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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
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【6・危ない取材対象】

「8人目?」

 翌日の昼休み、新聞部部室で高尾と瑞雪は昨日の女生徒のことを鞍馬から聞いていた。昨日はあれから女生徒を先生に任せて帰宅した。新聞部としていろいろ聞きたいことはあったが、さすがにあの状況で彼女を質問攻めにするのはためらわれた。ましてや男である高尾に対し、彼女は恐怖しか示さなかった。

「私たちがすでに入手している分だけで空手部員に暴行された女性は7人。生徒も先生もいます。昨日君たちに保護されたのが8人目です。私たちが把握していない人もいるでしょうから、実際の被害者は十数人とみて良いでしょう」

「その人達は?」

「みんな転校したり退職したりしています。もうこの学園にはいませんよ」

「じゃあ、昨日の被害者に話を聞けば」

「高尾君、セカンドレイプという言葉を知っていますか? 性犯罪の被害者に事件当時のことを聞き出すことがどれほど大変かつ難しいことか。それに、学園からこの事件については記事にしないよう要請が来ています。被害者名も教えてくれませんでした」

「それに屈服する気ですか? 男女のエッチは愛情の下に行われるべきだ。力によるなど邪道だ悪だ地獄に落ちろこんちきしょう!」

「屈服する気などありませんが、自分の正義感や報道の自由を満足させるために、被害者たちにさらなる苦痛を背負わせることは出来ません。慎重にしないと。こちらは被害者が誰かさえもつかんでいないんです」

「んなもん、み……桜島さんが聞いているだろう」

 昨日のことが頭にあったせいか、高尾としては珍しく先輩でもない女性を名字のさん付けで呼んだ。

 隣の瑞雪を見ると、彼女は真っ青になって首を横に振っていた。

「聞いてねえのか?!」

「だ、だって……あの人震えて、泣いてて……とても聞くなんて。そうしたら先生たちが来てあの人を……」

 それを言うだけでも彼女にとっては重労働だったのだろう。言い終わると、息を切らして口を閉ざした。

 一気に高尾の力が抜けた。大きく深呼吸すると

「気にすんな。部長もセカンド何とかって言ってただろ。方法はひとつじゃねえ」

 泣き顔5秒前といった感じの瑞雪の頭を軽く撫でた。

「お楽しみは後でも良いさ。犯人をぶちのめしたあと、被害者を見つけて謝らせてやれば、彼女の好感度はきっと」

 にやにや顔の高尾に対し、鞍馬は冷めた声をかけた。

「それは別の人にやってもらいますから君は被害者とは接触しないように。別の問題が起こりかねません」

「何でだよ?!」

「自分の胸と過去の行いに聞いてみなさい」

「俺は過去に縛られない男です」

「縛られるのではなく学べと言っているんです。君には容疑者の方から攻めてもらいます」

「容疑者というと……空手部か」

 昨夜、自分に襲いかかってきた部員を高尾は思い出した。

「男に話を聞くなんて。部長は俺の一日を無駄にする気ですか」

「高尾君。連中は多少の暴力なら学園側がもみ消してくれることを覚えました。こういうことに味を占めた連中が何をするか」

 その言葉に高尾は口を閉じ、腕を組んで考え始めた。やがて

「やりますよ。ああいう連中を野放しにしていたら、学園のいい女がそれだけ減ります」

 明子が差し出す事件資料をひったくってはぱらぱらとめくる。そこには、空手部員数名と過去の事件の資料が綴じられていた。

「ようし、瑞雪……じゃなくて桜島さん。来い。昼飯食いながら作戦会議だ」

 資料を手に部室を出て行く高尾を、慌てて瑞雪が後を追う。

 2人を見送った明子が鞍馬に

「部長、いいんですか。あの2人で」

 と耳打ちした。

「他に適任者がいません」

 鞍馬の横顔を見て、明子は不安になった。明らかに彼は緊張している。

「やっかいな人がこの学園に入り込んでいます。正直、蒋さんか猫目石さんが来てくれればと思いますが、団体客の予約が重なってますからね。私たちでやるしかありません」

 ゆっくり明子に向き直る。

「もしかして、いえ、かなりの確率で危険な仕事になります。命に関わる。場合によっては、高尾君が『思い出す』ことになるかもしれません」

 明子は唾を飲み込むと、鞍馬の目をじっと見返し

「何をすれば良いですか」

 その目に迷いはなかった。


「先輩、空手部への取材、あたしにやらせてください!」

 だだっ広い学食は昼休みも終わりに近いせいか空席が目立っていた。その隅で資料に目を通す高尾に、瑞雪がテーブル越しに身を乗り出して言った。目を大きく見開き、鼻の穴がひくひく動いている。

「そう気張るな。可愛い顔の鼻が豚になってるぞ」

 慌てて瑞雪が鼻を隠して座り直す。

「やめとけ。連中は相手が女だからって容赦しねえぞ。だいたい、お前が取材したって、相手に睨まれただけで気絶するだろ」

 高尾が資料に目を落とすと、岩麻堅作の顔写真がある。空手部主将であり、全国大会優勝候補でもある彼が空手部の事実上の支配者である。そして、一連の事件の最重要容疑者だ。実際、学園内における彼の前科はいくらでもある。学食や購買部で金を払ったことなど一度も無く、彼らに襲われて学園を去ったと思われる生徒は男女合わせて推定20人を超える。

 こんな人物がどうして今まで処分されなかったのか。勝利という名で学園にもたらした功績も大きいからだ。それに彼は現在3年。彼の悪事を問題にして全国に恥を曝すより、あと1年我慢して卒業してもらった方がダメージは少ない。というのが学園側の考え方らしい。

 ちなみに、昨日高尾と拳を交えた2人も資料にあった。起田川和義と承海太一とある。他に転洞真と結坂雄馬を加えた4人。それぞれの頭文字を並べて起承転結四天王などと呼ぶものもいる。彼ら5人が白無垢学園空手部が全国大会優勝を狙うメンバーであり、学園一の要注意集団である。

「この5人がそろって強姦だの恐喝だのを繰り返していたことがバレたら大騒ぎだな。学園側が隠したくなるわけだ。へたすりゃこいつらじゃなく、俺達の方がつぶされる」

 瑞雪の顔が青くなった。

「現行犯で決定的な証拠をつかむしかねえか」

 目の前のチキンバスケットからフライドチキンをつかんでは口に入れる。

「現行犯って……」

「意外と簡単かもよ。こういう連中は自分の犯罪をあまり隠そうとしねえんだ。おおっぴらにするってわけじゃねえが、アリバイ工作みたいな面倒くさいことはしねえ。適当にしらばっくれてりゃ学園側がもみ消してくれるんだからな」

「あ……あたしがやります!」

 掌でテーブルを押さえながら瑞雪が

「あたしに取材をさせてください。気絶なんかしません。……たぶん」

「無理すんな。それとも何か、俺に後輩の女の子を危険な目に会わせろって事か? そりゃ確かに現行犯になるかもしれねえが」

「ぐだぐだ言わずにやらせろ!」

 テーブルを拳で叩く音が学食に響き、周囲の客たちが2人を見た。

「わかったわかった。落ち着け。やらせてやる。やらせてやるから。とにかく放課後までに覚悟を決めておけ」

 高尾としては、放課後までに瑞雪が怖じ気づいてやっぱりやめますと言い出すのを期待していた。

 しかし、放課後になって瑞雪のクラスに行くと

「さぁ先輩、行きましょう!」

 彼女は鉢巻にたすき掛け、メモとレコーダーを手にしていた。

「無理するな。震えているぞ」

「震えていません。体が細かく左右に動いているだけです。さぁ行きましょう。すぐ行きましょう。突撃特攻まっしぐらです」

 ひたすら口を動かしているのは、しゃべるのを止めたらそのままくじけそうだからに見えた。

「いいから落ち着け」

 高尾は彼女の両肩をつかむと。

「深呼吸しろ。大きく息を吸って、吐いて、吐いて、吐いて、吐いて、吐いて、吐いて、酸欠になってそのまま倒れろ」

「先輩~っ」

 半泣きの顔を向けられ、高尾は諦めた。

「わかったわかった。しかし、取材は俺がやるから、桜島さんは後ろで見ていろ」

「駄目です。あたしがやります。1人でやりますから、先輩は隠れて見ていてください。で、あの人たちがあたしに何かしたら、現行犯として捕まえて証拠にしてください」

 体を振るわせたまま一気にしゃべる。

「別に俺でも良いだろう。考えたんだけどよ。俺、昨日あいつらのうち2人とやりあってるだろう。だから俺が行けば昨日のお返しだって向こうから突っかかってくると思う。それだって現行犯だ。無理してお前がやることはない」

「それでも駄目です」

「お前、結構強情だな。何でそこまで自分がやりたがるんだ?」

「だって……」

 瑞雪の目が潤んだ。

「昨日……彼女を前にして、あたし、何にも出来なかった……どうすれば良いのかもわからなかった……だから……せめて……」

 泣き出すのを必死で堪えながら高尾をまっすぐ見つめ訴える。こうなると高尾も駄目だ。

「わかった」

 と折れた。

「ただし条件が2つある」

 手を伸ばし、瑞雪の頭を撫でる。

「もう自分を卑下するのは止めろ。お前は彼女を抱きしめてやっただろ。あんなとき、自分をぎゅっと抱きしめてくれる人がいたんだ。それだけで彼女はすごく安心できたはずだ。あれは、俺じゃ出来ねえ。俺が抱きしめたら、却って彼女は恐怖する」

「確かに」

「そこは同意するな! お前、時々無神経な一言入れるな」

 瑞雪は肩をすくめ

「わかりました。もう1つは?」

「取材は夜、月が出るまで待て」

 これには瑞雪が首を傾げた。

「信じられねえかもしれないけど、俺、何か月の光を浴びると体の調子が良いんだ。特に満月なんか絶好調。空手部員全員倒せってのは無理だろうが、引っかき回してお前が逃げる時間を稼ぐぐらいなら出来ると思う」

 これは嘘ではない。高尾は小さい頃から夜になると元気が出た。体も軽く、力がみなぎる。気のせいではない。運動において、昼間出来なかったことが夜になると出来た。喧嘩でも昼間ボロ負けした相手に夜になれば勝てた。

 特に月の光を浴びると自分でも驚くほどの身体能力を発揮した。昨日も全国大会レギュラーの空手部員2人を相手に優勢に戦ったぐらいだ。オリンピック競技が夜、野外で行われるのならばほとんどの競技でメダルを取る自信が高尾にはある。

「月の出ている夜って……狼男みたい」

「よく言われたな。ま、男はみんな狼だ、そんなわけだから、今夜は満月じゃねえけどそれに近い。ハッキリ言って、今夜、月の下でなら主将の岩麻って奴とだって戦える自信がある」

 高尾は瑞雪の反応を見た。今まで大抵の女の子はここで「まさか」と言った顔をした。しかし、彼女はむしろわかりますとばかりに頷いた。

「あたしにも、覚えがあります。あたし、母が東北出身のせいか寒さに強いんです。父は桜島の出身なんですけど」

「いや、そういうんじゃ……」

 言いつつ、高尾は自分の父も夜はやたら元気なのを思い出した。


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