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夏美と彰の話2 (2)


 姫野さんはもちろんだが、監督も私の事をよくご存じのようで、何年も前に私が出ていたドラマなどの話で盛り上がった。


 プロデューサと主演の二人もそれぞれで今回の映画の話題に移り、意気込みについて語っていた。


 二人とも世間では今大注目されている中堅どころの俳優で、この至近距離から見ると立ち振る舞いに芸能人らしいオーラが満ちている。


 私は一向にああいうオーラが身に付かないんですよ、と独り言のように呟くと監督が、


「人に見られて、注目されていれば自然と身についてくるんじゃないかな」


 と言った。


「そういうものですか?」


「オーラというか、カリスマ性というか。そういうものの一端は、大衆の注目から湧いてくる。人間は不思議なもので、周りや世間が注目して騒いでいると、その人にカリスマ性が帯びて見えるんだよ。あとはその人自身の振る舞いも確かにあるね。


着るもののチョイスだけじゃない。それ以上にさり気ない視線とか姿勢とか、自分に秘めた自信とか、目に見えなさそうなものがにじみ出てきて、他の人にそれを感じさせるようになる。それがいわゆるオーラというものなんじゃないかな」


 姫野さんがそれを聞いていて、


「早く私もそういうオーラを纏って、芸能人らしく振る舞ってみたいです」


 と目を輝かしていた。


「野心があっていいね。朝田さんはどうなの?」


 と監督が何気なく尋ねる。


 私はといえば、こういう場で素直にノリで答えられない自分がいた。


 軽く場の勢いで、二つ返事で返せばもっと可愛くて魅力的になれるかもしれないけれど、いちいち考え込んで、真面目にしか答えられない自分。


 嫌いではないけど、好きでもない。いや、少し度が過ぎるのではと、年々自己嫌悪に陥っている。


 変な間を作ってしまいながら私は、


「憧れます。演技も振る舞いも一流になれればなって思います」


 と答えた。


 監督は妙な面持ちで、目の前にあるワインのグラスの残りを飲み干した。


 監督は業界も長く、過去に著名な作品を残している。


 人を読む力、引き出す力にも長けており、柔和な表情から時折見せる眼光は、優れた監督であることを物語った。


 ウェイターを呼んで別の銘柄のワインをグラスで頼む。


 私はこの奇妙な間を自分が作ってしまったかと内心、ハラハラした。


 赤ワインが注がれると、監督はグラスを回しながら私に話しかけた。


「僕はこれでもワインが好きで、色々と飲み比べたりするんです。最近はバラエティ番組なんかで、高級なワインと一般的なワインを飲み比べて、タレントに当てさせるものがありますよね。あれはつまらないですよ」


 そう言ってからグラスに鼻を近づけて、芳香を体に充満させる。


「味の善し悪しとか一流のものかどうかとか、学ぶのに一番良いのは比べることです。二つ用意して試す。すると違いが分かる。この違いから学べるんです。一つだけだと良いのか悪いのか分からないですから」


 と、次はひと口含む。香りを出すために口の中で音を立ててワインを転がす。しばらくあってゴクリと喉を通り抜けると、また続きを切り出す。


「その番組でよくタレントが『こっちが飲みやすいですね』と言って選ぶものに限って安物だったりして。それを見て舌が肥えてないねと、視聴者に笑ってくださいと、押しつけるようにテロップを出して騒ぐ。


飲みやすいならそれでいいんですけどね。舌が肥えてくると段々特殊で玄人向けの物を求めて、希少性があるから値段も自然と高くなる」


 もうひと口、ワインを運ぶ。私はなんだかその所作に見入ってしまった。


「高いものでなければ満足できないのは、つまり不幸ですよ。どちらも楽しめれば人生は二倍楽しいわけで。私の親父は味音痴でね。何を食べても美味いって言って。


だからお袋なんかは、良いもの食べに行っても甲斐がないって言うんですが。でも何でもおいしい味音痴なら、存外幸せな人生ですよ」


 監督は最後のひと口を含むと、名残惜しそうに飲み干した。


「まあ、僕は沢山の俳優を見ていますから、そういった業界人の一つの意見としていいますが、あなた方お二人のようなフレッシュな俳優も、あちらの二人のような今人気絶頂のお二人も・・・」


 といって監督は後ろに目配せをした。


「どちらも僕の撮るものには必要不可欠で。つまり、まあ、あなた方にはなりたい自分になって頂きたい。必ずその居場所があります。無理になりたい自分を世間に合わせるのではなく、なりたい自分を必要とする人達を見つけてもらいたい。


僕がそのお手伝いをしているとすれば、この仕事にやりがいがあるかな。才能のある人もいる、努力している人もいる、成功するには最後は結局の所、環境が求めてくれなければならない。環境に恵まれなければ日の目を見ることはない。


でも、それでもそれぞれの居場所はありますよ」


 熱い鉄板ではメインディッシュの飛騨牛の塊が、バチバチと音を立てて良い香りを放っていた。


 私は、監督という職業はそういう仕事なんだなと思いつつ、なんだか心を見透かされたようで、そう、安心した。


 華やかな芸能界にどっぷりと浸っても良いし、なじめなくてもいい。


 自分の居場所、自分の収まる場所を見抜く力が私にあるのかなと、そういう不安に気づいた。

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