夏美と彰の話3 (2)
改札を出て右手側に向かう。商店街を抜けて行き、随分と歩いた先には本当にその甘味処が在った。
当時と変わらないのか、その佇まいや看板、ガタガタと開く引き戸、どれも一回り小さく感じる机と椅子。
窓に収まるガラスも古い磨りガラスのデザインで窓枠も細く、それも昭和の感じを漂わせていた。
私たちは庭園側の席に着き、アイス最中とかき氷を注文すると直ぐにそれらがテーブルに並んだ。
お店の方に確認すると、店内は昭和初期から変わっていないとのことで、私たちはここが祖母の訪れた場所であると確信した。
店内はクーラーが無くて扇風機が回るだけだったので、冷たい食べ物が体に染み渡っていき、気持ちよかった。
私はアイス最中を食べながら、
「素朴な味ですね。祖母が言っていた通りで、きっと味が当時のまま保たれているのでしょうね」
と本居さんに感想を告げた。本居さんはかき氷を崩しながら、
「建物もそうです。当時のままで。ここに朝田さんのお婆様がいらっしゃったのは間違いでしょう」と言う。
私は机もその当時のままのように思えたから触れてみた。机の縁は金属で縁取られている。椅子は今にも足が折れて壊れそうな細さだ。
その一つ一つが愛おしかった。店内の厨房を見ると、水色の小さめのタイルで装飾されており、それもまた時代を感じさせた。
「戦時中の記憶を残すものが段々少なくなってきています。東京には戦災資料を収めて展示している郷土資料館や、小さいですが専門の施設もあります。でもこうして日常の中にも紛れ込んでいることも。なんだか愛おしいです」
土地の記憶や人々の記憶は気づかない形で残っていることがある。どんな恐ろしい記憶も、さりげない日常の中に密かに入り込み、いつか気づく人を待つようにひっそりと、ただひっそりとそこに在る。私はそれに気づいた。だから自分に出来ることで伝えていきたい。
私はぐるっと店内を見回す。本居さんは溶けたかき氷の残りをすすっていた。
「僕は未だにこうして朝田さんを目の前にしていることを受け入れられないままなのですが、本当にあの朝田さんなのですよね?」
「それはそうですよ。私なんてまだ全然駆け出しですから、そんな大層なものではありませんよ。でも外から見るとそう思えてしまうのでしょうか」
「それは朝田さんにとっては当たり前のことでしょう。生活の中で夢を実現して、全てが現実で。だから全てが当たり前のこと。でもこちらからすると全然当たり前じゃないことですから。
普通、俳優と仲良くなろうと思っても、全く何もアイディアが思い浮かびませんよ。舞台を見に行くといったことは出来るかもしれませんが」
「小規模な舞台なら、登場する俳優たちももぎりをやったり、お見送りすることもありますから、いくらかは接点を持てます。確かに私は舞台に立たないから、そういわれるとどうやって出会えるのか、私も分からないですね・・・」
と私自身も疑問に思えた。だからこそ、私にとっては何かしら出会いがあればそれは自然の成り行きであり、相手にとっては特別となるのだろう。
その特別感について、どんどん鈍くなっていく自分が少し怖かった。
「嫌ですよね、こうしていつの間にか特別で貴重なはずの出会いや感覚が当たり前になり、何も感じなくなるのは。みんながどう感じるかを想像できなくなるのは、それは怖いです。大切な物が指の間からすり抜けて落ちていき、どんどん失っていくようで」




