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10 浅草・梅屋敷 (1)


 今日も暑さに変わりはなく、昼過ぎに僕と悠奈さんは浅草にある松屋浅草に訪れるため、東武駅の入り口で待ち合わせた。


 ここは浅草寺と仲見世、雷門からより隅田川沿いに近い場所に位置する。


 悠奈さんが来るまでに時間があったので、少し雷門辺りに足を向けてみたが、とんでもない観光客の数であったため早々に引き返した。


 昨日のスカイツリー以上に世界各地、日本全国から人が集まって来ている。少し観光地から離れる松屋の近辺にはそれほど観光客はいなかった。


 僕は悠奈さんを待ちながらこの場所をなぜ里奈さんが選んだかを考えてみた。あの東京大空襲の日、多くの人が上野や浅草まで逃げた。上野は焼失を逃れたが、ここ浅草はかなりの被害だった。石造りで頑丈だったいくつかの建物は残り、この松屋もその一つだ。


 程なくして悠奈さんが現れた。彼女も少し仲見世の辺りの様子を伺ってから来たようで、すごい人出ですねと言いながら汗をハンドタオルで拭っていた。


「里奈さんの小説の中ではここの屋上で夏美と彰が待ち合わせしています。あまり屋上での描写は無く、お互いの祖父母の戦争体験を代理で語っています。その告白のための装置として屋上を使ったようです」


 悠奈さんがうなずきながら「それで、その流れで梅屋敷の甘味処まで移動する」と付け足した。


「あの話の筋は、実際にお婆様から聞かれた話と同じですか?」


「同じです。私が知っているよりも詳しく書かれていました。でもあの、本居彰の語る祖父母の話は、私の全く知らないものです」


「だとすればあちらは創作か、あるいはどなたかに聞いたものかもしれませんね。内容自体に何か里奈さんの行方に関わるヒントが有るようには思えませんでした」


「夏美も彰も共通する場所として上野を挙げていました。キーワードかもしれません。と言うのも祖母も上野へ行くのは避けていますので。理由は書かれていたものと同じで、あの当時は疎開先から東京へ帰るのに、そして地方の親戚に身を寄せて、何かしらの理由で上京するとき、皆上野駅だったようですから。沢山の思いが交差している場所で、祖母もそれに漏れずでして」


 僕等は屋上に行くためにエスカレーターを探した。入り口からの店内は少し複雑な形であったため、歩く流れでは上手く見つけられず、手近にあった階段で上まで登ることにした。悠奈さんが僕に聞く。


「私はこれでも体力に自信があるので、全然余裕ですけど、大丈夫ですか?」


「いや、僕だって大丈夫ですよ」


 とうそぶいてみたが、全く運動もしていないので、四、五階に来るとすっかり息が上がった。そこで一度階段の踊り場で立ち止まって休憩を挟んだ。


「私初めてここに来たのですが、当時のままなんですよね」


「そうらしいです」


「この階段の石や手すりの意匠が昔の感じで、素敵です」


 そう言って悠奈さんは手すりというか、階段の縁の上部の丸みを帯びた石造りの部分を撫でた。石は冷たくなめらかだった。


 ようやく屋上に辿り着くと、外は直射日光でとても暑かった。日陰が全くなく一面が照らされていたが、そこは不思議と眩しくは無かった。


 小説の通り静かな場所で、都会のエアポケットであり、僕等は秘密の場所を見つけた気になれた。喧噪が遠くに聞こえるが、ここにも夏は来ていた。


 すぐ側に隅田川があり、穏やかな流れの上に遊覧船が停泊していた。その向こうにはスカイツリーがある。


「あそこからこちらが見えるのかな」と悠奈さんが呟いた。


 広い眺望だがビルが林立しており、屋上から周囲の遠景まではあまり見晴らせなかった。浅草から外国人観光客が数グループ、スカイツリーを目指すのか吾妻橋を渡って行くのが見える。他に見えるものと言えば大きな時計がこちらを向いていた。


 これが戦時中から残っているのかは分からない。昼の時間ということもあって、しきりに給食みたいな匂いと、ウナギを焼く香ばしい匂いが漂ってくる。


 僕は大まかな状況を把握した後、改めて小説で語られていたものからヒントを探そうとした。


「小説の中では松屋浅草の屋上から撮った写真を、夏美が見たと言っています。僕等も昨日、復興記念館で写真を見ました。もしかすると里奈さんも復興記念館で同じものを見たのかもしれません」


「確かにそうですね。小説の流れが私たちを誘っているなら、そうに違いないです」


「ただ、もうここからの景色は戦時中とは全く違います。ビルばかりであの時の写真のような荒野は望めません」


「それは、里奈としてはそれだけ復興したという事をむしろ語りたいのかもしれません」


 僕等は写真を撮ったはずの南側の縁まで寄ってみた。


「きっとここから写真を撮ったのでしょう。角度的にはこちらで・・・」


 と僕が隅田川の下流方面を向くと、向かいのビルには四階分をぶち抜く巨大なビルボードがあり、爽やかな笑顔でこちらに微笑みかける里奈さんがいた。悠奈さんもあっと声を出して気づいた。


「この清涼飲料水の広告・・・里奈がシリーズでずっと出演しているんです。ここにも張り出してあったなんて。それに下から見上げるのと違って大きい!」


 里奈さんの写真はちょうど僕等のいる場所に高さが合っていて、優しく見つめる瞳と視線が合う。夏にぴったりな純白のワンピースを着ていた。


 これほど大きく扱われるとは、改めてすごい人なんだなと知った。その広告のキャッチコピーは『みんなでピース』だった。なるほど、確かに里奈さんはみんなに向けてピースサインをしている。ピース、つまり平和、平穏といった意味だ。悠奈さんもその語呂に気づいたようで、疑問を呈した。



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