【4・桜島瑞雪】
「こうして見てるとけっこう可愛いな」
保健室。高尾は椅子を前後逆にして座り、背もたれに顎を乗せたまま、ベッドで未だ目を覚まさない瑞雪の顔を眺めていた。
すでに外は暗くなっている。いつもならとっくに家に帰っている時間だが、さすがに彼女をほったらかしにして帰るわけにもいかない。何しろ明日から一緒に仕事をするというのに、挨拶すらろくにしていないのだ。
鞍馬から聞くところによると、瑞雪は人付き合いが苦手らしい。対人恐怖症とまではいかないがそれに近い。何とかしたいと彼女自身思っているらしく、思い切って新聞部に入ることにした。取材なら嫌でも人と話さなければならない。つまり自分を追い込んだのだ。
しかし、やろうと思ってすぐにやれたら苦労はない。彼女は他の部員と組んで何度か取材に行ったものの、関係者に自己紹介も満足に出来ず、話をしようとすると体が硬直して、ついには先ほどのように気を失ってしまう。
その度に部員から彼女と組むのはごめんだと言われ、何人もの部員にたらい回しにされ、ついには高尾に回ってきたと言うわけだ。
「厄介払いみたいなもんか。けど、俺はそういうとにかくやってみるってのは好きだぞ」
それに、理由が何であれ可愛い女の子と一緒に仕事が出来るというのはうれしいものだ。
手を伸ばし、彼女の頬に触れようとして引っ込めた。
その気配を感じたのか、瑞雪が軽くうめいてうっすらと目を開ける。
「お目覚めか、大和撫子さん」
気取る高尾の姿に、瑞雪はおもわず「あっ」と叫んで離れ、そのままベッドから落っこちた。
「ごめんなさい……」
蚊の鳴くような声で謝ると、瑞雪は立ち上がり、まるで世界の命運を背負ったかのような顔つきで身を震わせながら
「桜島瑞雪です。よろしくお願いします!」
言い放ち、深々と頭を下げた。
「もう少しリラックスしろ。俺はこう見えても優しい先輩で通っているんだ」
本人は出来るだけ優しい笑顔のつもりで笑う。しかし、彼女はまた先ほどのように
「あ……ああ……」
と言葉が続かない。
高尾にとって、何か調子の狂う相手だった。早々に挨拶を済ますと
「学食はもう閉まってるし、駅前のファミレスにでも行って打ち合わせするか。部長から取材対象については聞いてる?」
瑞雪が首を振る。
「言葉で返事してくれねえかな。口は食ったりキスしたりする以外にも使い道はあるんだぜ」
何だかとんでもない新入生を押しつけられた。そんな思いが高尾で大きくなっていった。
「取材対象がわからないんじゃ打合せのしようが無いな。ま、そのへんは明日部長に聞くとして、どっかでちょっと話そう。俺も瑞雪のことはろくに知らないし」
途端、瑞雪が真っ赤になった。
「またかよ。そんなんで取材なんて出来るのかよ。瑞雪はそれを何とかしたくて新聞部に入ったんだろ」
言われて彼女はうつむきながら口を開くが、ぱくぱくさせるだけで言葉にならない。
「おい、瑞雪」
途端、顔をあげた彼女を見て高尾は愕然とした。目つきが変わっている。
「ちょっと、いくら先輩だからって会ってすぐの後輩を名前で呼び捨てなんて馴れ馴れしすぎんだよ。親しき仲にも礼儀ありって日本の言葉を知らないの!」
瑞雪のつきだした指が高尾の鼻の頭を押さえる。
「人が縮こまってりゃいい気になりやがって。そんな馴れ馴れしい態度だから取材先で女に嫌われるんだ。わかってんの。山太郎なんてサンタの出来損ないみたいな名前して」
矢継ぎ早に繰り出される言葉に押されるように高尾はのけぞり、ついには床にひっくり返ってしまった。
(なんだ、なんだこの女は?!)
目つきといい、雰囲気といい、先ほどまでの瑞雪とは別人のようだ。
(普段おとなしい奴ほどキレると怖いって、こういうことなのか?)
「謝るなら謝りな。反論するなら反論しな。いつもはべらべらしゃべるくせに肝心なときにだんまりってのは卑怯だろ」
ベッドを乗り越え、せまる瑞雪にどうすべきか高尾が判断に困っていると、いきなり保健室の扉が開いた。
ちょうど良いときにと高尾が振り向くと、そこには女生徒が1人立っていた。髪はほつれ、服は乱れ、目には力が無い。
「先生……」
その声も掠れていた。
「先生はちょっと席を外してるけどって、おい、大丈夫か?!」
女生徒が突然倒れた。驚いて駆け寄り抱き起こそうとする高尾に
「いやぁ!」
突然女生徒は高尾の手を振りほどくと、泣きわめき暴れ出した。乱れた制服の胸元から肩紐の切れたブラが見えた。よく見ると手や首筋に痣が見える。
彼女に何があったのかは高尾にも予想がついた。
「こっちだ」
廊下から男の声が聞こえた。
「瑞雪、彼女を頼む」
それだけいうと、高尾は廊下に出て保健室の扉を後ろ手に閉めると、こちらに向かって駆けてくる2人の男子を見た。2人とも空手着姿で黒帯をつけている。
「空手部員か」
高尾は胸の中で舌打ちをした。新聞部員として耳にする空手部の評判はハッキリ言ってかなり悪い。全国大会常連で去年は優勝までした部だが、それを差し引いてもカバーできないほど素行が悪い。暴行恐喝は当たり前。教師に訴えても学園側は表沙汰になったときのダメージを恐れてか、全国大会優勝という利を前に多少のことには目をつぶる気なのか、彼らを責めるどころか彼らの悪事を隠そうとしている。それが彼らをますます増長させる。悪循環だ。
「おい、女はどこにいる」
高尾の姿を認めた部員たちが拳をならしながら聞いた。高尾はちらと外を見る。窓越しにほぼ満月に近い月が見えた。
「女ならしょっちゅう見るな。何しろ生徒の半分は女だからな」
高尾は新聞部証を見せ
「悪いが、どんな女をなぜ捜しているのか聞かせてもらえねえかな」
その態度が気に入らないのか、2人は
「黙って答えろマスゴミ野郎」
「マスゴミねえ。古すぎだろ、その言い方。頭も筋肉も使わないと劣化するぞ」
返事代わりに部員の1人が高尾の腹に拳をぶち込んだ。
たまらず腹を押さえて後ずさる高尾。だが、その顔は苦痛ではなく、してやったりとした笑みだった。
「よぅし、最初に手を出したな」
「あぁん?」
怪訝な顔をする2人の部員に、高尾は腹をさすりながら
「知ってるか。有段者の武闘家の素手って法律上は凶器として扱われるんだ。つまり、あんたらはいきなり凶器で俺に襲いかかってきたわけだ」
その言いぐさにカチンときたのか、部員は今度は蹴りを放つ。だが、高尾は手で跳ね飛ばすようにその足を下から叩き上げる。相手はたまらずバランスを崩し、その場に倒れた。
「さぁこい。月夜の俺は手強いぞ。もっとも、暴力で相手を叩きのめすしか自分を通せない奴じゃ理解できないか」
空手部員2人が同時に襲いかかってきた。有段者だけあって、2人の突きも蹴りも素早く、侮れない。だが、高尾はそれらをやすやすと躱していく。
「大会が近いんだろう。不祥事はやばいんじゃないのか」
「ふん、どうせ学園側がなかったことにしてくれるさ」
「いいのかい。新聞部相手にそんな事言っちゃって」
攻撃を受け流しながら、高尾は少しずつ保健室の前から離れていく。その余裕の態度が、部員2人の気に障った。
さらに2人は攻撃を続けるが、相変わらず高尾には当たらない。
「なんだこいつ」
部員たちの声に焦りが出てきた。全国大会レベルの自分たちが2人がかりなのに高尾にダメージが与えられないのだ。しかも高尾は武道家ではない。ただの学園新聞の記者だ。
「さっさと逃げれば追いかけないぞ。どうする」
「ふざけんな!」
怒りの形相で挑みかかる2人に対し高尾が攻撃に転じた。拳をかいくぐり、2人の胸を思いっきり突くと、相手はそろって廊下にひっくり返る。
驚いたのは部員の2人だ。まさか自分たちが倒されるとは思ってもみなかったらしい。
「どうしたの」
そこへ保健教諭が戻ってきた。まずいと思ったのか、空手部員2人は走り去っていく。
「ちょうど良いところへ、先生。治療と保護をお願いしたい女性が1人」
「君がやったの?」
「やってません」
保健室の中では、先ほどの女生徒が瑞雪に抱きしめられながら震えていた。




