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悠奈の話・広島 (1)


 里奈の部屋に朝がやってくる。不思議なことだけれど、今朝は私だけではない。


 一緒に里奈の部屋で一日を始める方が居る。それは本当に心強かった。


 昨日一日出歩いただけでも、どんどん里奈のいる景色が失われ、里奈を見つけることを急がなければならないと感じていた。


 でも私たちは何一つ具体的な手がかりや居場所のヒントを得ることがないままだ。ただ、それでも里奈の小説に隠された課題を見事にクリアして行っている感触もあった。だからこのまま突き進めば、いつか答えに辿り着ける、そう信じることができた。


 このマンションから品川駅までは徒歩十分程度。朝十時前に品川駅に着き、新幹線のチケットを求める。


 お盆であるため自由席かと思っていたが、下り方面は一段落していて無事に指定席を取れた。あとは乗るだけだがここからが長い。


 京都大阪が概ね中間地点で、さらに倍の距離の先に広島がある。私は学生の定番らしく、修学旅行で一度訪れたことがあるがそれ以来だ。


 東京ほどめまぐるしく変化はしていないだろうけれど、ほとんど覚えがないから初めてといっても良いぐらいだった。


 途中で電気設備のトラブルがあり足止めをくらった。順調にいけば昼過ぎには着けたはずが、二時間も余分に時間がかかり、結局広島駅に着いたのは午後四時を過ぎてからだった。


 まだ夏だから日は高いものの、町の雰囲気は夕方に向かっていた。


「時間が時間ですから、平和記念資料館までは見学できませんが、寺町に行く前に少しだけ原爆ドームと平和公園に寄ってみましょう」


 彼は中学生まで広島に住んでいたため、この辺りの勝手に詳しい。


 東京ではほとんど見ることのない路面電車を拾い、町の中心に向かっていく。


 車窓から眺めると、交差点ごとに別の方向に曲がれるのか、路面電車の線路は複雑に絡み合い折れ曲がっていた。


 はたしてどうやって切り替えて行き来しているのか謎だった。敷かれたレールの上をゆく、などと人生を例える文句もあるが、これを見るとかなり自由が利きそうなレールもあるものだなと思った。


 路面電車を降りると、すぐに原爆ドームが見えた。町の中心部で、周りには高いビルが建ち並び、活気に溢れていた。


 国際的な観光都市だけあって、東京よりももっと多くの外国人が往来していた。いきなり現れる原爆ドームは、都会的な町に組み込まれて異様だった。


 私は以前訪れた際に見学したはずなのに、今はアートを生業とする者として、改めてみたそれは私には衝撃的だった。


 圧倒的な力による破壊。ぐにゃぐにゃになった鉄骨は人技ではあり得ない形だった。そのままの姿をとどめて街の中で停止している佇まいも、私にはどうやっても表現できないものを含んでいた。


 この数日東京を巡り、見てきた戦災遺構や石碑は、どれもかろうじてそこに残っていた。今にも押しつぶされそうで、忘れられるのも時間の問題だった。


 このドームは全く違う。ただ黙っているのに、強く私たちに語りかけてくる。これが東京にないのは、こうした象徴的な物がそもそもなかったからなのか、それとも守らなかったからなのか。


 不意にここの悲劇はメジャーな扱いで、東京の悲劇はマイナーな扱いであると感じて、私は悲劇に優越をつけるようなアイディアに、首を振った。


 私は自分の芸術的な表現を、どうしたら良いのか分からなくなっていった。だって、私がどれだけ努力してもこれほど、人の気持ちを掻き乱すほどに訴えかけるのは難しいから。


「・・・建物ですらこれだけ熱でやられて、でもその周りに沢山の人が居たのです。生きていられる訳がないでしょう。それを知っていて落としたんですよ。アメリカが落とした?もし日本に核があれば日本が落としたでしょう。誰かがいつかは落としたはずです。だから、人類が落としたのです」


 彼は淡々とそして腹の底からその言葉を吐き出していた。


 私たちが原爆ドームの姿をただ眺めていると、敷地の中を猫が歩いているのに気づいた。悠々と瓦礫を登って、降りて、どこから来てどこに行くのか。人類がいなくなっても、こうしてこの場所の意味も知らずに生きていく命もある。


 周りを流れる川は太田川と呼ばれ、東京の隅田川と同じであの日沢山の遺体が浮かび、今も川底に骨があるという。彼と原爆死没者慰霊碑に向かって平和公園を歩いて行く間、彼は呪いのように呟いていた。


「この道を、目が飛び出したまま歩いた人がいた。ケロイドで皮膚が垂れたまま歩いた人がいた。ガラスの破片が刺さったまま歩いた人がいた。東京大空襲との違いは、爆発的な風圧にもあります。内臓が圧力で飛び出てきて」


 と頭上を見上げた。


「温度も全然違います。頭の上に太陽が生まれた。骨だけで歩いた、水を求めた。水を与えたら亡くなった。水を与えなくても亡くなった。どうやっても亡くなった。助ける方法はゼロ」


 私はそう言われて今更ながら以前学んだことをおぼろげながら思い出した。前も後ろも何もなく全てが詰んだ状態だった町。


「絶望的ですね、そう言われると」


「広島の小中学校で学んだ子は、誰でもそういう事を知っています。トラウマになるから止めろと言う人もいますが、それが事実だったのです。戦争をまたやるぐらいなら、トラウマになった方がよっぽどましです」


 平和公園は広い。所々に植樹されて、それらに幾つもの千羽鶴が吊されて目に入ってくる。訪れる方は皆思い思いに散策している。人々の国籍も見た目も異なる。だからここは地球上のあらゆる人達が平等に、平和について考える場所だ。


 そうして歩いていると、記念式典の中継で見かける慰霊碑に着いた。海外からの旅行者がわずかに列を作っており、私たちは最後尾に並んだ。


 オレンジ色に目立つベストを着た学生たちが、旅行者に英語で解説しながら案内をしているのが目に入った。


 彼が一歩進み出て黙祷する。私も習って黙祷する。ハトの飛び立つ風切り音と車のクラクションが聞こえた。


「向こうに見える火、あれは原爆の火です。あの日の炎をとり続けて、今も燃えています」


「え、そうなのですか。本当になんだか東京とは随分扱いが違いますね。全てがその、一つの町の話で終始せず、人類全体の記録として保全されています。だから世界遺産なのですね」


 彼は難しそうな顔をしていた。そして告白した。


「この碑文も有名です。『安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから』。人によっては、原爆を落としたのはアメリカだから、日本が反省することではないとか。もしくは核は人類全体の問題であるから、全ての人が過ちを繰り返さないようにする意味だとか。主語は何かと揉めた時期もあったようです」


「確かにそういう論争を聞いたことがあります」


「白状すると、そんなことはどうでもよいです。僕は碑文がたまらなく嫌いです」


「広島で生まれ育ったのに?」


「そうです。過ちは繰り返さないんです。反省としての言葉ですが、これは危険です。繰り返さない、そう、こんな愚かなことはもうしない。もうしないのです。だから我々はもう大丈夫。そんな気を起こさせるのです。もう過ちは繰り返さないから、原発があっても大丈夫。もう過ちは繰り返さないから、軍隊を持っても大丈夫」


 私はこんな意見を聞いたことが今まで無かったので驚いた。誰もがこの一文を胸に刻んで生きていれば、二度と過ちが起きないと信じていたから。


「この碑文は書き直すべきです。『人類は過ちを繰り返します』と。それであれば、常に自分達の危険性を認識出来ますから。いつでも人類が愚かだと知りながら生きていかなければならないのです。それこそが本当の抑止力なのです。こんな美談はいらない。人は直ぐにあらゆる事を忘れていくから」


 彼は拳を握りしめた。爪が食い込んでいくのが見えた。彼が語ってくれた、戦争を取材した時の無力感。それをまた全身で抗っていた。


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