【33・まぜものたちに乾杯】
「あたしはここに住みます。美味菜温泉の職員として働きながら高校に行きます」
きっぱり言い放つ瑞雪に、集まった親類縁者たちはため息をついた。
「瑞雪ちゃん。強情を張らずに誰か親類の所に行った方が良い。私の所でも良い。高校だって、まだ5月だ。転校してもそれほど影響はないだろう」
そういう親類の顔はすっかり疲れ果てた顔をしていた。何度言わせるんだという言葉を必死に呑み込んでいるようだ。
それに対し、瑞雪はどんなことがあっても動かないとばかりに背筋を伸ばし、まっすぐ目の前の親類たちを見据えている。その堂々たる姿は、脇で見ていた高尾も驚くほどだった。
美味菜温泉の一室。ここで瑞雪の親類縁者たちによる話し合いが行われていた。
さすがに瑞雪の両親の死は、岩麻の時のようにうやむやにはできなかった。
葛生は瑞雪を説得、仲間と連絡を取り、彼女の両親の死を突然死として処理した。役所の手続きから葬儀に至るまで親類縁者が口を出す隙を与えなかった。
あまりの手際の良さに、一応喪主である瑞雪に対し、葬儀の参列者から
「親が死んだのにうろたえもせずに処理を進める……冷たい娘だ」
と言われたほどだ。
瑞雪もこのやり方にわだかまりがなかったと言えば嘘になる。しかし本当のことを言うわけにはいかない。何しろ、駆けつけてきた親類の中には「思いだした」者が1人もいなかった。
そうなると、親類たちの世話になる訳にはいかない。
みんなと相談した瑞雪は覚悟を決めた。冷たい女になると。親類たちがあんな女に関わり合うのはごめんだと思い、二度と訪ねてこないような。そんな女になるしかない。
「父さんたちが残した家や土地の財産が狙いなんでしょうけど、おあいにく様です」
なるべく嫌な女に見えるように口をきく。もう何度も練習したことだ。
「財産の管理は全てこちらの百目鬼さんにおまかせします。必要なもの以外は全てお金に換えて、私が成人するまで管理してもらいます。家も売ることにしました。あなたたちがどう言おうが、父さんたちの財産に手出しはさせません」
親戚たちが苦々しく瑞雪を睨み付ける。行為で手をさしのべた人達を、財産目当てで近づいてきたと決めつけて拒絶する娘。それが今、演じている瑞雪だった。
瑞雪の隣に座っている初老の男が頭を下げる。日本人では珍しいカイゼル髭で、好々爺という言葉がピッタリくるこの人が弁護士の百目鬼である。
「お腹立ちもございましょうがどうかお気を沈めて。瑞雪さんも両親に死なれてかなり気が張っておられますので」
「だからこそ私たちが世話を」
「わかっております」
にこやかな百目鬼の目に力が宿る。と同時に額が割れて目が現れた。頬や手の甲、体のあちこちから目が現れ光を宿す。
途端、目の前の親類たちの目の力が緩んだ。
百目鬼は百目と目競のまぜもので、普通の人間では逆らえない強力な催眠力がある。弁護士としては邪道だが、今回なような無理のある交渉をまとめるにはかなり役に立つ。
「あとは私に任せてください。打合せ通りにまとめて見せます」
「お願いします」
一礼すると、瑞雪は高尾と共に部屋を出た。
廊下に出た途端、瑞雪がその場に崩れそうになるのを高尾が支える。
「先輩、あたし……」
「何も言わなくて言い。とにかく休め」
彼女を抱きあげると、そのまま彼女の部屋に向かう。彼の身体はすっかり癒え、歯も新しいのが生えそろっていた。
「すごいなお前。見直した。やな役目なのに」
腕の中で大きく息をする瑞雪の顔がほころんだように見えた。
駐車場での戦いから一週間あまり。その間、瑞雪を取り巻く環境は大きく変わり、彼女自身も変わった。いや、変わることを余儀なくされた。
人喰いである雪女の体質を打ち消す一番手っ取り早く、確実な方法は対照的である燃え女の力を強めること。それには今まで時折顔を出しただけの攻撃的な面を意識して出すしかない。それは、何事にも積極的になることだった。
しかし、人の性格というものはこれからこうしようと思ったからこうなった。などと簡単に変われるものではない。瑞雪は精神的に無理をすることになる。
「大丈夫だ。俺がついている」
高尾は瑞雪をより強く抱きしめた。
瑞雪も抱き返した。
思い出したことで瑞雪はたくさんのものを失った。しかし、新しいものをたくさん手に入れた。
「それでは、桜島瑞雪と高尾山太郎を歓迎して、乾杯!」
葛生の音頭で、20名以上のまぜものたちが一斉に飲み物の入った器を掲げた。
美味菜温泉寮大ホール。美味菜温泉定休日に合わせ、ここで改めて高尾と瑞雪の歓迎会が行われた。
「ここではまぜものの姿でいることか基本じゃ」
という葛生の言葉通り、目の前で2人を歓迎しているまぜものたちはみんな妖の姿となっている。もちろん高尾と瑞雪もまぜものの姿になっている。ちなみに、瑞雪は雪女としての姿だ。
この場を一言で表すなら「百鬼夜行」が一番ピッタリきた。
「高尾山太郎。見ての通り狼男と烏天狗のまぜもので、狼天狗と呼んでくれ」
「よ、格好良いぞ!」
すでに高尾たちがくるまでのゴタゴタは寮のまぜものたちにも知られており、みんなどんな奴なのかと興味津々の目を向ける。尾似島を知っている古株の中には複雑な気持ちであったろうが、ここはそれを置いて彼らを歓迎している。
「次、あなたよ」
明子に促され、瑞雪が立ち上がる。ちなみに今の明子は無姿であり、服だけにしか見えない。
高尾と入れ替わりに立ち上がると、皆の視線が一斉に瑞雪に集まった。
瑞雪がかたまった。
口を半開きにしたまま先に進めない。
しっかりしろとばかりに高尾に突っつかれ
「あ、あたし……」
と言ったは良いがそこから言葉が出てこない。その様子に高尾はここでぶっ倒れるんじゃないかと不安になった。
ふと気がつくと、瑞雪の手が震えながら高尾の方に伸びている。
そっと高尾はその手を握りしめた。冷たく、氷のような手だったが気にせず力を込める。その力を受けてか、瑞雪が顔をあげ
「桜島瑞雪です。雪女と燃え女のまぜものです。正反対の性質なので両方同時には出せませんけど。まだ勉強中なので力の使い方でいろいろ教わらせてください」
頭を下げる彼女に拍手で迎えるまぜものたち。彼女の挨拶に対する返答だと思いきや
「若いのは良いね。彼氏を大事にな」
上がったのは冷やかしの声。高尾と瑞雪がしっかと手を握り合っているのを彼らは見逃さなかったのである。
「おいおい、いきなり見せつけるなよ」
「こっちは60年恋人なしなんだぞ」
次々投げつけられる冷やかしの声。
高尾がちらと瑞雪を見ると、彼女は真っ赤になってうつむいている。それを見た高尾は
「しゃあねえなぁ」
と立ち上がると瑞雪の肩に手を回し
「言っておくけどな。瑞雪は俺のもんだ! 手を出したらまぜものの先輩といえども容赦しねえからな!」
言い切る高尾に、まぜものたちが唖然となる。一番唖然としているのは、当の瑞雪だ。
「あの……先輩……あ、あああの、ああ」
何か言おうとするが、真っ赤になり体が震えて言葉にならない。
「何だよ。俺の彼女は嫌か。俺はお前が良いんだ。俺はお前を恋人にして、嫁さんにして、俺の子供産ませて、ジジババになるまで一緒にいて、一緒の墓に入りたいんだ。それと、俺の名前は先輩じゃねえ、山太郎だ」
半ばヤケ気味に叫びながら、高尾は
(ああ、やっぱり俺は父さんの血を引いてる)
と痛感した。
「で、返事は?」
皆が唖然とする中、つめよる高尾に瑞雪は
「嫌……なわけねえだろーっ!」
燃え女化して高尾に抱きついた途端、
「あぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ!」
高尾の悲鳴が大ホールに轟いた。
こうして高尾は念願の彼女を手に入れた。
翌日、高尾は恋人が出来たことを記事にして全校生徒に配信しようとして鞍馬に止められた。
(まぜもの妖談~狼天狗と雪女~ 終)




