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夏美と彰の話2 (1)


 この東京の一等地に、これほど大きな厨房と鉄板のカウンターを構えているのが信じられない。


 厨房をぐるりと囲む、長く広い鉄板の奥には、一級の旬の食材が日本各地から取り寄せられ、新鮮な市場のようにディスプレイされていた。


 六本木にある外国の裕福層をメインターゲットとしたこの一流ホテルには、評判の高いレストランがいくつか構えている。その一つに私は訪れていた。


 もちろん一人ではなく、招待されたのだ。


 新しく始まる映画のプロデューサ主催で、主役級の役者を招いた小さな食事会をするというので、監督とダブル主演を務める俳優のお二人を筆頭に、私ともう一人の若手俳優の姫野ゆかりさんで訪れていた。


 生まれて初めて足を踏み入れたウェイティングバーでは所在がなく、並んだ色とりどりの美しい洋酒の瓶を眺めながら固まっていると、ボーイの方に案内されるがままカウンターに着座した。


 私は姫野さんと監督の間に収まった。


「朝田さんはこういうところよく来ますか?」


 隣席の姫野さんが小声で私に話しかける。


 私は正直に「初めてですよ。もう緊張ですよ」と答える。


 ウェイターが順にまわって豪華な装丁のメニューを手渡す。


 私と姫野さん以外は慣れたもので堂々と受け取っているが、私はというと受け取りながら思わずお辞儀をしてしまった。


 メニューを開けてみれば、二ページだけの見開きとなっており、ごく小さな文字と、単位のない数字がおしゃれに並んでいた。


 どうしたものかと、まじまじとメニューを見つめていると「一応これがメニューだけど、みんな同じコースでいいですか?」と監督に声をかけられた。


 姫野さんもメニューを前にして、私と同じぐらいきょとんとしていたから、二人で安心したようにうなずいた。


 私はこういう場所を素敵だと思う反面、苦手でもある。


 性分が家に居て過ごしたい質の上、大抵は本を読んでいれば満足なので、特別な用事や必要に駆られるまではあまり外出をしない。


 人に見られる仕事に就く以上、外見を仕上げたり健康のための多少の運動で出歩くことはあるけれど、このような豪奢なレストランに来店するなど滅多になかった。


 ましてや芸能界の面々での集まりなので、どういった会話がなされるか、興味がありつつも不安だった。


 表で姫野さんに会った時も「今日はどういう話をすればいいんですかね?」と相談した。


 でも彼女も同じようなものなので「私の方こそ、それを知りたいんですよ」とまごついていた。


 私たちの心配をよそに、業界の先輩たちは乾杯と共に既に打ち解けていて、前菜が運ばれてくるまでには近況の報告を済ませていた。


 端から聞き耳を立てていて、この様子であればメインディッシュに進むにつれて、今回の映画の話題が出てくるのかなと想像した。それであれば私も参加できそうだ。


 私と姫野さんもぎこちないながら、近況を伝え合った。(もっとも私と彼女は同じ現場が多くて元々仲が良い。ぎこちないのはこの環境のせいだ)


 それを聞いていた監督が、


「姫野さんと朝田さんはなんだか仲がいいよね」


 と声をかけ、この食事会の開催までのいきさつなどを話して場を和ませてくださった。


 世間的にはきっと昔ながらのイメージで、映画監督といえば怖い、頑固、職人気質といった想像を持たれるかもしれない。


 最近はもっと穏やかになったというか、ビジネスライクというか、現場も楽しいところが増えた。


 私は芸能界に憧れていた小さな頃から少しずつ、子役モデルや、ちょっとした出演をしていて、幸いそういった現場ばかりだった。


 今回の現場もその雰囲気で進んでいて、私としてはさらに自分を磨けそうだという意気込みがあった。


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