【31・燃えろ雪女!】
「生きてる?!」
羽宇の顔が引きつった。瑞雪は無理矢理凍らされたのではない。自ら凍ったのだ。抵抗もせず、自ら死ぬことを選んだのだ。それなのに生きている。しかも、先ほどまでの出来事も全部知っているらしい。
あり得るとしたら高尾だ。語りかけたとき彼は氷に触れていた。氷を通じて高尾の言葉が瑞雪に届いたのだ。
瑞雪の怒りに合わせるように、氷柱に亀裂が走った。亀裂越しの彼女の表情が怒りのものへと変わっていく。
「出てくるつもり?!」
羽宇が氷柱の取り付くと、冷気を吹き出して亀裂を新たな氷で埋めていく。
「あんた、死ぬことにしたんでしょ。遠慮はいらないから死になさい」
「あんただけは許さない」
氷を伝って瑞雪の意識が羽宇に流れてくる。
「あたしの苦しみを小さくしようって気持ちはうれしいけど、そのためにお母さんを殺して、お父さんを殺して……先輩まで!」
(……俺……まだ死んでねえ……)
脇から漏れる小さな意識は無視された。
氷柱が割れては、新たな冷気がその亀裂を埋めていく。
「諦めなさい。あんたの冷気より、あたしの冷気の方が強い!」
その言葉通り、瑞雪と高尾を包む氷柱は少しずつ大きく、頑強になっていく。
氷が震え、高尾のいる場所からも亀裂が生まれ、広がっていく。
「振動声吐息?!」
凍り付いたままの高尾が、そのまま振動声吐息で氷を割ろうとしているのだ。しかし、これまで受けたダメージのためその威力は小さく、さらに閉ざされた空間での使用は彼自身も傷つける。実際、振動声吐息を吐く度に高尾の全身が傷つき、血がにじみ出てくる。それでも高尾は吐き続ける。
思いもかけぬ2人の抵抗に羽宇と尾似島の意識が向いている。その隙に葛生は倒れている鞍馬の下へゆっくり移動すると、
(もうちょいの辛抱じゃ)
そっと片足を鞍馬の体に乗せた。一見、倒れた彼を踏んづけているように見える。
葛生の足からにじみ出る油が鞍馬の体に流れ、広がっていく。彼の油は蟇の油。病気は治せないが、切り傷などの外傷に対しては強力な治療薬になる。もちろん、稲妻に焼かれた肉体に対しても有効である。
氷柱の中では瑞雪と高尾の抵抗が共鳴し合い、大きな力となって氷を破ろうとしている。
尾似島が氷ごと2人を稲妻で攻めようとして思いとどまった。へたをして氷を砕いたら逆効果だ。それに、2人の抵抗は大きいが、それでもさらに閉じ込めようとする羽宇の冷気の方が強かった。氷柱はどんどん厚く、大きくなっていく。
「今度こそ本当に、2人仲良く凍りなさい!」
高尾を凍らせた時をも上回る冷気を放出、それを全て氷柱にぶつける。
先ほどを上回る冷気が駐車場に渦巻いた。周囲の木々に霜が降り、慌てて飛び去ろうとした鳥が一羽、凍って落ちた。
冷気が収まったとき、羽宇の表情はやつれ、大きく肩で息をしていた。
「……もういや。何なのこいつら」
羽宇がその場にへたり込むのを後ろから尾似島が支えた。
「ありがとう……」
うれしそうな顔を尾似島に、そして氷柱に向ける。氷柱は倍近い大きさになっていた。
「もう行くぞ」
両腕があれば抱き上げていただろうが、今の尾似島は羽宇を立たせるだけで精一杯だ。
(……行っちゃう……逃げられちゃう……)
氷の中、氷越しに瑞雪はこの場を離れようとする羽宇と尾似島を見た。動こうにも、羽宇の冷気で作られた氷ががっちり彼女を捕らえている。
微かに目を動かすと、やはり凍り付いている高尾の背中が見えた。
瑞雪は雪女だから強く抵抗すれば氷の中でも何とか耐えられる。しかし高尾は違う。このままでは間違いなく冷気に命を奪われる。何とか脱出しようと身をよじらせ、心をよじらせ。ひたすらあがいた。何でも良い。チャンスにつながる何かがないか。
その時だった。瑞雪が自分の中に何かを感じた。それは少しずつ大きくなり、雪女である自分を押しのけようとしている。
先ほどから出てこようとした力。もう少しというところで瑞雪が目覚め、出損ねていた力。
その力の正体を瑞雪は知った。思い出した。
(お願い……)
彼女は雪女としての自分を引いた。思い出した力に譲り渡すように入れ変わる。
羽宇と尾似島は突然、力を感じて氷柱を振り返った。
「何、気のせい?」
「違う」
尾似島が氷柱に対して身構える。明らかに雪女とも狼天狗とも違う、別の力が感じられた。
「うそ……溶けてる」
羽宇が愕然とした。雪女の力をフルに使って作り上げた氷が溶けはじめていた。溶けた水が氷柱の表面を流れ、地面に流れ広がっていく。
もう一度凍らせようとするが、先ほどの全力で力を失ったのか力が入らない。そうしているうちにも氷柱はどんどん溶け、小さくなっていく。
辺りを覆っていた氷も溶け始め、アスファルトの地面が姿を現していく。
「なんで、どうして溶けるの?!」
葛生が笑い出した。
「どうやら瑞雪ちゃん、思い出したようじゃな」
「思い出したって、雪女って事はとっくに思い出しているはずよ」
「知らんのか。まぜものの中には、ごくたまにじゃが複数の妖を別々に思い出すことがあるんじゃよ。特徴が相反するあまり、同時に表れることが出来ない場合とかの」
「相反するって」
羽宇たちが目をこらして氷柱の中の瑞雪を見る。雪女として、真っ白のはずの肌が燃えるように赤く、炎のように揺らぎ始めていた。肌だけではない。表情も、目つきも変わっていた。たまに見せる瑞雪がぶち切れるときのような顔。
よろめく羽宇の目の前で氷柱に亀裂が入り、猛烈な勢いで水蒸気が吹き出す。まるで噴火しようとしている火山のように。彼女の故郷、桜島のように。
「思い出したわ」
瑞雪の声が亀裂から漏れ聞こえてくる。
「あたしの……雪女とまざったもうひとつの妖!」
氷柱が爆発した。中から強大な炎が広がり、うねるように延びていく。まるで太陽を駆けるプロミネンスのように。
「あぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ」
炎の中から高尾が火だるまになって飛び出した。葛生の前で地面を転がり、何とかもみ消す。
「お帰り。ほれ」
と葛生が伸ばした掌から油を流し、高尾になすりつけていく。
「なんだ、何が起こったんだ?」
「瑞雪ちゃんが思い出したんじゃよ。ほれ」
広がった無数の炎の帯が、お互いに絡み合うように1つになり、人の姿を作り出す。
一見裸の女性のようだが全身は炎の妖。その顔は、目つきこそ違え、紛れもなく瑞雪だった。
「あんた……その姿は」
「しっかり見なさい。あたしはね、雪女と……燃え女のまぜものなのよ!」
燃え女とは燃え人の女。燃え人とは主に火山の中に潜むという、紅蓮の炎を肉体とする妖である。時折外に出て飛び回り、火事を起こすと言われている。
「あんたの言い回しを借りれば、あたしのベースはあくまで雪女。燃え女は隠し球みたいなもんよ。ただし雪女と燃え女じゃ正反対すぎて同時に出られない。だからあたしの方はずっと引っ込んでいるしかなかった。思い出されることもなくね。
でも、今は違う。雪女の方が引っ込んでくれた。燃え女の力を使うために。あんたをぶちのめすためにね!」
普段とはまるで違う瑞雪の姿。しかし高尾は知っていた。今の瑞雪は時折キレて自分にくってかかる瑞雪の姿そのものだ。
羽宇が冷気を放出、瑞雪を再び凍らせようとする。が、冷気は瑞雪に届く前にその熱で消し飛んでしまう。
「無駄よ。全力を出した後の絞りかすみたいなあんたの冷気より、あたしの熱気の方が強い!」
瑞雪が炎と化して羽宇に襲いかかる。
迎え撃つ羽宇は爪を伸ばして切り裂こうとするが、炎をむなしく通り過ぎるだけ。多少揺らめかすだけで何の効果も無い。
「あんた馬鹿じゃないの。燃え女の肉体は炎。切るや殴るといった物理攻撃は一切通じないわよ!」
しかも女だからサキュバスのフェロモンもほとんど効果が無い。羽宇の顔が驚愕に歪んだ。彼女にとって燃え女は正に天敵。
わめきながら爪を振るうが、やはり燃え女の体をむなしくすり抜けるだけ。むしろ彼女の爪の方が焦げていく。
瑞雪の炎の腕が羽宇の顔面をわしづかみにすると
「あんたなんか……炭になれーっ!」
羽宇の絶叫を呑み込むように、全身の炎で羽宇の体を包み込んだ。
「すげぇ……」
高尾は唖然とした。自分がさんざん苦戦させられた羽宇を圧倒している瑞雪の力に。
このまま羽宇の肉体も魂も瑞雪の炎に焼かれるのかと思いきや、猛烈な突風が羽宇の体を覆っていた炎を吹き飛ばした。
「斬ることは出来なくても、吹き消すことは出来る」
尾似島が倒れ込む羽宇を右手で抱きかかえる。彼女の皮膚は焼け、完全にグロッキーだった。
吹き飛んだ炎は再び瑞雪の姿に戻り、構えた両手から炎を発する。
また吹き飛ばすべく尾似島が風を起こそうとしたとき
「うりゃぁぁぁぁぁぁぁ」
雄叫びと共に高尾が突っ込み体当たり!
この不意打ちに、尾似島は羽宇ごと倒れ込む。そこへ瑞雪の炎!
何とか躱す尾似島に、再び高尾が突っ込む。彼の攻撃に拳も蹴りもない。ただ勢いをつけて突っ込むだけだ。尾似島、羽宇と続けざまに戦い、氷漬けにされた上、瑞雪が思い出したときの炎に焼かれたのだ。彼の体力は限界に来ていた。技と呼べるようなものを出せる力はすでに無く、ただ妖力で自分の体を相手にぶつけるだけ。単純故に躱しやすく、単純故に激突の威力は高い。
瑞雪の炎も、思い出した直後なだけに強烈な勢いがある。
2人の波状攻撃に、尾似島は防戦一方だった。羽宇を抱えたままひたすら避ける。自分だけならばまた違っていたのだろうが、片腕を失い全身傷だらけ、羽宇を守りながらでは自由に動けない。
逃げるにも、まず2人に隙を作らなければ。高尾を撃ち落とすべく、尾似島が稲妻を放つ。
だが、それらは高尾を貫く寸前、彼の周囲に飛んできた羽根に吸い寄せられた。
「避雷羽根?!」
鞍馬が復活していた。蟇の油をしたたらせながら羽団扇を構え避雷羽根を操っている。
そこへ高尾の更なる体当たりが尾似島を直撃した。
「ぐっ」
羽宇を抱えたまま尾似島は吹っ飛び凍った地面を転がっていく。
そこへ瑞雪の火炎がきた。
尾似島はとっさに自分を中心に竜巻を作り、火炎を防ぐ。
それでも瑞雪は炎を噴出し続ける。鞍馬が自分の風で尾似島の風をかき乱そうとするが、風神の風には及ばず、瑞雪の炎を届かせるまでにはいかない。
それでも瑞雪と鞍馬は攻撃の手を緩めない。瑞雪の炎が竜巻の上から回り込もうと上へと伸びていく。そうはさせじと、竜巻が球状に変わった。風神の作る風の壁の力である。
尾似島は焦っていた。
瑞雪の炎を風の渦で防いだものの、今までと違って炎が途切れない。風壁を球状にすることで死角をなくしたが、これでは自分たちも動けない。しかも炎が邪魔して外が見えない。
炎を蹴散らそうにも、うかつに掻き散らせば高尾の体当たりがくる。
尾似島は球状風壁に妖力を集中した。少しでも気を抜いたら鞍馬に風を乱され、自分たちに瑞雪の炎が襲いかかる。
「このまましのぎ続けるしか無いか。男爵……早く来い」
まだ来ぬ仲間も迎えを期待するその足下で
「うう……」
羽宇が体を起こす。全身焼かれたその姿は痛々しい。
「ひどい様だな。それがお前のしたことに対する罰だ」
「雷……あんただけでも逃げて。あんただけなら逃げられる。あいつらの恨みはあたしに向けられているんだ」
初めて見る羽宇の哀願に、尾似島は笑みを返す。
「俺は決めたんだ。どんなことになっても人喰いたちを守ると。それに……お前のしたことはともかく、したかったことは解らんでもない」
羽宇の目から涙があふれ出た。それは凍ることなく地面に落ちては周囲の熱気で乾いていく。
「あたしの……あたしのせいだ」
「泣くな。まだ望みはある!」
尾似島は残る力の全てを風に回す。
「迎え?」
「そう。ここで待っていれば人喰いの仲間が迎えに来るって」
炎を発し続けながら瑞雪が答える。ここは彼らの待合場所であり、高尾との戦いの場に選んだのには訳があったのだ。
「彼らはそれを待っているんですか」
鞍馬が風をかき乱そうとすると力を増すが、それでも尾似島の風は揺るがない。瑞雪の炎をがっちりガードしている。このまま人喰いの迎えが増援として現れたらかなりやっかいだ。
葛生の油である程度火傷は癒えたとはいえ、鞍馬のダメージは大きい。高尾は彼以上のダメージを受け、葛生は人払いの結界を張り続けなければならない。一番ダメージの少ない瑞雪も、燃え女のとして思い出したばかりでその力を使いこなせていない。ただ妖力まかせに炎を出しているだけだ。
「迎えに来るのはどんな奴らだ?」
「聞いてないわ。けど、かなりの強者だって。尾似島も一目置くぐらい」
「冗談じゃねぇ。尾似島レベルが数人来たら勝ち目はねえ」
高尾が金剛杖を構えて炎の中に突進しようとするのを
「むやみに突っ込んでは駄目です。必ずチャンスは来ます。それに備えて妖力を集中させてください」
肩で息をしながら高尾は頷き、金剛杖を構えてそれに残った妖力を集中させる。事実、今の高尾が突っ込んでも逆に炎の渦に焼かれてはじき返されるだけだし、鞍馬に加勢しようにも彼の風を操る妖力はたいしたものではない。
このまま尾似島の力が途切れた時に生じるであろう隙に、全てをかけた一撃を見舞うしかなかった。
しかし、瑞雪の炎&鞍馬の風対尾似島の風力の様相は、互角の状態が続いている。
「まずいの」
葛生がつぶやいた。
「何か大きな妖力の持ち主が何人か近づいてくる。やっかいじゃぞ」
「人喰いのお迎えか」
瑞雪と鞍馬が攻撃の妖力を増すと、それを受ける尾似島の妖力も増す。彼もまた迎えが近づいてくるのを感じ取っているのだ。
「何か手はねえのかよ」
「やってみたいことがあるんだけど」
瑞雪が炎を発しながら
『協力する』
高尾の鞍馬の声がハモる。
「まだ何も言ってないけど」
「現状維持は悪手です。ならばあなたの手に賭けます」
「思いつきだろうと何だろうと、お前がやろうって言うんだ。やってみろ!」
鞍馬と高尾の言葉が彼女に力を与えた。




