2-17掃除の準備は?
その場にいた者たちが一斉に目を見開く。チャンスなのだ。これだけ恵まれた状態で、現状を変えることができる。それをすぐに理解できるほどには、愚かではないという事だ。その目は心なしか、トーマスが時折見せる目に似ているところがあった。一部の愚物を除いて。
最初に声をあげた老婆が、すぐに次の疑問の声をあげようとする。それを手で制して言葉を続けた。
「体力の事ね」
見渡す限りその場にいる者はガリガリの体で、とても農作業なんてできそうもない。一部の愚物はそれよりまともなのは、食べ物を奪い取っているか貢がせているかだろう。
「……それもわかっているわ、トーマス、ルー」
待ってました、と言わんばかりに二人が返事をすると前に進み出る。それに合わせて後ろに下がって、アリードに並んで立った。
「皆さんには、農作業ができるだけの体力が戻るまで、こちらで食料を提供します!」
トーマスが嬉しそうに声をあげる。それに続いてルーが声をあげた。
「期限は設けませんので、焦らずに体力回復に努めてください、自己判断で体力回復できたと思ったら、教えてください、順に移住地へご案内します」
しっかりと事前に打ち合わせた内容を伝えられている。これで計画が始動できるだろう。
「……掃除の準備は?」
声を潜めて、隣に立つアリードへ声をかける。
「すでに終わっております」
「よろしい、仕事が早いわね」
掃除をする予定はまだまだ先になるが、準備だけは整えておけば予定を早めることもできる。
「シズク、いるわね」
「……はっ」
何もないはずの空間から、女の子の声が聞こえてくる。シズクはそこにいるのだろう。私でさえ分からない。相当の認識阻害魔法の腕前だ。
このシズクがアリードが以前に言っていた手の内である。彼女は密偵としてアリードに仕えているのだ。そしてその能力で、私と父上母上との話を盗み聞き、アリードに報告したという訳だ。一度目の人生でアリードの暗殺に失敗したのも、この子に計画を知られたからだろう。
「あなたには、しばらくスラム街で掃除をするための情報収集を頼むわ、アリードいいわね?」
「はい、もちろんでございます」
頷いたアリードが、シズクがいるであろう方向に向かって「ヴィオラ様の指示に従うように」と声をかける。基本的にシズクは、私ではなくアリードの命令に従う。もしも私とアリードが違う指示を出しても、迷ってミスをしない様にするためだ。
「確認してほしいのは、極端に体力が無い者、体に不自由がある者よ……例えば唯一声をあげたあの老婆ね」




