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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
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【3・高尾山太郎その2】

 生徒数3,000強。県内最多生徒数を誇る高校私立白無垢学園。その新聞部。

 今の時代に「新聞」部? と笑う人もいる。今はすっかりコミュニケーションツールはデジタル化しており、白無垢学園でも学園のホームページの管理、運営は新聞部が行っている。そこではXやSNSを初めとする各種ツールも公式としてフォローしている。

 だがそれらは生徒達がそれぞれのツールを使っている事が前提であり、フォローできる生徒は限られている。しかも最近は個人情報の問題もあり、アップする画像も頭を悩ませる。

 結局、生徒達に一番広く浸透できるのは各入り口や学食などに配置した掲示板であり、そこで配布している紙の新聞である。という結論から、今でも活動の主流は紙の新聞作りである。ホームページにアップするのも紙面の記事が中心だ。

 そして何より新聞部の名前が古くさい、今に合わせて変えるべきだという意見もだったら何が良いかという問題になる。コミュニケーションツールはここ数年で主流がコロコロ変わるし、あまりにも抽象的だったり持つ意味が広すぎると却って誤解を招くというので、結局「新聞部」のまま現在に至る。

 新聞の紙面作りがデジタル化しても、実際に記事や情報を集めてまとめのは所属する生徒の仕事である。ネットで検索しても、学園内の出来事がヒットすることはほとんどない。ヒットするのはほぼ全てが既に記事にしたものだ。

 結局、紙面作りにものを言うのはマンパワーである。

 新聞部の部室はやたら広い。集まる情報量も膨大である。それらを集め、整理し、どれを記事にしてどれを記事にしないか。どのような記事にするか?

 今、新聞部は新入部員を迎えた各クラブの特集号作りに忙しい。

 記事にして公表することで誰にどんな影響が出るかを考えると、面白半分で記事を書くわけにはいかない。ひとつの記事が原因でみんなから白い目で見られ、からかわれ、学校生活をめちゃくちゃにされて卒業前に学校を去る生徒を作るわけにはいかない。

 個人でなくても、ここで記事にどう書かれるかでクラブの対外イメージが固まりかねない。過去においても、扱いに不満を持つクラブが新聞部に押しかけることが何度も起きている。

 それだけに、記事を書くもの、チェックをするもの。みんなが神経を高ぶらせている。

 そんな中、高尾は部長の前に立っていた。

「私の記憶が正しければ、君の担当は校正。本来はここでできあがった記事のチェックをしているはずです」

「部長の記憶違いです。俺の担当は可愛い女子の取材です」

「そんな担当はありません」

「なら作ってください。部長は部員の希望を叶える義務があります」

「部員の暴走を押さえる義務もあります」

 愛用の眼鏡のレンズをクリーナーで拭きながら鞍馬が答える。

 鞍馬義経。時代がかった名前の彼が新聞部部長である。一見細身の、優男に見える鞍馬だが、今年3月の卒業記念号の編集時期において、徹夜続きでぶっ倒れる部員たちの中、ただ1人平気で作業を続けたなど体力には定評がある。しかも成績優秀、運動神経良し。好きな食べ物は塩むすび。「高校3年のくせに妙に悟った態度を取る」「なんか説教臭い」などと否定的な意見を向ける男子生徒も多いが、女子からは醜い嫉妬で片付けられてしまう。そんな人。

「そんなこと言わずにお願いしますよ。俺は現場でこそ力を発揮するタイプなんですから」

「現場以外では手を抜きまくるタイプでしょう」

 高尾の厚かましい態度が急に萎える。この手の交渉では頑として受け入れないことを高尾は異動の際にいやというほど思い知らされている。

「だいたい、学園の可愛い有名女子とお近づきになれないんだったら、何のために新聞部に入ったのかわからないじゃありませんか」

 そう、高尾が新聞部に入った目的は、それが全てと言って良かった。

 高校に入って「可愛い彼女を作ってラブラブな高校生活を送りたい」と願っていた高尾にとって、どうやって彼女を作るかというのは大きな問題だった。もちろん彼女だったら誰だって良いわけではない。この人が俺の彼女だぞと胸を張って自慢できる素敵な女性が良い。

 そこでまず考えたのが

「どのクラブ、委員会に入れば、素敵な女の子とお近づきになれるか」

 まず、体育会系は全て除外された。その団体のエースになれば女の子にもてるだろうが、なるまでのことを考えると割が合わない。確実になれる保証もない。なにより体育系というのは完全に男女が別れている。

 女だらけの団体も除外した。集団化した女は怖いと中学で学習した。とても男1人で対抗できるものではない。

 可愛い女がたくさんいて、男も人数はそれなりにいるが、自分より格好いい男はいない。そういう団体を探した。

 そんな団体はなかった。

 調査の過程で高尾は知った。可愛い女の子がいる団体はたくさんあるが、可愛い女の子しかいない団体など存在しない。

 各団体の可愛い女の子とピンポイントでお知り合いになれることは出来ないか。

 ナンパ研究会……には高尾よりいい男、通称ヴァージン・ハンターが何人もいた。そもそも彼はナンパは嫌いである。彼女と言えば生涯を一緒に過ごす結婚を前提とした彼女である。ちょっとしたお遊びで彼女を作るなど、彼の恋愛観に反する。彼の普段の言動をするものならば噴き出すだろうが本人は大真面目だ。

 さんざん迷った末、彼が出した結論は

「新聞部に入ろう!」

 学園内の出来事を多くの学生に知ってもらういわば学園広報。学園の公式デジタルコミュニケーションでの発信などが中心になったとは言え、記事を書くためには対象人物との対面取材は欠かせない。

 各団体の可愛い子はみんなそれなりに優れたところがあり、新聞部の取材対象になった。可愛い子とピンポイント、取材という名目で堂々と会いに行き、お話しが出来る。

 こうして高尾は新聞部に入り、1ヶ月と経たずに問題記者の烙印が押された。

 必要以上にプライバシーに踏み込み、選り好みが激しい。馴れ馴れしく、先輩に対してはそこそこ言葉遣いが丁寧なくせに女性に対しては初対面でも名前を呼び捨て。ギリシャの血が混ざった顔立ちやギリシャ彫刻を思わせる体格は、黙ってポーズを取っていればそれなりに女性を引き付けたが、口を開けば一時間と経たずに相手を引かせた。

 もちろん新聞部も彼を放置していたわけではない。高尾を退部させようという意見も出たが、新聞部は慢性的な人手不足である。性格に難ありと言えども、やる気のある部員を止めさせるのは得策ではない。

 新聞部は彼を取材班から校正などデスクワークに配置換えをしたが、彼はそれをことごとく無視して各クラブの有名女性に取材という名目でアプローチを続けた。先代部長が心労のため引退までの半年で体重を15キロ減らし、最後の2週間は点滴を打ちながら仕事をしたのは有名だ。

「新体操部、女子陸上部、ビーチバレー同好会、料理研究会……確かに君が取材するのは学園でも魅力的と言われる女子の団体ばかりですね」

「新入生の可愛い子特集の取材なんです」

「良いですね。では君には素敵な新入生男子を担当してもらいましょうか」

「男の記事など紙面と容量の無駄です。女の子に集中すべきです」

「自分の基準を持つのは大事ですが、それ以外を無駄だとしたり、見下したりはすべきではありません」

 鞍馬はレンズに汚れがないのを確かめ、かけ直す。

「ずるいですよ。部長はちゃっかり彼女を入部させてそばに置いているのに」

 ちらと明子を見た。

 当人たちは否定しているが、明子が鞍馬の愛人だというのは新聞部では有名である。何しろ新聞部の経験の無い明子を、鞍馬は部長就任と同時に入部させ、秘書として使っているのだ。しかも鞍馬が部長になる前から彼女は彼の手伝いを個人的に行っているのが目撃されている。

「何度も言ってますが、透野君と私はそういう関係ではありません」

「はいはい。そういうことにしてあるんでしょう」

 むくれながら明子を見ると、彼女は寂しげにうつむいていた。

(別に恋人宣言したって良いじゃねえか)

 指で頬を掻く高尾。彼は鞍馬の能力を認めてはいたが、この明子に対する態度だけは気に入らなかった。彼女がいるのは良いことだと高尾は考える。自分に彼女が出来たら、号外を作って全校内に知らしめたいと思っているほどなのだ。

 逸れた高尾の気持ちは

「どこを担当させても君は勝手に取材に行ってしまう。その度に連れ戻すのも面倒ですし、君には正式に取材班に戻ってもらいます」

の言葉で現実に引き戻された。

「本当ですか?!」

 笑顔の高尾に対し、明子が心配そうに鞍馬を見た。

「ただし、新入部員と組んでもらいます。つまり、彼女のサポート兼教育係ということです」

「彼女って、女?! 男の娘とかじゃないよな」

「戸籍上も生物学的にも女性です。新聞部の経験が無いのでいろいろ手がかかるとは思いますが……」

 鞍馬は口を閉じた。高尾は彼の言葉など聞いておらず、浮かれ踊っている。

「で、どんな子ですか? かわいい? 美人? おっぱいでかい? ウエストきゅっとしてる? お尻はプリッとしてる?」

「それらは個人の主観によるものですのでコメントはしません。ご自身の目で確かめてください」

「そうします。で、その子はどこに?」

「君の後ろにいます」

 後ろを指さされ、高尾が振り向くと彼女がいた。

 確かに彼女は少なくとも見た目は完全に女の子だった。身長は高尾の胸ぐらい。150~155ぐらいか。腰まで伸ばした髪は古風な言い回しをすれば「烏の濡羽色」、肌は色白できめ細かく、胸の膨らみは大きくはないが綺麗な曲線を描き、形が良さそうだ。少しうつむき加減の顔は目鼻が整い、大和撫子のお嬢様を絵にしろと言われたら、10人中7、8人は彼女を書くだろうと思われる。

 あえてマイナス点をあげるならば、少し怯えているような暗めの雰囲気だろう。つぶらな瞳を恐る恐る高尾に向ける姿は、興味と不安に戸惑う小動物を思わせた。

「1年9組の桜島瑞雪さんです」

「部長ずるい。新入生歓迎会にこんなかわいい子いなかったですよ。どこに隠してたんです」

「彼女が入部したのは歓迎会の後ですから」

「それにしても、この子の存在に気がつかなかったとは。不覚だ!」

「どうせ各団体の新入女子部員のチェックに忙しかったんでしょう」

 鞍馬に正解を出されて、高尾は軽く咳をしては気を取り直した。

「何でもいいや。大事なのはこれからだ。君みたいな可愛い子なら歓迎だ。一緒に頑張ろう、先輩後輩としても、男女としても」

 高尾は満面の笑みを浮かべて小雪の手を取ると、そのまま手の甲に軽くキスをした。本人にとっては軽い挨拶のつもりだったのだが、瑞雪は驚いて手を引っ込めると恐怖の表情で後ずさった。

「あれ?」

「君の挨拶は日本では馴染がありませんよ」

 言われて高尾は「調子に乗りすぎたかな」と頭をかいた。

「悪い悪い。2年8組高尾山太郎だ。愛と親しみを込めて山太郎と呼んでくれ」

 軽く言ったつもりだったが、瑞雪は強張ったまま近づこうともしない。何か言おうとしているらしいのはわかるのだが、まるで金魚のようにただ口をぱくぱくさせるばかりで言葉にならない。

「ちょっと」

 高尾が1歩前に出ると、それに合わせたように彼女は1歩下がる。その顔がみるみる青ざめていく。

「おいおい、別に取って食いやしないぞ」

「そうは思えませんが」

 明子の冷めた言葉が高尾をむっとさせた。

「いいから来い!」

 瑞雪にせまり、その手を取る。

 途端、彼女が声にならない悲鳴を上げ、そのまま腰が崩れるようにその場にへたり込む。

「は?」

 彼女は意識を失っていた。

「おい、何だよいったい」

 助けを求めるように高尾が周囲を見ると、皆が「またやった」と言いたげに顔を覆っていた。


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