2-25この村の名前は
「な、何か不手際が……」
「気にしないで」
村長の声が後ろから聞こえてくる。それに対して背を向けたまま、手を振りながら返した。別に怒っているわけではない。もう帰りたいだけなのだ。
「馬車を呼んできます」
トーマスがそう言って走り出そうとするのを「いいわ、歩きたい気分なのよ」と止める。馬車は少し離れた所に待機させていた。それほどの距離はない。
というのも村に私の訪問を知らせていない状態で、様子を見てみたかったのだ。取り繕われた状態など見ても意味がないから。
「ヴィオラ様!」
村長のか細い声が聞こえてくる。以前よりかは力強さがある声だ。
「村の名前を! 決めました!」
「……ヴィオラ様……本当だ」
村長が大きい声をあげるから、村人が集まってきてしまったらしい。背後がざわつき始める。どれくらい集まったのか、まさか全員だろうか。少しは気になったが、些細な事だし、そのまま振り向かずに歩き続ける。
「村の人、全員集合でお見送りですよ」
最近トーマスは、私の心を読んでくる節がある。余計な事ばかりだが。
「村の名前も聞きたいですし、顔を見せてあげましょうよ」
村人たちの方に体を向けて、後ろ歩きをしているトーマス。それから笑顔をこちらに向けて、余計な気を利かせた事を、のたまってくる。
「興味ないわ」
くだらない。村の名前を決める暇があったら、馬車馬のように働きなさいよ。私の贅沢の為に、金を貢ぎなさい。
「村の名前は!」
村長の声がかすかに聞こえる。あぁ聞こえない聞こえない。もうだいぶ遠くの様だ。
「ヴィオル村! です!」
突然の大声量が背中にのしかかる。少し驚いたものの、振り向くわけにいかなくなった。
この国の風習で、英雄や名君と呼ばれる者……つまり偉大な人物の名前を一部利用して村や街を名づける事がある。しかも後から村や街の名前を、変更する事さえあるのだ。おかげで似たような名前の場所がいくつかあって、管理する側としては非常に面倒くさい。
「ヴィオラ様は名君です、当然の名前ですね」
誇らしげな声をあげるトーマス。私は顔を背けた。なんだか見せたくなかったのだ。
「くだらない、フンッ」
顔を見せたくない理由。それは感じたことがないむず痒さを、感じているから。胸のあたりに広がるほのかな熱。顔も少し熱い気がする。こんなの、見せられるわけがなかった。私の威厳が砕け散ってしまう。
「素直じゃないですね」
顔は見えないが、何となくどんな笑顔を浮かべているかわかるようなトーマスの声色だった。
「本当に、くだらない、フンッ」




