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9 六本木 (3)


「ところで、ライターをされているのですよね。ライターになられた経緯とか、どういうことをされているか伺っても大丈夫ですか?それに、以前空襲についての取材をされたとお伺いしましたが、そちらについても差し支えなければ詳しく知りたいです」


 僕は新聞記者志望だった。大学を出ても内定がもらえず、知り合いのつてでどうにか雑誌の編集に潜り込んだ。


 それでも一年程度の後、独立してフリーのライターとなった。編集社に在籍していた頃は、芸能雑誌のデスクで桜上里奈という名前が頻繁に出ていたのを思い出す。フリーになってからは単発の請負の記事起こしをしていた。


 ある日東京大空襲についての取材に人が足りないからと手伝うことになった。その話を持ってきたのは大学時代の恩師だった。普段良いもの食べてないだろうとの心遣いで、このレストランに連れて来られた。


 在学時代その恩師がジャーナリズムについて熱く語る姿が印象的で、すっかり感化された僕はそれをきっかけに新聞記者を目指した。その夢が潰えた僕を景気づけるという名目でもあった。


 かくしてその日からしばらくは東京大空襲についての取材に全ての時間を割き、久々に正義の情熱を燃やしていた。


 戦争体験者の方にインタビューを行い、沢山の生々しい話を伺い、未体験の出来事に触れた。話しながら涙と途方に暮れる方もおり、僕が東京に住んでいても全く気にもしていなかった歴史と現実があると知った。


「ただ・・・」


 と僕はかねてからくすぶっていた思いを吐露した。相手が悠奈さんだから話す気持ちになれたのだった。


 情熱を燃やすには、あまりに対象が大きかった。何十年もの時が過ぎているだけでなく、時間と共に体験者の数は減り、記憶も薄れていくため、喪失に歯止めが利かない。


 それに話の行き着く最後の相手は政府と国だ。一介のしがないライターがいくら情熱を注いでも、どうにも何もならなかった。


 その挫折感から、実のところこの一、二年はろくにライター業が成り立っていなかった。沢山の体験談を聞いた分、何も期待に答えることが出来なかった反動は大きかった。


 もちろんそれなりに記事の体裁にはなり、掲載もされたが、署名記事とするに辺り、大いに戸惑った。ただ、僕が無力であることも含めて正面から事実に向き合う事が、僕のせめてものジャーナリズムだと覚悟し、署名記事とした。


 未だにインタビューを行った方々の顔や姿が目に浮かび、僕に未来を託してくれた思いが行方無く僕の周りをさまよっている夢を見る。語ってもらった当時の景色に閉じ込められるようだった。


 悠奈さんは真剣に耳を傾けてくれた。所々で相槌を打ちながら、僕の話を引き出してくれた。そして最後にその悠奈さんについて聞いてみた。


「悠奈さんは、普段は何をされているのですか?」


「私は作品を作っていまして・・・」


「作品ですか?」


 僕はその意外な答えに驚いた。


「そういえば先程、海外の滞在先で作品を共同制作したとのことでしたが、アート系でしょうか?絵とかそういう?」


「そちらよりは彫刻とか造形とか、そういった作品を制作しています」


 悠奈さんの雰囲気は確かに勤め人とは違うところがあった。それはここから来ているのかと妙に納得できた。彼女によると、木や石を使った彫刻だけでなく、アイアンアートやインスタレーションもあるようで、日々工房で作品と格闘しているそうだ。


 生活はなんとか成り立っているが、


「時々バーとかカフェでバイトをしています。完全にアートだけで生計を立てるのはまだ難しいです」とのことだった。


 バーでは店長やる?と頼まれたりするらしく「その方が儲かるかもしれませんね」と口を横一文字にして微笑んだ。


 僕はウェイティングバーを眺めて、カウンターの向こうで悠奈さんがカクテルを作っているのを想像してみた。確かに人気が出そうだ。


 時々個展を開いているのでそのうち来て下さいと誘われた。里奈さんの小説を読む時の、相手の内側を覗くような気恥ずかしさと同じで、悠奈さんは気にしていなくても、悠奈さんの作品を観ることに気恥ずかしさを覚えた。


 僕が漠然と想像するものと違って、かなりの鬼才ぶりが発揮されていて、もし自分が理解できなければどう反応するべきかが難しい。きっと戸惑う。


でもそれは全く彼女自身の素直な表現なのだから、まるごと受け入れれば良いだけで、こちらが何かを期待する方がおかしいのだが。


(もっとも、悠奈さんがどういう女性であるか、どういう人間であることを期待しているか、実のところ不明瞭だ)


 自分の知らない相手の一面を知ることは、勇気と覚悟がいる。悠奈さんは美術大学に進んだ後に学生のうちから作品を発表して、そのままアーティストとなった。でも彼女としてはアーティストという呼び名が性に合わず「あくまで作家です」と言う。


 大学にいる時は民芸品について研究していたそうで、今は飾り物、つまりオブジェとしての作品を制作することが多いが、そのうち生活に役立つようなものに形を変えていきたいそうだ。それはプロダクトデザインというものではなく、あくまで民芸品として何かしたいらしい。


 僕はあまりそういった分野の話に詳しくないので、話は半分ぐらいしか理解できなかった。ただ気持ちを全面に出しながら語ってくれる悠奈さんが輝いて見えた。


 鉄板の上にはステンレスで出来た円柱の枠が置かれ、その中にもったりとした生地が流し込まれる。デザートのスフレパンケーキが目の前でできあがるまでには随分と時間がかかるようで、その間に明日の予定について相談した。悠奈さんは昼過ぎであれば都合がつくとのことだった。


 里奈さんの小説では、六本木のレストランの話の後、夏美が祖母から聞き取った話が続く。空襲のあった夜の話だ。次に夏美と彰が登場するのは、松屋浅草の屋上だ。


 悠奈さんが頬杖をつき、徐々に膨らむパンケーキを見守りながら「そういえば先程の復興記念館に、松屋浅草の屋上から撮影した写真がありましたね」と呟いた。


「道幅が変わってないと話をした、あのパネルですか?」


「あれですよね。あの展示の様子だと、割と有名な写真のようで」


「当時残っていた建物が少ない上に、上空から取った写真は貴重ですから」


「今はもちろん景色が全然違うのでしょうね」


「そうでしょうね。建物自体は古いままですから、今日まわった所よりも大きな形での遺構、史跡と言えます。だから、僕等も何か見つけられれば良いのですが・・・」


 食後のコーヒーでディナーの余韻に浸りながら、悠奈さんはふうとため息をついた。


「それで、里奈はどこへ行ったか、まだ見当もつかないですね。でもこの数ヶ月と比べたら、今日一日で随分な進展です」


 僕は砂糖とミルクを注ぎながら考えた。ミルクが掻き混ざって模様を描きながらコーヒーの色を変えていく。


「里奈さんがこれだけ小説の執筆に取り組んでいたなら、独りでどこかに取材に出ている可能性は?」


 と僕は言ったものの、


「いや、それであれば留守の期間が長いですし、なにより連絡が取れないのはおかしいですね」


 と自分で可能性を否定した。


「誰にも知られたくないけれど、どうしても調べたいこと。でも仕事も何もかも中断してまで突然やらないといけない事なんてあるのでしょうか?」


 悠奈さんも僕も、分かりそうで分からないもどかしさと、やはり何も分かっていないという悔しさとで、コーヒーの味はいつもよりも酸味の増した苦さだった。


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