠奈さんはごまかしていた。二人で口裏を合わせていないけれど、桜上里奈の姉であることは隠し通すことにした。


「あんた、市内行ったんなら、平和公園の方も行ったんか?」


 と突然叔父さんが聞いてきた。


「ええ、行きましたよ。すごい人出でした」


「そうよ、あれよ、最近聞くオーバーツーリズム。車で行っても、よう駐車場がみつからんわ。ああいう問題とか雑誌で記事書いたりせんの?」


「いやあ、僕はしがないフリーのライターですよ。仕事で頼まれれば書きますけど」


「あぁ、そんなこというんかぁ。前に会うたときは、東京の空襲の記事で取材しとるとかで、随分張り切っとったのに。もうああいう社会派の記事はやらんのか?」


 実は叔父さんは元新聞記者で、僕は一時取材の進め方について相談したことがあった。


「わしらは原爆の記事はしょっちゅう目にするけどのぉ。それで平和公園とかの整備やら保全やら、そういう話題もいつも目にするし」


「広島ではそれが当たり前ですよね。僕は東京大空襲の記事をやって、毎年三月十日が近づくと新聞でそれなりに取り上げられるものの、雑誌は売り上げが見込めません。その時期以外はほとんど空襲や戦争の話題なんて出ません。全然こちらと違いますよ」


「ほうね、そりゃ寂しいね」


 叔父さんはそう言って、新聞を投げて渡してきた。


「伝えんと消えるよ。今の人は新しいことを毎日毎日いっぱい覚えんといけん。じゃからこんな昔のこと、誰かが声を上げ続けんと、忘れられて、もう二度と表には出てこんよ」


「そりゃそうですけど・・・」


 と生返事をしながら、僕は新聞を開いて眺めてみた。悠奈さんは叔母さんと共に外へ出て、涼みながら彼女にとっての珍しい田舎体験を楽しんでいるようだった。


 叔父さんはその二人の様子を眺めながら僕に言った。


「ほんまよ。あんたはあれだけ寝食を忘れて取りかかっとったんじゃけ、もうちょっと続けてもええと思うよ」


 悠奈さんと叔母さんが家に入ってきた。悠奈さんは、こういう所に帰省するの憧れていましたと言い、叔母さんはそれならいつでもきんさいと返していた。



「そうそう、あんたに渡すものあったわ」


 と叔母さんが奥へ引っ込むと、しばらくして黄ばんだ封筒を持ってきた。


「あんたが来た時に渡そうと思っとったんよ。これあんたのおばあさんの形見よ。もう亡くなって五年かね」


「もっとじゃろう。大学生の入りたての頃だったんじゃけえ」と叔父さんが付け加えた。


 そうして僕は封筒を受け取り、少し開けて中を改めた後、入っていたいくつかの薄い紙を取り出した。


「あんた、お母さんから聞いてなかったかもしれんけどね、おばあさんは戦時中満州におったんよ」


 それは僕には初耳だったため驚いた。何よりも昨日の甘味処のおばあさんの口からも聞いた単語で、僕とは関係なかったはずの言葉だから、より驚いた。


「え、そうなのですか?」


「そうよ。まあ、そのおかげで原爆にやられんで済んだんかもしれんけど。それで、おばあさんがその頃の心境を書いて残しとるんよ。あんたに宛ててね。渡したけえね。あんたでええようにしんさいよ」


 僕は数枚っきりのその封書を順に読んだ。当時の人は文字が達筆過ぎて、直ぐにはすらすらと読めなかった。


 悠奈さんがのぞき込むと彼女は習い事で書道をしていたとかで、僕よりもすらすらと読みこなした。それで内容を簡単に教えてもらった。

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