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忘れられていくあの人ともう一度

作者: ハチワレねこ
掲載日:2024/06/01

 ふわふわした気分で、見えている景色はリアルなのにセピアがかっていて、周囲の音は籠って聞こえる。

 そんな、靄がかかったような光景の中、私は誰かを守りながら敵と戦っている。

 すると突然、ずっと会いたいと願っていた人の姿が目の前に現れて目を見張った。

「っ…(シュウ?!)」

 確かめたい。でも、今は交戦中でそんな余裕はなく、一旦シュウのことは受け流して、私は戦いに集中する。

 切りかかってきた敵に火魔法を放って倒すと、次に小さい女の子を人質にした男が現れて「やれるもんならやってみろ!」と叫んだ。

 だから私は、叫ぶ男の口目がけて毒魔法を放って倒し、人質にされていた女の子を救出したところで何も見えなくなった──


 目を開けると、目の前にはシュウの顔があった。

「シュウ?…」

「ああ。よかった、ベル。目が覚めて」

 さっきより見える色も聞こえる音も鮮明で、私が見ていたのは夢だったんだと気が付いた。

「本物……ずっと会いたかった…やっと会えた」

「俺もっ」

 私を抱き起こして、背中を支えてくれていたらしいシュウは、そのまま覆い被さるようにして抱きしめてきた。


 ⌘


 16歳になった私は、魔法学校の2年に進級して、クラスメイトの顔ぶれもだいぶ変わった。

 進級してから3日くらい経つと、自分の席の周りのクラスメイトとも馴染んで、今年のクラスは楽しくなりそうで良かったと安心した。

 ある日、算術の授業中に面白い絵の解説付きの参考書を読んでいたら、画集を見ていると勘違いされて先生に怒られたことがあった。

 確かあの時は──

『ゴッ』

「いっった!」

「こら!なに画集なんか見てるんだ。授業を聞け!」

「違いますよ!これ一応参考書なんです!」

「ん〜?……ほぅ…今時こんなのがあるのか。でも、授業はちゃんと聞けよ」

「はーい…」

 ──拳骨をくらって涙目になったんだった。

 私と先生のやり取りに、仲のいいクラスメイトからはクスクス笑われて、隣の席の男子にはからかい混じりに注意されて、とても恥ずかしかった。


 それから暫く、ただ楽しく穏やかな学校生活が続き、隣の席の男子はしょっちゅう私を揶揄ってくるようになった。

 それで距離が縮まった私たちは、学校の中でも外でも2人で行動することが増えていき、この日も学校からの帰り道を2人で歩いていた。

「俺たちそろそろ名前で呼び合わない?」

「えっ、急にどうした?」

「ずっと思ってたんだよ。結構仲良くなったのに苗字で呼び合ってんの、他人行儀だなって」

「…そう?」

「そう」

 驚いた。

 今までに男子と仲良くなったことなんてたくさんあったけど、苗字呼びで他人行儀だなんて言われたのは初めてだった。

「…わかった…えっと……」

「シュウ」

「知ってるよ!でも、いざ名前で呼ぶとなると、なんかこう…この辺りがムズムズしてっ」

 そう言いながら、渋い顔をして両手で胸の上あたりを掻きむしる仕草をする私を見て、シュウは笑った。

「ブハッ…なんだよそれ」

「だって、男友達を名前で呼ぶのって小さい頃以来で、なんか…今初めて気付いたけど、恥ずかしい…」

「へぇ〜」

 シュウが不敵に笑ったように見えたのは、気のせいか?口元に手があってよく分からなかった。

「ベル」

「ファッ⁈」

「あはは!リアクションおかしいだろ…」

「急に呼ぶから!」

「顔真っ赤」

「あんたが笑うから恥ずかしいの!」

「シュウって呼べよ」

 私を揶揄うようにニヤニヤするシュウを見たら、なんだか余計に恥ずかしくなった。

「……ちょっと、今は無理!また今度ね!」

 赤くなった顔を見られまいと、シュウに背を向けて少し離れ、手で顔を扇いで熱を冷ました。

 この時、私はシュウを好きになったんだと思う。もしかしたら、もっと前から好きだったのに自覚がなかっただけかもしれないけど。


 気持ちを自覚してからしばらく、意識しすぎて今まで通りに接することが難しくなった私は、シュウに告白するかしないかで悩み続けた。

 まずはシュウが私をどう思ってるか見極めてから!と思ったものの、どんなにシュウの気持ちを推しはかろうとも、鈍感だとよく言われる私には無理だった。

 だからもう、いっそのこと思い切って告白してしまおうと決意して登校したその日、こんなに後悔する日が訪れるなんて思ってもみなかった。

「みんな、おはよーう」

 朝礼の時間になり、担任が教室に入って来た。

 でも、おかしい。いつもは私より早く登校しているシュウが、まだ来てない。

「(風邪かな?熱でも出て今日は休み?…だったらいいのに、なんか嫌な予感がする)……」

「突然なんですが、シュウ・リーブラは家の事情で昨日退学しました」

「?!(リーブラ?……先生今、リーブラってって言った?)……」

 担任の言葉に、私は呆然と隣の席を見つめた。


 それからからしばらく、私は何をするにも上の空だった。

「ベルずっと元気ないね」

「しょうがないよ、リーブラくんと仲良かったし、付き合ってると思ってる人もいたくらいだよ。それなのに、退学すること知らなかったなんて…」

「そうだよね…」

 覇気をなくしたままの私からは、だんだん人が離れて行き、3年に進級する頃には完全に孤立していた。

 その頃には、もう誰もシュウの話をしなくなった。

 シュウがいて楽しかった頃、進級してもこのメンバーで同じクラスになれたらいいなと思っていたのが、遠い昔のことみたいに感じた。

 そんな時、ふと思いついて久しぶりにシュウが住んでた家を見に行くと、そこにはもう別の人が住んでいた。

 そりゃそうだと思いながら、家に帰ろうと一歩足を踏み出すと、元シュウの家の隣人と目が合った。

 その一瞬が、何十秒にも感じられて、私は思わずその人に声をかけていた。

「あのっ」

「…はい?」

「あっ、えっと…前に、この家に住んでた人がどこに引っ越したのか知りませんか?」

 元シュウの家を指さして訊くと、隣人は元シュウの家を見て信じられないことを言った。

「は?そこは今の人が引っ越してくるまでずっと空き家でしたけど」

「え?…そんなわけ…私ここに住んでた人と友だちだったんです!でも突然学校辞めちゃって…」

「はぁ…」

「…もしかして、誰かに訊かれたら空き家だったって言えとか言われたんですか?」

「はあ?何訳わかんないこと言ってんの。そこはずっと空き家だったんだって、信じられないなら他の家の人にも訊いて回ってみたら?」

「……(どういうこと?)」

 訳がわからないのはこっちだ。

 隣に住んでた人の事を、たった数ヶ月で最初からいなかったみたいに忘れることなんてあり得るはずがない。

 私は、隣人に言われた通りに周囲の家の人に、シュウの行方を訊いて回った。だけど、誰もが隣人と同じことを言った。

「…どうなってるの?」


 それから私は、学校でも、シュウがいた頃仲が良かった人たちにシュウのことを訊いて回った。でも、誰もがシュウのことを知らないと言って、私に奇異の目を向けてきた。

 担任だった先生さえも「確かにお前と仲良いやつがいたような気はするけど、誰だっけ?年のせいか思い出せねえな」と言う始末だった。

「みんなおかしい…なんで誰もシュウのこと覚えてないの?……」

 誰にともなく呟き、私はその日から取り憑かれたように学校の図書室や街の図書館で記憶に関する本を読み漁り、学校が休みの日は朝から大きな都市の図書館に行き、閉館時間まで本を読み漁った。

 そうして、漸くみんなの反応を裏付けるような文献を見つけることができたのは、卒業を間近に控えた18歳の、冬の終わりだった。

 そして、卒業後の進路を決めていなかった私は、シュウを探すためにソロの冒険者になることを決めた。


 この世界では、冒険者になるのにも魔導士や騎士になるのと同じく魔法学校か騎士学校に通い、基本的な魔法知識や戦闘知識を身に付けた上で卒業していなくてはいけない決まりがある。

 また、魔力持ちは学校を卒業してそれぞれの職業に就くまで、学校の魔法の授業や、家の中で生活魔法を使用する以外は、街中で無闇に魔法を使うことを禁止される。しかし、そのルールさえ守っていれば、冒険者組合に登録して誰でも冒険者になれるのだ。


 冒険者組合に登録しに行った帰り、ガラス張りの建物に映った自分を見て、嘲笑が漏れた。

「うわぁ、すごいブス」

 思わずこぼれた独り言に、自分で傷付いた。

「(シュウがいなくなってから身なりに気を使わなくなったから気付かなかったけど、表情暗いし髪ボサボサ…切ろうかな)……」

 思い立ったが吉日、このまま髪を切りに行こう!と思ったけど、よく見ると、目の前のガラス張りの建物は美容室だった。

 ちょうどいいからそのままそこで髪を切ってもらい、短くなった髪を見て、たぶんシュウと出会った頃はこのくらいの長さだったなと懐かしく思った。


 冒険者になって暫く、ランクを上げるために依頼をこなすのが忙しく、シュウを探す時間がなかなか取れずにもどかしい日々が過ぎていった。

 それでも、ランクが上がればそのぶん街から離れた場所の難易度の高い依頼も受けられるようになるし、シュウを探すために必要なことだからと、黙々と依頼を受け続けた。

 そうして、冒険者になってから1年ほど過ぎた頃、漸くCランクになった私は、少人数のパーティに手伝いで混ざって依頼を受けることが増えて、中にはうちのパーティに入らない?と誘ってくれる人もいた。

 この日も、よく手伝いを頼まれる女子ばかり3人のパーティからいつものように手伝いを頼まれて、一緒に依頼に出かけた帰りに、何度目かのパーティ加入のお誘いを受けた。

「やっぱりうちのパーティに入ってくれない?」

 それを、毎回申し訳ないなと思いながらお断りしているのだ。

「いえ、1人の方が人探ししやすいので」

「ベルちゃんが入ってくれたら、女子4人で楽しくやれると思うんだけどな〜」

「すみません。私情に皆さんを巻き込みたくないので」

「巻き込んでくれてもいいのにぃ…とは言っても、無理強いできないし残念。でも気が向いたら大歓迎だからね」

「はい」

 正直言って、孤独なことが寂しいと思うこともあるから、誘われるのは嬉しい。でも、シュウのことはみんなには関係ないから、私はシュウを見つけるまでは誰ともパーティを組むつもりはない。

 何度か声をかけても頑なにソロを貫く私に、だんだんパーティに誘ってくれる人も減ってきて、それはそれで寂しいと思うのは自分勝手でしかなく、そんな寂しさを紛らすために、私は依頼とシュウ探しに没頭した。


 手がかりが何も掴めないまま数ヶ月が過ぎた頃、私が生まれ育ったこのルム国の中に、休戦協定を結んでいるオリド国の不成者集団が入り込み、略奪行為や人攫いをしているという噂が流れ始め、遂には被害にあっている街の周辺地域の冒険者組合に、国から捕縛依頼が出される事態になった。

 シュウ探しを優先させたい私は依頼を受けるつもりはなかったのに、Cランク以上は優先的にこの捕縛依頼を受けるようにとお触れが出され、Cランクの私も依頼を受けざるを得なくなってしまった。

 しぶしぶ依頼を受けた翌日、冒険者組合所有の魔道車に乗せられて、1日かけて山を越え、不成者が居座っているという港町グンネラにやって来ると、そこには信じ難い光景が広がっていた。

 ほとんどの建物は壊されてボロボロになり、今まさに燃えている家も見える。住民はどこに行ったのか、人っ子1人見当たらない。

「こりゃひでぇな…」

 そう言ったのは、以前一緒に依頼を受けたことがあるBランク冒険者のグラトラさんで、ここまで一緒の魔導車に乗せられて来たのだ。

「住民はどこに行ったんですかね…」

「無事に逃げたか、攫われたか、殺されたか…」

「そんな……」

「仕方のねぇことだよな。いつの時代も悪いやつってのは、不思議といなくならねぇ。1人片付けても、また次の奴が出てきやがる。そんな奴らがいるから、俺らの仕事もなくならねぇ部分はあるんだけどな…」

「…そうですね」

 ボロボロの街並みを見ながら話していると、いつの間にか周囲を人に囲まれていることに気が付いた。

「15人はいるな」

「2人でいけますかね」

「なんとかするしかねぇだろ」

 私たちが武器を構えるのと同時に、物陰から敵が姿を現し戦闘が始まった。

 最初に飛びかかってきた相手をグラトラさんは一撃で沈め、次々に襲いかかってくる敵も難なく拳で沈めていった。

 その後ろで、私も魔法を駆使して応戦していると、視界の端に数人逃げていくのが見えた。

「逃げたやつを追います!ここ、任せてもいいですか?」

「あぁ、こっちは問題ない。そっちこそ気を付けろよ」

「はい!」

 この場はグラトラさんに任せて、私は逃げた敵を追いかけた。

「はぁ、はぁ…(どこに行った?)」

 途中で見失い、一度立ち止まって息を整えていると、背後に人の気配がした。

 振り返ると、さっき逃げ出したうちの1人がそこにいて、私めがけて武器を振り下ろそうとしていた。しかし、武器が振り下ろされる前に初級の雷魔法を放って気絶させ、地面に転がった敵を魔法で縛り上げた。

 すぐに、他の逃げた敵がいないか周囲を窺うと、半壊した建物の中に入って行く人影が見えて私は静かに後を追った。

 ところが、追いかけた先にいたのは15歳くらいの女の子だった。

「大丈夫?1人?」

 私が問いかけると、座り込んでいる女の子は怯えながら頷いた。

「私は不成者の捕縛依頼を受けて、ここの隣のミルタスって街から来た冒険者なの。この建物、今にも崩れそうで危ないから、一緒に外に出よう」

 身分証である冒険者の登録証を見せながら話しかけると、女の子はホッとした表情になって頷き、立ち上がった。

「どうして1人なの?家族は?」

「わからない……私、お兄ちゃんと妹と一緒に、オリドから逃げてきて、この街に隠れて暮らしてて、でも見つかっちゃって…」

 女の子が言うには、この街を荒らしている不成者集団から何らかの理由で追われ、兄妹とこの国に逃げ込み、ひっそりと暮らしていたところを見つかってしまい、街中を逃げ回っているうちに、気付いたら街が大惨事になっていたらしい。

 女の子の背を支えて外に出ようと歩き出したその時、ずっと願っていた再会は突然果たされることになった。


 滑り込むようにこの建物に入って来て、物陰にしゃがみ込んだ男の人と目が合った瞬間、私は目を見開いてその顔を凝視した。

「お兄ちゃん!」

「えっ?」

 私の手を離れた女の子はその男の人に駆け寄ると、再会を喜ぶように抱きついた。

「ユナ!」

 お兄ちゃんと呼ばれた男の人も、女の子を宥めるように、その背を撫でた。そして、再び私に目を向け立ち上がると礼をした。

「妹を、助けてくれてありがとう…」

「いえ……」

「「あのっ」」

 男の人が身を起こして何かを言いかけたのと、その正体を確かめようとした私の声が重なり、お互いにすみませんと謝ったり先にどうぞと譲ったり、本当はこんなことしてる場合じゃないのに、と思いながらこの場を動けずにいると、複数の足音が近づいてきて身構えた。

「どこに逃げやがった」

 どうやら味方ではなさそうな声が聞こえて、私は静かに不成者たちの背後に回ると、1番後ろを歩いている男に捕縛魔法を放ち動けなくした。そして、すぐに壁の後ろに身を隠して残りの不成者たちの様子を窺った。

「(あと2人いる)」

 身動きが取れなくなった男がもがいて床に倒れると、その音に、前を歩いていた2人が振り返った。

「お前何転んでんだよ」

「瓦礫にでも躓いたか?」

「んんんー!」

「はははっ、どーしたんだよ、イモムシみてぇだな」

「んんー!」

 だが、男の様子がおかしいことに、最初は笑っていた男たちも気が付き、警戒しながら周囲を見回した。

「誰かいるのか!いるなら出てきやがれ!」

 叫ぶように言って、真ん中を歩いていた男が周囲を探りながら歩き出し、前を歩いていた男から離れると、私はその男にも捕縛魔法を放って身動きを封じた。

 ドサッと人が倒れる音がして、前を歩いていた男が振り返ると、片腕に何かを抱えながら叫んだ。

「いい加減にしろよ!こっちには人質がいるんだぞ!」

 目を凝らしてよく見ると、男が抱えているのは小さな女の子だった。

「っ…(もしかして…)」

「こいつを殺されたくなかったら出てこい!」

 男がそう言うと、男の向こうに人影が現れた。

「妹を離せ」

「あ゛?…あいつらをやったのはお前じゃねーよな」

「……」

「おーい、どっかで見てんだろ〜!こいつらがどーなってもいいのか〜?」

「頼む、妹を離してやってくれ」

「うるせーなぁ!何もできないやつは黙ってろや」

 なんとか男だけに捕縛魔法を放てないだろうかと考えてはみたものの、男が女の子を抱えているせいで、男に魔法を放てば女の子も一緒に縛ってしまう恐れがあり断念した。

 しかし、一般人のシュウに対処させているわけにはいかず、私は男の前に躍り出た。

「その子を離して」

「やっぱり隠れてやがったか。だが、こいつを離すかはお前次第だなぁ……俺の仲間を解放してくれりゃ、離してやってもいい」

「…(全く信用できないけど、どうする)…」

「考えてる暇なんてあんのか?」

 そう言うと、男は掌に火魔法を出現させて女の子の顔に近づけた。

「待って!…仲間は解放するから、その子に手を出さないで」

 私がそう言うと、男は薄ら笑いを浮かべて「分かればいいんだよ」と言いながら、出現させた火魔法を消した。

「先にその子を離して」

「えぇ?まだ立場がわからねぇのかなぁ」

 私の言葉に、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた男は、再び掌を上に向けて火魔法を出すふりをした。

 どうするのが最前か答えが出ず、悔しさに奥歯を噛み締めた私は、捕らえた男たちの魔法を解くため、片手を上げて指を鳴らそうとしたした、その瞬間──

 女の子を抱えていた男が、一瞬呻き声をあげたかと思うと、その場に崩れ落ちた。

「待たせたな」

「グラトラさん!無事だったんですね」

「当たり前だろ、俺よりお前の方こさ無事かよ」

「なんとか…ありがとうございます、助かりました。それで、いつの間にそこにいたんですか?」

「そいつが叫んでたからな、嫌でも声聞こえたぞ。だからよ、声が聞こえる方に来たらたまたまコイツの後ろに出たわけだ!だから、この辺をこう…」

 説明しながら首の上あたりを殴る仕草をしたグラトラさんは、ついてたな!と言ってガハハハと豪快に笑った。

 気絶している男にも捕縛魔法をかけていると、グラトラさんは、再会を喜び合っている兄妹たちに目を向けた。

「俺は冒険者のグラトラだ。お前たちはここの住人か?」

「はい…あの、助けていただいて、ありがとうございます」

 兄妹たちとグラトラさんが話しているのを、少し離れた位置から見ていた私は、突然後頭部に衝撃を感じて意識を失った。


 ⌘


──ここで冒頭に戻るのだが…


「お前ら知り合いだったのか」

 グラトラさんの声で現実に引き戻された私は、慌ててシュウの肩を叩いた。

「!…は、離してっ」

「あっ、ごめん」

「悪いな〜感動の再会の邪魔して」

 慌てる私とシュウに生暖かい笑みを向けながら、グラトラさんは謝った。

「あと、もう1人敵が隠れてたのも気付かなくて悪かったな」

「あ、それで私…後ろから殴られたんですね」

「あぁ。頭は痛くねえか?」

 そう訊かれて、殴られたところを触ってみると、大きなたんこぶができていた。

「痛っ」

「コブでもできたか」

「そうみたいです」

 応えながら掌に魔法で氷を生成し、患部に当てた。


 少し休憩してから、私は3人を連れてミルタスの街に戻ることになり、グラトラさんは、私を気絶させた残党も含めてこの場に転がっている不成者たちを引きずって、騎士団が野営している場所に行くと言った。

「1人で全員引きずって行くんですか?」

「ああ。まぁ、いざとなったら無理矢理にでも歩かせるからよ」

「おとなしく歩きますかね?」

「なーに言ってんだ、何がなんでも歩かせんだよ」

 そう言ってグラトラさんは、意地悪そうに笑った。

「不成者はあらかた捕縛されたとは思うが、道中気を付けろよ」

「はい、わかってます。グラトラさんもお気を付けて」

「おう!じゃーな!」

 本当に不成者4人を引き摺りながら立ち去るグラトラさんを見送って、私は3人と一緒に歩き出した。

 一応周囲を警戒しながら移動して、行きに魔道車を降りた山の出入口を入って行くと、そこには乗って来た魔道車が停まっていた。

 運転席には組合の職員が乗っていて、私たちに気付くと一旦車から降りてきて、後部座席のドアを開けてくれたので、先に3人を乗せて私も最後に乗り込んだ。

「お帰りなさいベルさん。グラトラさんは一緒じゃないんですね?」

「はい。グラトラさんは、捕まえた不成者を引き摺って騎士団の野営地に向かいましたよ」

「そうですか。それにしても、街があんな状態の中、まだ身を隠していた住民の方がいたんですねぇ」

「無事に助け出せてよかったです。だけど、他に住民らしき人の姿は見当たらなくて…どこかに逃げてればいいんですけど」

「まぁ、既にグンネラには冒険者と騎士団が集まってますから、あとは彼らに任せましょう」

「そうですね」

 魔道車は走り出し、行きと同じように1日かけて山を越えてミルタスに帰って来ると、そのまま3人を連れて冒険者組合務所に行き、すぐ入居できる家を探してもらって私はお役御免になった。

「家へは僕が案内するので、ベルさんは休んでください」

「わかりました。じゃあ、あとはよろしくお願いします」

 職員に頭を下げて、事務所を出る前になんとなくシュウの方を見ると、シュウも私のことを見ていて目が合った。

「あの……また昔みたいに会ってもらえる?」

 躊躇いがちにシュウに訊かれた私は、一も二もなく頷いて返事をした。

「うん」

 そして、シュウの生活が落ち着いたらゆっくり話そうと約束をして、家に帰った。


 ⌘


 俺には好きな女の子がいる。

 見た目はこの国では至って平凡な茶髪茶目で、目立つ顔立ちでもないその子とは、進級して最初の席が隣で仲良くなった。

 最初は、なんか面白い子だなと思って見てただけだったけど、みんなでいる時も一対一の時も面白くて、毎日一緒にいるのに全然飽きなくて、だんだんなんだか愛おしく感じてきて、ずっと見てたいなと思った時に自分の恋心を自覚した。

 自覚してからは、面白いだけじゃなくてすごく可愛く見えて仕方なくて、2人で遊ぶ時は挙動不審にならないようにするのに精一杯だった。

 それでも今日は、もう一歩近付きたくて、名前で呼び合おうって提案してみたら、ベルはものすごい恥ずかしがって真っ赤になってて、それもまた可愛くて、抱きしめてしまわないようにするのが大変だった。

 好きだ、可愛い、付き合おう…とか、言いたい気持ちはあっても、ベルはまだ俺のこと、男友達の1人としか思ってなさそうだし、まだ先は長いかも。

 そんな風に、呑気に考えていたことを後悔する日が来るなんて、この時はこれっぽっちも思ってなかった。


 ベルに名前呼びを提案した次の日から、いつもよりベルがよそよそしくなった。

 はじめは避けられてるのかとショックを受けたけど、どうやら違うみたいだ。

 よく見ると、俺と目が合うと恥ずかしそうにほんのりほっぺがピンクになって、目が泳いでるのに頑張って喋ろうとしてる。可愛い。

 しばらくこの状態を眺めて楽しむのもいいかも、なんて思ってしまった。

 だけど、そんなささやかな幸せが打ち砕かれる日は、すぐそこに迫っていた。


 ある日、学校から帰宅すると、両親が変な奴らに囲まれて詰め寄られていた。

 何の話をしてるのかさっぱりわからなかった俺は、口を挟むこともできず、廊下に立ち尽くしてその状況を見つめていると、いつの間にか後ろに妹たちもいて、怯えたように顔を強張らせて俺にしがみついていた。

 暫く両親に詰め寄っていた奴らが、何も話さない両親に痺れを切らして、今度は俺と妹たちに目を向けてきた。

 両親は慌てて、子供たちは何も知らないから手を出すなと言ったけど、聞く耳を持ってくれるわけもなく、俺と妹たちは両親と一緒に、奴らのアジトがあるオリド国に連れて来られてしまった。


 ⌘


 シュウと再会して1週間が経った。

 今日は、昨夜組合の職員から「リーブラさんがベルさんにお礼がしたいそうなんですが、どうしますか?」と連絡があり、午後からシュウと会う約束をしていて、事務所の休憩スペースでシュウが来るのを待っていた。

 窓際の椅子に座って外を眺めていると、シュウが歩いてくるのが見えて、迎えるために私は外に出た。

「ごめん、待たせた?」

「ううん、そんなに待ってないよ」

「よかった…」

「……」

 あんなに会いたいと思ってたのに、いざ会うと何を話したらいいか分からずモジモジしてしまう。

「とりあえず移動しよっか」

「あぁ、うん」

 そうしてシュウを連れて、昔2人でよく行った河川敷公園に向かった。

「懐かしいな…ここは全然変わってない」

「でしょ。シュウがいなくなってから、寂しくなるといつもここに来てたの」

「それは、どうして?」

「シュウに会える気がして……」

 それから私は「実はね─」と、シュウの家を見に行った時に隣人に言われた事や、当時の友人たちや先生に言われたこと、それから私がどう過ごしてきたかをシュウに話した。

「それで、学校を卒業する頃になってやっと、どうしてみんながシュウのことを忘れちゃったのか、関係ありそうなことが書いてある本を見つけたの」

「それってもしかして…」

「昔の人が書いた日記みたいな本だったんだけど、オリドでは、人の記憶を操作する魔法の研究をしてる集団がいて、研究のことを知ってしまった人はみんな捕まって、実験台にされたり行方不明になってて、その本を書いた人の友人もある日突然いなくなって…本を書いた人も私と同じように、自分以外の人たちがみんな、いなくなった友人のことを最初からいなかったみたいに知らないって言ってて、このことを騎士団や魔導士団に訴えようにも証拠がなくて難しいって書いてあったの」

 話し終えてシュウに顔を向けると、シュウは真剣な表情で私を見ていて、数秒の沈黙の後口を開いた。

「俺の両親も、その本を書いた人の友人とたぶん同じだ」

「やっぱり……でも、じゃあどうやって逃げることができたの?それにご両親は…?」

 私の質問に、シュウは苦しげな表情になって、最後に学校に来た日の夕方に何があったのかを話してくれた。

「その日の夜にはもう家から連れ出されて、船に乗せられて、オリドで船から降ろされてからは、荷運び用の魔道車に乗せられて、たぶん、魔法の研究をしてる施設に連れて行かれる筈だったんだと思う……」

「筈だったって?」

「研究施設は山奥にあるみたいで、途中からガタガタすごい揺れる道に入って、そこで魔道車の走行速度が落ちた隙に父さんと母さんが…俺と妹たちを荷台から突き落として、逃がしてくれたんだ」

「……じゃあ、ご両親は?…」

「わからない…考えたくないけど、恐らくは今頃もう……」

 声を震わせながら話すシュウに、私はかける言葉が見つからず、ただ話を聞き続けた。

「だから、父さんと母さんが危険を顧みずに助けてくれたから、捕まるわけにはいかないって、必死に逃げ回ってたんだ。そんな時に、ベルに助けられる形で再会するなんて、想像もしてなくて、正直驚いたよ」

 シュウの目には涙が溜まっていて、今にも溢れそうになっていた。

 シュウはそれを服の袖でグイッと拭うと、再び口を開いた。

「俺にかけられた魔法だけど、船で薬瓶を渡されて飲まされたんだ。飲んだ後、これでお前たちのことを覚えてる人間はいなくなる。仮に逃げ出せても頼れる人間なんかいないし戻る場所もないから、おとなしく着いてこいって言われた」

「解き方はわからないの?」

「…わからない。でも、どうしてベルだけは俺のことを忘れなかったんだろう」

「うん。それに、本を書いた人も……共通点があるとすれば、被害者と友人だったこと…?」

「でもそれだと、他にも仲が良かったやつらはいたのに、辻褄が合わないよな」

「う〜ん…」

 結局、考えても答えは出なくて、この話は一旦保留になった。

「妹さんたちは元気にしてる?」

「あぁ、今日俺がベルと会うって言ったら一緒に来たがったんだけど、実は学校に再入学できることになって、今日はその初日で学校に行ってる」

「そうだったんだ!それは良かったね!じゃあシュウも?」

「俺は学校には行かないかな…それより働いて妹たちを養わないと」

「そっか…」

「まぁ、俺の今後はそのうちわかるから楽しみにしてろよ」

 そう言うとシュウは、ニィッとイタズラを考えついた子供みたいに笑った。


 シュウと再会してから2週間が経った。

 グンネラで暴れ回っていた不成者たちは全員捕らえられ、一応は平和が戻ったように見えるけど、めちゃくちゃになった街を修復するのに長い時間がかかるだろうし、逃げた住民たちは全員戻らないかもしれない。

 捕えられた不成者たちは、魔導士たちで結成された調査団に引き渡され、厳しい尋問が続けられている。

 そして、シュウのところには調査団の団員が事情聴取のために訪ねて来て、シュウは私にしたのと同じ話をすると、護衛をつけられることになったそうだ。

 それから更に2週間後。

「よっ」

「今日から受付の研修?」

 シュウは、私と河川敷公園で話した数日後、冒険者組合事務所の職員になっていた。

 事務所に依頼を見に来てシュウがいた時は少し驚いたけど、あの時、そのうちわかるから楽しみにしてろと言ったのはこういうことだったのかと、納得したのだった。

「一応やっとけって言われてさ」

「そっか。じゃあ今日から暫くはここに来るとシュウに会えるんだね」

 顔を見れることが嬉しくて、笑みを深めてそう言うと、シュウはうっとりするような微笑みを浮かべるから、ドキドキして目が離せなくなる。

 すると、甘くなった空気を壊すように、楽しげな声が割って入った。

「なに見つめ合ってるんですかぁ」

「っ!…み、見つめ合ってるわけじゃないですっ」

「またまたぁ、誤魔化さなくたっていいんですよ。どうせみんな知ってるんですから」

 そう言って受付担当の職員がフフフッと含み笑いをしたから、私は首を傾げてシュウを見た。

「(知ってるって何を??)……」

 そんな私を見てシュウは困ったように笑っただけだった。


 ⌘


 あっという間に時は過ぎて、俺が冒険者組合の職員になってから3ヶ月が過ぎた。

 この日、俺の護衛をしている魔導士宛に、調査団の連絡係から捜査の進歩状況が綴られた手紙が魔法で飛ばされてきて、手紙の冒頭には、不成者たちの尋問も進み、グンネラを荒らした者たちは組織の末端で、実験台を用意するのと始末するのが主な仕事だったと書かれていたそうだ。

「状況がわからないと不安でしょうから、一応これまでの捜査でわかったことを話してきましょう。まず、被害者を攫った方法ですが、人通りの少ない路地で人が来るのを待って、人が来たらわざと記憶を操作する魔法の研究の話を聞かせ、言いがかりをつけて無理矢理オリドに連れ去っていたそうです。そして、実験台にして使い物にならなくなったら魔物が出る森に放置するというのが彼らの仕事だったそうです」

「そういえば、確かに両親に詰め寄ってた奴らも研究がどうとか言ってたかもしれません…」

「そうでしたか。彼らは、ルム以外の近隣諸国でも同じ手口で人を攫っていて、被害者が出ている国は、それぞれ騎士や魔導士で調査団を発足させました。そして、現在協力して捜査を進めているところです」

「そうですか」

「それと、あなたのご両親について、その後を知っている者がいましたよ」

「っ…本当ですか?!」

「はい。ご両親はあなたと妹さんたちを逃した事で早々に実験台にされ、もう生きてはいないそうです」


 ⌘


「──っていうことを昨日護衛の人から聞いてさ、やるせないよ…」

 そう言ってシュウは泣いた。

 その横で、私はシュウの背中を黙ってただ撫でた。

 シュウは小一時間ほど泣くと「妹たちのために落ち込んでばっかりいられないよな」と言って、涙を拭って顔を上げた。


 それから数日後。

「おつかれ」

「お疲れ様。お腹空いた〜」

 今日は仕事終わりにシュウと夕飯を食べる約束をしていたのだ。

 妹さんたちは大丈夫なのかと聞いたら「上の妹の方はもう15歳で料理もできてしっかりしてるし、逆に「たまには息抜きしといでよ」」と送り出されたらしい。

「妹さん、お母さんか奥さんみたいだね」

 そう言って私が笑うと、シュウは苦笑いをした。

「あのさ…」

「ん?」

「いや、やっぱなんでもない…とりあえず早く飯行こう」

「えっ、何?気になるじゃん」

「いいからいいから」

 はぐらかされたことが気にはなったものの、シュウは先に歩き出してしまったので、とりあえずおとなしく後を追った。

 行きつけの食堂に足を踏み入れると、私たちのような仕事終わりの客で賑わっていた。

 空いている席に座り、注文を済ませると、シュウは「あのさ…」と話を切り出した。

「今日護衛の人から言われたんだけど、捜査が進んで組織はほぼ壊滅状態になったし、もう護衛の必要はないだろうって」

「そっか、よかったね」

「あぁ。やっと平和に暮らせるんだな」

 シュウが感慨深げにそう言い、沈黙が流れる中、注文した料理が運ばれてきた。

「野菜とソーセージのグリルとスープのセット二つ、お待ちどうさま」

「今日もおいしそう」

「だな。いただきます!」

 温かいスープから口をつけると、優しい味付けが体に染みるようだった。

 黙々と料理を平らげ、女将さんにごちそうさまと声をかけると、またおいで〜言われて店を出た。

「帰る前にちょっと寄り道していいか?」

「別にいいけど、どこに行くの?」

「着くまで内緒」


 そう言ってシュウが私を連れて来たのは、私たちが通っていた魔法学校だった。

「学校じゃん!懐かしい!」

「だろ」

「でも、なんで学校?」

「俺とベルの思い出の場所と言ったら、やっぱここだろ?」

 懐かしそうに校舎を見上げてそう言われ「まぁ、そうだね」と、答えている間にシュウは門によじ登って中に入ってしまう。

「えっ?!ちょっと、入っていいの?」

「ベルも早く来いよ」

 そう言ってスタスタと校舎に向かって歩き出したシュウを、私は慌てて追いかけた。

 シュウに追いつき着いて行くと、シュウはとある教室の前で立ち止まり、一呼吸置いてから中に入って行った。

「ここって…」

 私たちが出会った、2年生の時の教室だった。

 シュウは自分の席だった場所に座ると、私にも自分の席だった場所に座るように促した。

「こうやって席に着くと、昔のこと思い出すな」

「そうだね…シュウがいた頃はすごく楽しかった」

「俺も」

 そう言うと、シュウは私の方に体を向けてきて、私も同じようにシュウの方を向いて座り直した。

「今日、何の日かわかるか?」

「え?……(今日は確か)……あ…」

「気付いた?」

「うん…」

 今日は、シュウが家の都合で退学したと聞かされたあの日だったのだ。

「今日ここで、ベルに言いたいことがあるんだ」

「なに?」

 改まってどうしたのかと思っていると、シュウは緊張を滲ませた顔と声で私に言った。

「俺、ベルが好きだ」

「っ!……」

「昔からずっと好きだった。オリドに連れて行かれた時、気持ち伝えてなかったことすごい後悔して…でも、逆に伝えてなくて良かったのかもとか思ったりもして…でも、奇跡が起きた…」

「奇跡…」

「ああ。俺からしたら奇跡だ!また会えるなんて思ってなかったんだからな……だから、これは俺に与えられたチャンスなんだよ」

 シュウは心を落ち着かせるように一度深く呼吸をして真剣な表情になると、私の目を見て再び口を開いた。

「俺と結婚して下さい!」

「はいっ…えぇぇ?!」

 付き合ってと言われることを想定していた私は、勢いではいと返事をしてから違うことを言われたと気が付き、動揺しておかしな返答になってしまった。

「それどっち?」

「え、だって……普通付き合うところからじゃないの?」

「俺たちの場合は、別にいいだろ。もう周りも俺たちのこと付き合ってると思ってんだから」

「えーっ!そうなの?!」

 知らなかった事実を言われて更に動揺する。でも、考えてみたら前に受付担当の職員に「みんな知ってるんですから」と言われたことを思い出して赤面した。

「……」

「そういう顔も可愛いな」

「なっ、何言ってんの!」

「昔からずっと言いたかったんだよ。でもベルは俺のこと男友達くらいにしか思ってなかっただろ?そんな相手にいきなり可愛いって言われても混乱させるだけだと思ったから、言えなかった…」

「……私だって、そうだよ」

「え?」

「私もずっとシュウが好きだった。だからシュウに告白しようって決めたのに、シュウはいなくなっちゃって、みんなはシュウのこと知らないって言うし…いっそのことみんなみたいに忘れられればよかったって思ったこともあったけど、なぜか忘れられなかった……」

「…そういえば、もう一つ報告忘れてた」

「何?」

「実は──」


 ⌘


「リーブラさん、最後にオリドの魔導士たちが研究していた、あなたが飲まされた魔法薬についてなんですが」

「っ…何かわかったんですか?!」

「ええ。あの魔法薬は、飲んだ人と関わりがあった人の記憶から、魔法薬を飲んだ人の記憶を消してしまうものでしたが、どうやらあの魔法薬には段階があったようで、あなたが飲まされたのは1番効果が弱く、言わば失敗作だったようです」

「…だから、知り合いや友だちの俺に関する記憶は、すぐにじゃなくて徐々に消えていったってことですか?」

「はい。奴らが本当に作りたかった魔法薬はもっと強力な、飲んだ瞬間他人から忘れ去られ、自分でも自分が誰だかわからなくなるような呪いのような魔法薬だったようです」

「何のためにそんなもの…」

「まぁ、オリドという国は他国に比べて領土が小さく人口も少ないし、資源に恵まれているというわけではありませんから…戦にも負けて、あとは汚い手を使ってでも他国を支配するしか、上に立つ術がなかったのではないかと」

「……ベルだけが俺を覚えてたのは、なぜなんでしょうか」

「ふむ…それに関しては、魔法薬が失敗作だったからでしょう。そして、ベルさんのあなたに対する執着や想いの深さが、彼女があなたを忘れなかった理由だと、魔法薬の解析をした魔導士は結論付けていましたよ」

「執着や想いの深さ…」

「それと魔法薬の効果ですが、自分を覚えている者に会えれば解けるそうです」


 ⌘


「そうなの?じゃあ…」

「ああ。俺にかけられた魔法は、ベルに会えたからもう解けてるってことだ」

「よかった!」

 思わず椅子から立ち上がってシュウに抱き付くと、シュウは私を抱き止めて話を続ける。

「唯一俺のことを忘れないでいてくれたからこそ、ベルのことがもっと愛しくなって、付き合うのをすっ飛ばしてでも結婚したいと思ったんだ」

 腕を緩めて少し体を離し、シュウと見つめ合う。

「俺と結婚してくれる?」

「…うん。結婚するっ」

 漸く気持ちが伝えられた喜びと、ずっと両想いだった喜びとが合わさって涙が溢れた。

 シュウは、私の頬に伝う涙を両手で拭うと、その両手を私の頬に添えた。

 そして、私がシュウの思惑に気付く前にサッと短く口付けた。


 プロポーズから半年後、私たちは、家族や冒険者組合の職員や、親しい冒険者仲間に見守られて、ささやかな結婚式を挙げた。

 プロポーズの時に学校に入れたのは、学校に頼み込んで許可をもらったからだと聞いたから、てっきり学校の関係者も招待しているものと思っていたら、学校関係の人は誰も招待されていなかった。

 何故招待しなかったのかと訊いてみると「学校に入れてもらった礼はしたし、俺のことを速攻で忘れた人たちになんて結婚を見届けてもらわなくてもいい」と、切り捨てるように言ってて驚いた。

 でも、私もそれには同意だ。

 誰に訊いてもシュウのこを覚えてなくて、逆に私が突然変なことを言い出したかのように冷めた目で見られたことは、きっと一生忘れられない。

「一緒に幸せになろう」

「うん。これからは一緒に…」

 私たちは微笑みあって手を繋ぎ、魔法で降らせたフラワーシャワーの中を歩き出した。

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