1-9悪役令嬢の囁き
「? と、とにかくこんなところに居たら」
一瞬戸惑った表情を浮かべた後、思い出したように男の子が焦った声を出す。私が突然幸運などと言っていたから、戸惑ったのはわかる。だが、なぜこんなにも焦っているのだろう。しかも先ほどもそうだが、少し小声気味に話している。誰かに聞こえない様にしているような。
「何かに感づいたように、後ろ方向に走り出して」
なぜか具体的に指示をしてくる。目は何かを訴えるような。だが、時間がなくて説明できないという感じだろうか。
そんな男の子の姿を疑問に思って見つめていると、突然暗くなる。曇ったのかと思ったが違ったようだ。男の子の後ろに人が現れたのだ。人影によって暗くなったらしい。
「馬鹿野郎!」
後ろに現れた人物の顔を見るより前に、そんな罵声があげられる。それから、男の子が横方向に吹っ飛ばされた。派手な音を立てて、建物の壁に男の子が叩きつけられる。
「なっ、大丈夫?!」
男の子の方に顔を向けると、ぐったりとして頭から血を流していた。おそらく肩や腕も打ち付けている。何より顔が腫れていて、殴られたのが一目瞭然だった。すぐさま男の子の方に駆け寄って、抱きかかえた。息はあるし、意識もある。かなり頑丈な子らしい。
「……大丈夫」
かすかに男の子が笑ってこちらを見た。自分がこんな状態にもかかわらず、私を安心させようとしたのだろうか。キュンッ。
「誘拐するために油断させろって言ったのに、忠告する馬鹿がどこにいる!」
せっかくいいシーンだったのに、愚物に水を差された。男の子を殴り飛ばした愚物の方に顔を向けると、そこには見ずぼらしい姿の男が立っていた。見るに堪えない愚物。魔法でチリも残さず消し飛ばそうか。そう思ったが、良いことを思いついたので男の子の方に向き直る。
「聞いてんのか! 役立たず!」
発言から察するに、あの男はこの子を使って私を誘拐しようとした。だが男の子は誘拐を良しとせず、正義感から逃げる様に促した。
この正義感はいいわね。騎士として取り立てやすいわ。良い人材を一発で引いた。やっぱり私は幸運に愛されている。
「ねぇ、人生を変えたくない? こんな所から抜け出して、自分らしく生きられる場所に行きたくない?」
私は魔法で男の子を癒しながら問いかける。いきなりの提案に、男の子は声が出ない様子だった。
こういう子は恩義に報いなければいられないはずだ。それを利用する。最初は治療の様な小さい事から、返しきれないほどの大きな恩を着せる。それで一生忠誠を誓う騎士が出来上がる。くふふっ。




