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11 高輪


 品川駅の改札を出て高輪口の交差点で信号待ちをしていると、突然声をかけられた。


「桜上さん、桜上さんですよね」


 そう言いながら女性が近づいてきた。何やら大きな紙袋を、それも二重にした紙袋を、両手にぶら下げていた。


「あ、小湊さん。お久しぶりです」


 と悠奈さんが挨拶に答えた。聞くと小湊さんは撮影の小道具の制作を行っているそうだ。


 元々悠奈さんと同じ美術大学に居り、以前から顔見知りだそうだ。それに里奈さんのドラマでも以前担当されており、その縁で悠奈さんとも何度か会っていた。今日は近くの撮影スタジオに用事があるという。


「ここで悠奈さんに会うなんて、どうしたんですか今日は?」


「里奈の部屋の換気をしに」


「あっ」


 と小湊さんは口に手を当てて、次に僕の方を見た。事情は把握しているようだった。悠奈さんが察して答える。


「大丈夫ですよ。この件はご存じですから」


「ああよかった。まだ何も連絡は無いんですか?」


「残念ながら」


「そうですか・・・。早く連絡があるといいですね」


 僕等は青になった信号を渡り始めた。


「ところで、里奈さんに渡したあれどうなりました?」


 小湊さんが肩に力を入れながら歩く。


「あれ?あれってなんでしょうか?」


「里奈さんから何も聞いていませんか?里奈さんから、どうしても本物の木にそっくりな小物入れを作って欲しいとお願いされまして」


「私見たこと無いです。なんでしょうかそれ。撮影に使うものですか?」


「いや、私も撮影用ですかと聞いたのですが、どうもそうでは無いらしくて。しかもどうしてもケヤキに似せて作って欲しいとお願いされまして。かなり精巧に作り込みました」


 小道具の専門家だけあり、相当な自信があるようだった。


「そのあとどうなったのか知りたかったのですが・・・」


 部屋にはなかったと悠奈さんが言っていたが、時期的にいなくなる直前のようであったから、僕には何か意味がありそうに思えた。


 高輪の坂はきつい。二重丸の溝が地面に掘られており、坂道の勾配を物語っていた。高級住宅地なのにこの坂ということは、皆歩かずに車で移動するのだろうか。


 坂を中腹まで登ったところで、オートロックのマンションに着いた。入り口はそこまで広くなく、小綺麗な印象だった。


 高輪にあるというだけで相当な場所なのだろうが、さらに普通と違うところは、入り口に管理人ではなく警備員が居るところだ。悠奈さんが軽く会釈をしていたので、僕もそれにならった。


「ここは事務所の指定なんです」


 僕がキョロキョロと見回しているので、悠奈さんが説明してくれた。都内のスタジオから車のアクセスが良く、セキュリティに優れているなど、そういうのが必要な居住者向けのマンションがいくつか東京にはあるそうだ。僕が全く知らない世界だった。


 部屋に入ると悠奈さんがどうぞと、僕を招き入れる。彼女は二つの部屋を行き来して、カーテンと窓を開けて回る。そのままユニットバスの方へ行き、シャワーを出そうとして止まる。


「そうか、今日はいいのか」と言ってシャワーを元の位置に戻す。


「いつもは水を流しておくのですが、今日はシャワー使うでしょうから、別に今流さなくてもいいですね」


 来る途中のコンビニで買ったお弁当をテーブルに広げた。僕は普段女性の部屋に入ることもなければ、こんな有名人の自宅はもちろん初めてで、どうすればいいか所在なくしていると、悠奈さんが、


「幻滅しました?それとも憧れ通り?」


 と聞く。


「まあ、テレビで芸能人の家が映ると、ご家族もあれば割と普通の家庭と変わらないこともありますし。大御所になると豪邸でしょうけれど。いや、里奈さんがどんなところに住んでいるかなんて想像したことも無かったですから、期待通りも何も無いですよ」


 悠奈さんはフフフと笑みを浮かべる。


「部屋の撮影があるわけでもないですから、普通の人と変わりませんよ。洗剤の容器とか、市販のラベルそのままで、生活感丸出しでしょ。おしゃれな無地のものに統一して、まるで高級ホテルのような、生活感ゼロのリッチな見た目を期待されていました?」


「思いっきりダウニーって書いてありますよ」


 僕は洗濯機の前に立って、目の前にある柔軟剤の名前を口にした。


「ああ、それは私が持ち込んだけど、使ってもらえないまま、みたいな。あまり服には香りをつけない方が良いんですって。私は好きなんだけどなあ」


 一通り悠奈さんが掃除機をかけ終わり、僕等は思い思いの場所に座り、ようやく休憩となった。改めて部屋を見回してみた。壁には子供の描いた絵があった。


「それは里奈が小学生の時に描いたものです。里奈は自分のを貼るのを恥ずかしがっていましたが、私はその絵が好きだから、勝手に貼ったままでして・・・」


 その隣には里奈さんが主役を演じた映画のポスターがあった。


「確かこの映画、里奈さんのデビュー作ですよね?」


「ご存じですか?当時結構話題になりましたからね。それまで子役でやっていたときは全てテレビでしたから。初映画出演が主演で。そのポスターを貼るのも本人は嫌がっていましたけど」


 そして腰辺りまである本棚の上には、両親との写真があった。どこで撮影した写真だろうか。山登り途中の風景だった。


「それは高尾山に登った時のものです。私は高校生、里奈は中学生。あれ以来行ってないなあ」


 と悠奈さんは懐かしんでいた。


 僕は改めて今回の里奈さんの事を確認した。


「悠奈さんは、一通りこの部屋の確認をされたのですよね。それで、特には不審なところも無かったと」


「ええ、見て頂いても大丈夫、と私が言い切って良いのかどうかですけれど、大抵の所は念入りに確認しました。でも何も無かったです」


 そう言われても僕が勝手に触り散らす訳にもいかず、観察するだけにした。


「先程小湊さんがおっしゃっていた、木の形をした小物入れは?」


「全然そういったものは無かったです。あればかなり目立ちそうです、この部屋だと」


 確かに本は多いがそれ以外には物が少ない部屋で、木の置物は直ぐに気づきそうだった。仕事が忙しく部屋のことを構う時間がないのか、置いてあるものもそれほどこだわりがあるような感じではなく、木で出来た机が置いてあり、きれいに文房具が揃えられていた。ここであの小説を書いていたのだろうか。


 悠奈さんが里奈さんのノートを取り出して机に置く。


「このノートだけは、こうして机の上に置いてありました」


 二人で少し離れて眺める。彼女が椅子を引いて座るところ、執筆するところを想像してみる。部屋には西日が差し込む。暑い西日であるため、悠奈さんが思い出したようにエアコンのコンセントを差し込んで始動した。


 夕食を済ませてシャワーを浴びた。明日はどう動くか考えていた。出てくるとリビングからテレビの声が聞こえてきた。お笑いの番組をやっているようだった。でも悠奈さんはそれを見ておらず、ソファで寝そべったまますっかり寝てしまっていた。


 僕の気配で目を覚ますと「ベッドどうぞ」と勧められた。僕はさすがにためらった。


「いや、それはまずいですよ。里奈さんのですから。悠奈さんどうぞ」


「いや、私も大丈夫です。でもソファとベッドしか寝床が無いですから、どうしましょう」


 結局悠奈さんがソファで、僕は床の上に落ち着いた。ただ、枕だけは里奈さんのものを借りた。彼女の顔と近づくような感じがして、かなり恥ずかしかった。


 悠奈さんがソファから顔を出して僕の気恥ずかしそうな反応を見ていた。そしてこう言った。


「・・・里奈のこと想って下さい。忘れないように想って下さい。この部屋にまた戻ってくるように。いつかは三人でここに集まりましょう。あなたや私が忘れてしまったら、里奈は永遠に居場所を失う気がするから。できるだけ彼女の気配を感じて下さい」


「忘れませんよ。想い続けます。里奈さんは僕の中でますます大きくなっていますから。どうしても彼女の影を追いかけて、いつか捕まえたくて・・・」


 深く呼吸をすると、どこか彼女の匂いが鼻腔に辿り着き、疲れからか安心からか、直ぐに僕は眠りについた。

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