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9 六本木 (2)


「里奈さんの小説に登場する朝田夏美は大学生という設定です。確か里奈さんも大学に行かれていましたよね?それとも今も在学中でしたっけ?」


「ええ、里奈の場合は文学部の英文科を出ています。これって結構世間で話題になっていましたけど、ご存じなかったですか?」


「すみません。そういった情報には疎くて」


「俳優業をしながら通うので両立できるのかとか、それって随分大きなお世話な気もしましたが。まあそれはそれとして、里奈がその大学を受けることになった時、祖母がどういう反応するか心配でした」


「それはどうして?」


「だって英語ですよ。戦中派とまでは言わなくても、戦争を体験していますから」


「そういうことですか。英語は戦闘体験者にとっては、当時は敵性言語ですから」


「でも祖母は英語を学ぶことを喜んでいたのです。戦争体験自体は子供の頃の事ですから、物心がついた時に見ていたものは、その後の進駐軍の豊かな様子などで、そういう記憶らしいです。だからむしろ一種の憧れすらあるようで。それにスパムが好きで」


「スパム?スパムってあのスパムですか?」


「そう、あれです。年寄りには脂っこいと思うのですが、好きなようです。私たちには随分なギャップに見えますよね。でもそれが祖母にとって自然な受け取り方なんですよね」


 僕は改めてここ最近の里奈さんがどのような具合であったかを聞いた。悠奈さんはしばらく里奈さんと会っておらず、連絡がつかないことに気づくと同時に、関係者の方からも連絡があり、一緒に里奈さんのマンションを訪ねたそうだ。


 合鍵を持っていたため、開けて入ると誰もいなかった。荒らされたような形跡も無ければ、今にも帰ってきそうな部屋の様子だった。書き置きもなく、まったくが不明であるため、念のため警察に連絡した、というのが経緯だった。


 警察は直ぐに事件性が無いと判断したため、悠奈さんが部屋の荷物を整理していると、小説の書かれたノートが見つかった。


 僕は鞄やいつも持ち歩いていた(と思う)万年筆があったか悠奈さんに確認したが、そういったものは無かったそうだ。つまり出かける際に持ち出すような簡単なものは見つからなかった。


 それより数ヶ月前の状況を聞いてみると「それがですね」と悠奈さんが話し始めた。


「おそらくあなたと里奈が、神保町のカフェでしたっけ?そちらでお会いした後すぐに里奈が連絡してきて、面白い経験をしたと言うのです。珍しい本を持った方と話す機会があって、今度その本の感想を聞かせてもらえるのだと。


私はすっかり女性の友達でも出来たのかと思っていました。それからややあってまた連絡があり、本の感想を聞かせてもらった、色々な本の話を出来てとても楽しかったと。里奈が言うには姉、つまりワタシみたいにちょっと変わり者で、話が軽快ですごく素敵な方だと」


 僕はそれを聞いていて、有名人にそんな風に自分が思われていたことが心底信じられない気持ちだったし、やはり一人の人間なんだなという安心感も生まれた。


「それで里奈は、その方に添削してもらうということで物語を書いてみるんだと、そう言っていました」


「確かにそれを約束しました。それが、最後に僕と里奈さんが会った日です」


「・・・あとそういえば、仕事で作家さんの新刊発表会に参加したところ、あなたがお客さんの中に混ざって居て、思わずびっくりして笑いそうになって堪えるのに大変だったとか。他人の振りをしている様子が面白かったそうです。あれ、カフェ以外でも里奈と会ったことあります?」


 僕はその話をしていたのかと分かり焦った。先程は黙っていた手前、今更認めるのも恥ずかしかったが、素直に認めた。ただ、里奈さん目当てではないですと念押しした。


「それは残念ですね。里奈は・・・」


 と悠奈さんがこちらに改めて向き直って、


「里奈は『私に会いに来てくれたのならすごくうれしいのにな』って言っていましたよ」とウインクした。


 僕は気持ちの整理がどうにもつかず、手に汗をかくばかりだった。あまり近づこうとすると嫌がられるかもしれないという気持ちと、もっと積極的でも良かったのかという後悔。


 こういう駆け引きを恋と呼ぶなら簡単だが、相手があまりに大きい存在だから、それは僕にはどうにも正解に辿り着けない。その一方で、もしもっと積極的であれば、もしかしたら里奈さんは失踪しなかったかもしれない。


可能性の話をすれば切りが無くなる。僕はそれ以上悠奈さんに聞くことを止めた。


 メインディッシュが終わると、悠奈さんが僕に尋ねてきた。

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