【5・屋上の対峙】
日は落ち、校舎の明かりもほとんど消えた白無垢学園の本校舎を、鞍馬は1人歩いていた。
取材ではない。彼はここ数日、1人で明かりの落ちた学園内を歩き回っていた。
(ここにも……やっぱり、感じられる)
足を止め、ゆっくり目を閉じるとあたりの気配を探る。
(新しい。ここにいたのは……十分以内だ。しかし何のために?)
気配をたぐるようにゆっくり歩き出した。
先週まではまだ各団体の新入生歓迎会などで居残った人達がいたが、5月に入るとそれもなく校舎は息を潜めている。かろうじてクラブ会館の中に明かりがいくつか見受けられる。だがそれも小一時間もすれば消えるだろう。
気配をたどる彼は階段を上がり、屋上へと続く扉の前まで来た。だが、扉は固く施錠されている。あまりにもサボりが多いので、学園側で基本屋上へは出入り禁止にしたのだ。
しかし鞍馬は足を止めることなく扉に向かう。
ここに人がいれば、誰もが鞍馬が扉にぶつかると思っただろう。しかし、鞍馬は足を緩めることなく、そのまま扉をすり抜けた。
扉をすり抜けた鞍馬は屋上で風に吹かれていた。
月が彼の姿を照らしている。
「あんた、もしかしてあたしに用があるの?」
月が作る彼の影の横に、ひとつの影が表れた。
鞍馬が今し方出てきた階段のある昇降場。その屋根の上に立った人の影だ。ただ、人と呼ぶには影の形がかわっていた。翼と尻尾が生えている。
「人が見ているかも知れないのに大胆ですね」
「見たって、コスプレだと思うわよ」
声と言葉、そして床の映った影の形から、相手は女性らしい。
「で、何の用? もしかしてあたしと遊びたいの? あんたいい男だから、相手しても良いわ」
「遠慮します。私も命は惜しい」
「だったら何の用?」
「それはあなた次第ですね」
鞍馬は振り向きもせず
「念のため確認します。あなた……思い出しましたね」
「10年……にはまだなってないかしら。こうして数えると結構経ってんのね」
「もしもあなたが思い出した力に振り回され、迷っているのでしたら保護しようと思ったのですが」
すると相手はくくくと笑い、
「聞いたことがあるわ。思い出したばかりの人を見つけては保護する連中の話。あんたがそうなの。だったらおあいにく様。思い出して1年ぐらいならありがたかったけど。今のあたしに迷いはないわ」
「だったら、用の中身が変わるかも知れませんね。何のために学園に来ましたか。ここ数日、校内をうろつき回っていたでしょう」
「バレてた。あんた鋭いのね」
「これでも私はこの学園に愛着がありまして……生徒には手を出さないでいただきたい。少なくとも、学園内では」
鞍馬の口調が変わった。
「学園の外なら良いのかしら。どっちにしろお断り。ここのところ食生活が貧しくてさ」
その言葉に鞍馬は拳を固めた。すると、突然彼の手の中に1本の錫杖が現れた。取り出したのでは無く、突然彼の手の中に現れたのだ。
「実力で排除するってわけ。いいじゃない。生徒全員に手を出すつもりはないし、それに、見たところどうしようもないクズ学生が何人かいるみたいだし。学園の掃除だと思えば」
「掃除にもやり方があります。学園から出て行ってください」
「そこまで人間に肩入れすることないじゃない」
「出て行ってください」
「お断り!」
影の主が昇降場から飛び降りる。かざしたその手の指からは、鋭い刃物となった爪が伸びて、鞍馬に振り下ろされた。
が、それは鞍馬が振るう錫杖にはじき返される。
振り向き錫杖を構える鞍馬。だが、相手の姿はどこにも見えなかった。
「すごいじゃない。弾かれたときに感じたあんたの力。たまらず子宮が濡れちゃったわ」
錫杖を構えたまま、鞍馬が昇降場の屋根に飛び乗った。
相手の姿は見えない。
「このままあんたを押し倒しちゃおうかとも思ったけど、やめとくわ。どうもあんたの方が強いみたいだし。でもね、あたしの仲間にはあんたより強いのがいるわよ。楽しみにしてなさい」
それっきり静かになった。鞍馬が追うべく気配を探ろうとした途端、ポケットの携帯電話が鳴った。着信音は明子からのものだ。
仕方なく出ると
《部長。透野です》
明子は新聞部員として鞍馬と接するときは彼を部長と呼ぶ。つまりこの電話は新聞部としての連絡だ。
《越後先生が至急会いたいそうです》
「また空手部員が何かしたんですか?」
気を戻して気配を探る。しかし、もう先ほどの女の気配は感じられなかった。
やむなく鞍馬は気持ちを通話に戻した。彼に用事があるという越後先生は空手部顧問である。今までも空手部の評判を下げるような記事に対して圧力をかけてきて、実際に記事を取り下げられたこともある。
「明日ではダメなんですか?」
《ダメと言うより、今回は新聞部も絡んでいます》
「というと?」
明子からの説明を聞いて、鞍馬は
「参りましたね」
天を仰ぐと、クラブ会館に目を向けた。
グラウンドふたつの向こうに見える体育系クラブ会館。その空手部の部室には明かりがともっていた。




