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5-12 「一秒の積み重ね」

 ベラリオが視線をアイリスに向けながら、分厚い直剣を【水宙(スクリーン)】へと叩き付ける。空気を斬り、真空の刃を生み出してヨハンの首を斬り飛ばしたその力量。

 それがあれば、水の塊を水飛沫に変えることなんて容易だった。


「きゃああああああ!!」

「ッ……!!」


 パリィィンとガラスのような音を立てて短剣が砕け散る。【水宙】を破壊した余波だけでその威力。ソフィアたちが地上へと落下していく。

 硬い地面に叩きつけられるまで後数秒。それが彼女たちの寿命だ。

 何もしなければ――


「クルル!!」

「はっ! 『我が仇敵を阻め! 【静寂の壁(バリエース)】』」


 地上にいたクルルを見つけたソフィアが呼びかけ、クルルも即座に反応。

 障壁を彼女たちの下に敷き、クッションの様に受け止めた。


「ご、ご無事ですか二人とも……」

「な、なんとか……。ソフィア様は……?」

「……ひとまず生きているわ。短剣がなかったら真っ二つになっていたかもしれないけれど……」

「ソフィアお姉様……それ……!?」


 青ざめるアステリアをよそに、真っ先に障壁から降りて、ソフィアは痛む胴体に手を添える。

 ぬちゃりと、温かい血が右手を赤く染める。ヨハンの首と同様に、真空の刃によって斬られたのだろう。

 斜めについたその傷は深くもないが浅くもない。自然治癒ではまず間違いなく完治しないだろう。

 それほどの断ち傷だった。


「まさか生きているとはな。運が良い」

「まぁここまでほとんど運で生きてきたような身だもの。ここで運に裏切られたらたまったものじゃないわ……」


 身体は裂けそうなほどの痛みを発しているが、このまま無慈悲に殺される訳にはいかない。

 ソフィアはもう一本の短剣を抜いて、降り立ったベラリオと対峙した。


「そうか。ならば貴様には、しかと教えてやろう。どのような運の持ち主であろうと、圧倒的な力の前では運を感じる間も無く死ぬということを――」

「ッ……!!」


 剣を振り上げただけで感じ取ってしまった己の死。

 元より、副長(オプティオ)レベルであっても苦戦以上になるのがソフィアの限界だ。疲労が極限まで積み重なっている今では、『戦い』にすらなるかどうか。

 死は必至。それでも、もうソフィアは死の運命から目を逸らしたりはしない。


「……ここで私が死んで、コイツが自由になったらアイリスに何言われるか分かったものじゃないわね」


 アイリスが戦っている方に意識を一瞬だけ傾け、頬を緩ませる。


「どうした? 命乞いか?」

「いいえ、違うわ。私がやるのは――『捧げる祈り。奏でられる調べは癒者の手に。施しを君に。注ぐ命の雫』【回帰の癒手(セラフィ)】!!』」


 【回帰の癒手】は、使用者本人への効きが弱い。無理やり直そうとすれば、身体機能の最適化どころか疲労が積み重なるだけ。

 そうなってしまえば、傷が治ったとしても重たくなった身体ではあの攻撃は避けきれない。最低限の治療、今流れている血だけを止める。

 続けて――


「『沸き立つ血肉に鞭を打て! 【輝き(ウィース)】』」


 ポーチから包帯を取り出し、概念付与した【魔術】を起動。包帯がひとりでに動き、裂けた胴体や筋肉が軋む腕や足に纏わりついていく。

 これで魔法による体力と気力の回復量を僅かながら補強。同時に先程身につけた拡大解釈した【回帰の癒手】で身体能力を可能な限り強化する。

 これによって一時的に、ソフィアの全身を味わったことのない活力が巡っていく。強化レベルでいえば、副長以上は確実にある。

 だがこれが解けた時、止めていた血は流れ確実に失血死に至るだろう。

 今死ぬか、後で死ぬか。それだけの違いでしかないことを、ソフィア――そしてベラリオも理解していた。


「ほぅ。そのような死に体でこの私に歯向かおうとするとは。少し興味が湧いてきた。だが良いのか? 今から貴様が迎えるのは意味のない死だ。ならば、苦しむ前に私に斬られた方がマシだと思うがな」

「……お生憎様、肉体が苦しむことよりも、私は心が苦しむ方が嫌なのよ。自分が定めた道を、私は決して外れたりはしない。泥を啜り、血に濡れたとしても私は必ずアナタたちを――」


 復讐の瞋恚を宿した力強い視線。並の兵なら気圧されてしまいそうな圧だが、ベラリオは動じない。

 ソフィアの意志も鼻で一笑する。


「復讐か。クリュータリアの人間が今の私たちにそのような意志を向けるとは思えん。さては貴様、元王国の誰某だな?」

「だとしたら?」

「別に、なにも変わらんよ。たかが、その程度の強化。『一秒』生きられたら良い方だ。貴様の正体は、その後でも遅くない」

「あら、あんまり『一秒』を舐めちゃいけないわよ」


 言葉を切り、ニヤリと笑みを浮かべてソフィアは見得を切る。


「その無茶な一秒の積み重ねが、今の私なんだから――」


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