6 本所・両国 (3)
「何も出来ることはない、ということは知っています。それに人もメディアも平気で嘘をつきます。正しいと思って」
僕は少しいらつきながら答えた。
「『ペンは剣より強し』とは事実ですよ。剣はどんなに暴力に染まっても、被害はたかがしれます。でもペンはそれ以上に危険です。全てを飲み込んでしまう。特に正義という言葉ほど危険な物はないです。人は正義の下、どんな残虐なこともしますから。これまでの人類の歴史で、最も人を殺した理由は『正義』です。大切なのは誰もが自分が愚かだと自認することだと僕は信じています。いつでも自分は間違っているかもしれないと見直すことがブレーキになると。正義という言葉が出てきたら警戒しなければいけないのです」
展示の終わりだったため、話しながら僕等は外に向かう。階段を降りながら僕は続ける。
「でも、そんな偉そうなことを言っている自分を、正義に満ちていると感じる瞬間があります。だから・・・僕の言っていることは信じないでください」
実際僕はこの事で自分が嫌になるときがある。だからといって見事に納得できる思考や哲学にも出会えず、延々として人は悩み続ける事こそが正解かもしれないとさえ考えていた。
振り子の様に絶えず左右に揺れ続け、全体としては中立であり続ける。もし止まればそれは中立を装った思考と言論の死だ。
記念館は空調がよく利いて涼しかったため、外に出ると改めて陽差しと暑さでクラクラと目眩がした。
館内で見た写真に記録されていた焦げた遺体は、まさにこの場所にあった。足下を見るとそこには何もないのだが、確かに倒れた人を踏んだかさついた重さの感触がした。歩き出すと何かを踏み続けている錯覚がした。
隣の東京都慰霊堂へ向かう。自動ドアが開くと線香の匂いがした。しかし中に入ると教会の造りとなっており、木の長椅子が前方から後方までぎっしりと並んでいて、少し頭が混乱した。ぐるりと周りから進み、線香を添えた。悠奈さんは、
「これで東京の空襲にまつわる記念館は終わりなんですね。広島の資料館と比べると小さいです。あまりに小さい扱いです。これって実は、全てを忘れようとしているのでしょうか?」
と不満を露わにする。
「どうでしょう。東京は人が多いですが、元々がここに生まれて住んでいる人よりも、外から来た人が多いでしょうし。この場所の災害を自分の事としては、意識のしようがないでしょう。それでは根ざしようがないです。関心が無いんです、誰もが」
「私は東京で生まれ育っているから、そうですね。人によって愛着も違うでしょうし、愛着の方向も違ってあたりまえ、ということでしょうか。でもできれば、今生きている場所についてもっと興味を持ってもらいたいです。東京の華やかな街や流行ばかりでなく」
そして妙に納得しながら悠奈さんが言う。
「きっと東京はそういう宿命なんですね。華やかで派手で、街は新陳代謝を続ける事を良しとする。あるいはそうでしか成り立たない。自ずと負の出来事や、自分でどうにも出来ないものへの関心は薄れていく。それでも時代は変化していますから、戦争体験者が減りゆくこのタイミングで、自分たちを見直す必要があると思います」
里奈さんの小説には両国についての記載が無く、次の場所は森下だった。両国を越えた南側に位置する。
横網町公園から南に抜ける清澄通りは、もうすっかりビル影で覆われて、少し涼しくなっていた。町の遠くまで太陽が影を引いていくのが見えた。僕は暑さから少し逃れられたことで一息着けた。
「この辺りは涼しい風が吹くけれど少し強いですね。被服廠は火炎の竜巻が発生したといいますし、当時も同じ風が吹いていたのか」
「地理的な物や自然は昔から変わっていないかもしれませんね。それであれば、この風も祖母の生きた過去とつながっているのかも」
しばらく南下すると、先程までの記念館とはまったく違う、とてつもなく巨大な建物が右手に見えてきた。
「ああ、江戸東京博物館ですね。僕は前に訪れたことがあります。両国駅から行ったので、ここにあったとは」
「私も聞いたことがあります。来るのは初めてです。これを見ると、先程の記念館が霞みますね・・・」
何やら周りでは大規模な改修工事をしており、白い壁で囲われていた。工事関係の掲示がずらりと並んで規模の大きさを物語る。その一つ一つに都知事の名前が記載されていた。
「この予算のいくらかをまわせないのかしら?そうすればもっと立派な記念館に出来るのに」
「それが出来るなら、戦争もしてないですよ」
悠奈さんが僕を見ながら少し責める口調で「・・・あまり冷たくないですか?その言い草」と言った。
僕等はいささか歩き疲れて感情的になってきているのか、僕自身が僕に対して心情的に嫌気が差していた。
「すみません、悠奈さん」と僕は目を合わせないまま、思いの丈をそのまま伝えた。
「確かに順番がおかしいですよ。目立つ箱物を作って点数稼ぎをしたいのか知りませんが、それにつられる国民がいるからそういう事をするわけで。誰もがまともな判断に至らない」
僕の突き刺さるような強い言葉に、むしろ悠奈さんは冷静さを取り戻して応えた。
「・・・なぜでしょうね。本当はどうするべきかみんな知っているようで、その実はそうならないのって。お互いに見えない何かで縛り合っている、空気という名の緩衝材。なぜか物事が曲がって進み出す。気を遣い過ぎていて、でも一方では相手を気遣えていない。無意味にお互いをがんじがらめにしてしまい、まともな行動をとれていない」
悠奈さんは何か心当たりがあるようだった。
「・・・少ししかアメリカには住んでいませんでしたけど、日々山ほど日本との違いがありました。人同士の関わりでは個人を尊重するからこそ、決まったことはしっかり協力し合える。それは矛盾するようですが、自分と他人の境目が分かっているから、むしろ協調性が発揮される」
悠奈さんは遠い空を見上げるようにして続けた。
「滞在中に共同で作品制作に取り組む機会がありました。チームの力は日本より遥かに強力だと実感しました。お互いに譲れないところがあると、調整するのにとても苦労しました。けれどそういう調整や決定の過程は誰もが納得できるものでした。だからこそ、一度決まればぶれずに団結して取り組めたのも事実です」
「個人を尊重するからこそ、自分の範囲を守り、相手の範囲も守る。その隙間に自由を見いだす。個人や自由を尊重した上で協調性が生まれるのに、日本の協調性は個人や自由を犠牲にするものだと勘違いしている。だからそこに本当の協力関係は無い。張りぼてです」
「個人を尊重した自由で全てが上手く行くとか、手放しで素晴らしいものだとか、そこまでは私には言えないですけれど。暗部も沢山あります。いえ、全体的に見れば差別はアメリカの方が激しいですから、実は問題だらけなのかも。それに・・・そんな人達が東京や日本全国に爆弾を落として、広島と長崎に原爆を落としたのですから。公平な議論がまともな結論を導くとも限らない」
「それは、公平ではないからかもしれません」
「公平ではない?」
「僕はジャーナリストの端くれとして知っています。政治にしても何にしても全ての情報が一般人に提供されているわけではない。たとえば政治家が裏金を受け取れば、その行為ばかりが問題になります。目に見えている所だから。本当はそのお金が最後に行き着いた場所こそが重要なのに。普通はそういう物事の先にまでは気が向きません」
僕はそこまで言ってから、自分の仕事に対する疑問にまとわりつかれていた。そして続けた。
「悪事が路上で起きても、みんなその先の曲がり角の向こうで何が起きているかまでは気が回らないし、その結末を知っている人達は黙ったままです。正しい情報を知らないまま議論をしても限界なんです。間違った答えが正義の顔をして現れるだけなんです」
僕の仕事は真実をわかりやすく伝えるはずの仕事なのに、重要なところを匿している。そう、真実を知っていてなおも理由を付けて匿している。
「僕は、たとえ完璧な方法ではないとしても、真っ当な説明で物事が決まり、当たり前のことが当たり前に出来て、お互いに言いたいことを尊重し合えて欲しい。それを体現すれば、何十年も前にもっと立派な復興記念館ができているはずです。だって生活の全ては平和の上に成り立つのですから。戦後に偏った成功体験をしたから、学ぶ事が出来なかったんです。道理がおかしくても経済は成功していたから。本当に失われた時代は僕等の生まれる前の時代です。僕等が本来の時代を築いていかないといけない」
以前里奈さんと話した、失敗から学べる幸せを思い浮かべた。僕等はバブル時代の成功体験を知らない世代だ。だからきっと中立的に学ぶことができる。そう、里奈さんや悠奈さんと共に未来を築けるはずだ。
悠奈さんは難しい顔をして黙り込んで、僕と目を合わせてくれなかった。
だけどお互いに素直に意見を言い合い、尊重し合える僕等のこの平等な関係こそが、時代を生み出していくのだと二人とも通じ合っていた。




