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5 曳舟・スカイツリー (1)


 外はどこへいてもサウナに入っているような、茹だる暑さの猛暑日、桜上里奈さんの残した小説を姉の悠奈さんと巡る事になった。


 里奈さんの小説はスカイツリーの展望室から物語が動き出す。もっともその前に、曳舟駅に着くところから始まる。


 僕らは直接曳舟駅の改札前で待ち合わせをした。朝の十時半では人もまばらで、改札を出たのは僕ら二人きりだった。


 悠奈さんが歩き出しながら「スカイツリーですよね」と聞く。


「小説自体のプロローグとしては、主人公の朝田夏美の私生活から始まります。大学で芸能界に入り、大学生活と俳優生活の両面を魅力的に綴っています。里奈さんだからこそ描ける世界です」


 それは僕がライター業の中で人伝に聞くことがあっても、直接聞くことのない世界の話であったため、里奈さんの事を知る上でもとても楽しく読めた。


「・・・その話は始めの二章までで、三章からは夏美の暗い部分というか、表舞台ではない所の話に移ります。夏美はこの駅に降り立ち、歩いてスカイツリーへ向かいます。スカイツリー側出口はこちらですね。向かいましょう」


 駅の中は真新しい印象だ。西口に向かう。歩き出しながら悠奈さんが尋ねる。


「ところで、もうひとつ同じ名前の駅がありませんでしたっけ?」


「反対の出口から少し歩くと、京成の曳舟があります。そちらはずいぶんと広く駅前が再開発されて、もっと大きな駅になっています」


 悠奈さんはうなずきながら、陽の中へ飛び出していく。一度たじろいで歩みを止め、街の雰囲気を確かめる。


 知らないうちに妹がここに訪れたかもしれない、妹が何を見たかを逃さないようにしようという意気込みを感じた。


 駅前と言っても狭い路地であるため車の往来がほとんどない。駅前から見える二、三階建ての建物の隙間から沸き立つ入道雲が見える。


 ここからでもスカイツリーがかなり巨大に見えた。気づけば里奈さんと入道雲を見上げたあの日から一年が経っていた。


「具体的にどの経路で向かったかは定かではないですが、とりあえずスカイツリーの見える道から辿ってみましょう」


 と僕が歩き出す。じりじりと直射日光が焼き付けてくる。


「あの後何度か小説を読み直しました。始めは華々しい芸能界の話かと思いました。でも話の骨格は戦争で、話のベースは里奈さんがお婆様から聞き取った戦争体験を元にしているのでしょう」


 戦争体験は、特に東京大空襲を中心としていた。


「ただ、僕が里奈さんにいろいろ話していただいたものとは何も繋がりが見いだせないです。僕等はお互いが読んだ小説の感想を話しましたが、それ以上のことは何も。戦争のせの字も話したことがないです。それにたったの二度しかお会いしていないですし」


 僕は握手をし損ねたトークイベントは数に入れないでおいた。


「何か分かれば良かったのですが。いやむしろ、僕との話には関わりがない、と分かっただけでも進展でしょうか」


 と言いながら、悠奈さんははっとして手を唇に重ねた。それから申し訳なさそうな様子で


「関わりが無いのに、こうして里奈を探すのを手伝っていただいて」と立ち止まった。


「いえいえ、そんなふうには考えないでください。直接この話の中と関わりを見いだせなくても、里奈さんには小説を読ませていただくことをお願いしていましたので、それなりに関わりがあるつもりです。なにか気づいていないことが見つかると思います」


 と僕はフォローした。少しでも里奈さんとの関わりを持てる事が、本当はうれしかった。


 いや、行方が分からないのだからうれしいと言っては不謹慎なのだが、関わり合いたいと願う自分がいるのは素直な気持ちだった。


「・・・この小説の内容は、もちろん里奈さん自身で調べた内容も反映しているのでしょうけど、里奈さんが語る代わりに、主人公である朝田夏美に語らせている。


祖母に話を聞いたという形で、夏美が祖母の話に関わる地を巡る構成ですから、夏美の思いを知ることが、里奈さんの行方の鍵を見つけることになるはずです」


「ありがとうございます。そう言っていただけると、心強いです」


「ただ、里奈さんとお婆様が話された事が全て書かれているわけではないかもしれません。あくまで小説というフィクションです。ところどころで説明がありません。悠奈さんもお婆様から戦争体験について話を伺っていますか?」


「時々ぽつりと昔話の様に、妹と一緒に話を聞くことはありました。ただ、小説の中では私が知っている以上に詳しいことも書かれています。それが想像では無く、祖母の話をベースとしているなら、いつの間に里奈だけで話を聞いていたのでしょう。それは知りませんでした」


 二人で路地裏を縫って進む。スカイツリーは建物の隙間に隠れたかと思うと、再びひょっこりと巨大な姿を見せる。大きさは、何かの設定を間違った様な、不自然な大きさだ。


 あれだけ大きな形でも、手品のように手前の建物ですぐに再び隠れて消えた。何度か繰り返すと、少し離れた先に大きな通りが見えてきた。


「妹の小説ではこの駅から話が始まりますが、どうしてここから物語が始まるのか、見当が付きますか?」


「具体的には書かれていないですよね。夏美が何か感想をこぼしていればいいのですが。夏美が祖母の体験を追体験するためにこの駅を選んだ理由は書かれていません。


夏美には何も思い当たりはないようですが、そうなるとなおのこと里奈さんはここに何を見たのか。里奈さんが理由なく曳舟を選ぶ事は無いでしょうから、むしろ何か意味があることを暗示しているような。推理小説なら間違いなくそうでしょうけれど」


 悠奈さんはそれを聞きながら、里奈さんと以前来たことが無いか、記憶の彼方を丁寧に探っていた。


 曳舟界隈の建物は大抵が新しく、マンションが林立していた。時々忘れられたように、とても古い木造家屋が現れる。


 東京ではあらゆるその手の飲み屋街が区画整備という名の下、小綺麗な高層マンションとなる。僕はぼやく。


「古い建物も、あと何年かすれば全て無くなります。残してほしい気もしますが、防災の観点からすると、町は生まれ変わるしかないです。海外だと元々石造りの所などは、百年も様子の変わらない町もありますが、日本は湿度と木造という要因で、そうはいきませんね」


「私は以前ニューヨークのマンハッタンに、ごく短期間ですけれど、住む機会があって。百年以上前の建物がざらにありました。あれはあれでエレベーターをつけられないで階段だけで移動とか、不便でしたけど」


「一長一短はありますが僕は古いのが好きですね。建物はその当時と今をつないでくれる気がして。そこに居た人とつなげてくれます。史跡として記憶をとどめようとする場合もありますが、当時の体験の伝わり方は、使われ続けている物の方が断然伝わります。その時代にも生活があったというリアリティがあるので」


 悠奈さんが後ろから着いてきながらつぶやくようにして、


「どうしてここが始まりの場所でなければならないか・・・スカイツリーは戦争当時なかった。古い建物とスカイツリー」


 と、淡々と声に出す。声に出すことで自分に何かを気づかせるように。

 僕はそのつぶやきで気になることがあった。


「彼女の小説、祖母の話で東京大空襲の話が出てきます。このあたりは、少し特殊な地域なのです。もしかするとそれが関係あるかもしれません」


「特殊?」


「ええ、空襲を逃れている地域なのです。このすぐ周辺から南側にかけての地域は全て焼夷弾の火災に巻き込まれていますが、曳舟の周辺は無事だったそうです。まあ、それがどう関係あるのか分かりませんが、ひとつの特徴です」


「そうなのですね。燃えなかった地域・・・。それがどう妹の居場所と関連するのか?」


 悠奈さんはハンドタオルで汗を抑えながら考えた。


「祖母はこのあたりには住んではおらず、生活圏ではないですし。それは、私には話してないだけで、里奈はなにか聞いていたかもしれませんけれど」


 悠奈さんはそうつぶやくと、ふと尋ねてきた。


「ところで、よくご存じですね。お詳しい?」


 僕はややあって、答えた。


「前に東京の空襲について取材したことがあって」



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