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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
29/33

【29・瑞雪の答え】


 瑞雪は言葉が出なかった。

(どうしたらいいの……)

 自分のために戦ってくれているのに、高尾は自分の言葉に耳を向けてくれない。

 羽宇は高尾がこうするのは瑞雪のためではなく彼自身のためだという。そうかもしれない。けれどそうさせた始まりは自分なのだ。

 高尾と戻ったところで事態は変わらない。自分には人喰いの兆候が出ており、無意識のうちに両親を凍らせ、殺してしまった。意識があるうちは、何とか押さえ込められるかも知れない。今がそうであるように。けれど、そのしわ寄せは眠っているときとか意識のないときに来る。

 それに、最終的に人を喰うことでしか生きられない状態になってしまったら。生きるため、目の前の人に襲いかかったりしたら。

(やだ)

 人を喰うこと以上に、人を喰うことを止められなかったことに苦しむ高尾の姿を見るのが嫌だった。

 自分の人喰いを止められる方法はないのか? それさえあれば解決する。高尾や鞍馬、明子たちの所へ戻れる。

 でも、生きる限りそれは無理。人喰いが人を喰うのは生きるためだから。

(生きるため……)

 解決法はひとつしかない。


 振動声吐息(ヴォイスブレス)をくらわせようと高尾は息を吸うが、吐くより早く尾似島の突風が彼の身体を飛ばして近くの車に叩きつけた。吸い込んだ息はただの息となって口から出ていく。

「……ちくしょう……駄目か……」

 よろめきながら立ち上がろうとする高尾だが、その動きは弱く、遅い。片翼を失ったせいで動きのバランスも悪い。

「しぶとさもここまで来ると褒めてやりたくなる」

「もっと褒めてくれ。俺は褒められて伸びるタイプなんだ」

「口の減らない奴め」

「ひとつしかない口は減らせねえ」

 肩で息をしながら金剛杖を構える。

(帰ったら部長たちに妖力の使い方を教えてもらおう。格闘技も習わないと。美味菜温泉に格闘技のプロはいねえかな……)

 などと思いながら。

 ふと、冷気を感じた。覚えのある冷気。

「瑞雪?!」

 駐車場一帯を冷気が包んでいた。瑞雪の匂いのする澄んだ冷気。

 しかし、今までとはふたつ違っていた。ひとつは、冷気の中から諦めと哀しみが感じられたこと。そしてもうひとつは、今までの冷気は彼女から発せられていたが、この冷気は彼女に集まっていること。

 冷気を発するのではなく、冷気を集め取り込んでいく。

 高尾と瑞雪の目が出会った。

 瑞雪の口は笑みを浮かべ、目は悲しみを携えていた。まるで、昔話で愛する男が約束を破り、男を殺すか自分が消えるかを選ばなければならなくなった雪女のような……。

 集まった冷気は氷の結晶となって彼女の体に張り付き、覆っていく。

「やめろ!」

 尾似島が叫んだ。

 高尾は瑞雪に向かって飛ぼうとしたが、片翼だけではバランスが取れず転倒する。ならばと彼は足で立ち彼女に駆け寄る。

 だが、高尾の伸ばした手は瑞雪に届く前に分厚い氷に阻まれた。

「あ……」

 よろめく高尾の目の前に、巨大な氷柱が出来ていた。

 反対側が透けるほど澄んだ氷から甘い香りが高尾の鼻をくすぐる。

 そして、その氷柱の中に瑞雪がいた。静かに目を閉じ、安堵の表情で。

 瑞雪は自らを凍らせたのだ。体も命も。氷柱花のように。

 高尾は愕然として瑞雪の氷を見つめるだけ……。

「自分の体を噛んだ毒蛇は自分の毒で死ぬ。人間も拳で人間を殴り殺せる。雪女も自分の冷気で凍え死ぬことが出来るわ」

 羽宇がわかりきった答えを見せられたかのように、つまらなそうに歩んでくる。その様子に高尾は彼女を睨み付け

「てめえ、瑞雪がこうするのに気がついてたな!」

「予想はしてたわ。人喰いになることに耐えられず自殺するまぜものは結構いるから。ましてや、自分のために愛しい先輩が無駄な努力を続け、命も落としかねないのを目の当たりにしちゃあねぇ」

 おどけるように肩をすくめて見せた。

「彼女にとどめを刺したのはあんたよ」

「……この馬鹿女」

 高尾は氷の中の瑞雪を見上げ

「なんで生きない?! 俺のことなら気にするな!」

「どこまであんた身勝手なのよ」

 音もなく羽宇が高尾の背後に忍び寄り

「そんなに言うなら、あの世で彼女に文句を言いなさい。特別サービス、私が送ってあげるわ」

 構えた彼女の指の爪は、刃物のように鋭く尖っていた。

 それを高尾のうなじに突き立てようとした途端、上空から無数の羽根が降り注いだ。

 飛び退くと、羽根は羽宇のいた地面に突き刺さる。

「烏天狗か?!」

 鞍馬だった。烏天狗と化した鞍馬が、葛生をしがみつかせたまま、高尾を守るように彼と背中合せに降り立った。

「遅えよ!」

「そういうなら、これをちゃんと持っていてください。壊れた販売機の横に落ちてましたよ」

 と言って鞍馬が出したのは、追跡のため高尾に渡したはずの携帯電話だった。

「おかげでここを見つけるのに手間取りました」

 だが、仮に鞍馬が最初からいたとしても結果は同じだったろう。

 駐車場の端から

「人が来ます!」

 明子の声が聞こえた。鞍馬たち同様、高尾の探すのに苦労してやっと追いついたのだ。

「爺、結界を!」

 気合いと共に葛生が薄汚れた神主姿の大蟇に化身する。注連縄を鉢巻と襷がけにしており、これが葛生のまぜものとしての姿だ。杖を手にした前足の指は4本、後足の指が6本。いわゆる46(しろく)の蟇である。

 杖を立てると同時に葛生の体から妖力が発散され、それにあおられるように注連縄の紙垂(しで)が外に向けてはためき始める。注連縄の付喪神のまぜものである葛生は人払いの結界を張る力がある。結界はたちどころに彼らのいる駐車場全体を覆った。

 この結界により、周囲の人間たちは、ここで何かが起こっていることはわかっても、直接確かめようという気がしなくなる。無意識のうちに距離をおき、近寄ろうとも思わなくなる。もちろんカメラで撮ろうなどとも思わない。

「爺、高尾君の手当を」

「わかっておる」

 放り捨てられた高尾の片翼を拾い上げ

「結局、こうなるわけか」

 氷漬けの瑞雪を見上げる。

「むごいことじゃ」

「仕方がないと言わないんだな」

 歩いてくる尾似島に鞍馬が錫杖を刀に変え、構えた。

 だが、尾似島は戦う気配も見せずに氷柱の中の瑞雪を見上げる。

「……また死なせてしまった」

 それは、自分を叱咤しているように聞こえた。

 尾似島は葛生に向き直ると

「せめて、両親と一緒に葬ってくれ」

 高尾にも

「お前は戻れ。爺の油ならその翼もすぐにくっつくだろう。その前に俺を殴りたければ、一発だけ殴らせてやる」

 しかし、高尾にその声は聞こえていなかった。


 瑞雪の氷柱に自分の爪を食い込ませ、高尾はひたすら思いをぶつけていた。そうすればきっと中の瑞雪に届くかのように。

(俺はお前のあがきながら生きる姿が見たかったんだ。あきらめて死ぬ姿じゃねえ。しかも雪女が凍死なんてシャレにもならねえ)

 氷柱から流れ出る冷気は瑞雪のぬくもりに思えた。冷たくて暖かく、澄んだ冷気。

 彼女が思い出したときに放ったという、校舎裏に漂っていた冷気。

 河原で自分が人間でないことを語ったとき、その証明として放ったのと同じ冷気。

 自分を抱きしめながら、制御できずに思わず彼の身体を凍らせかけた冷気。

 みんな同じだ。

(……ん?)

 ふと気がついた。

(あれは……違う)

 その意味を高尾は考えた。


 誰も気がついていなかった。凍り付いた瑞雪の中で動き始めているある力に。

 瑞雪は雪女という自分を凍らせた。忌まわしき冷たい妖力を自分に向けて、両親を死なせてしまった罰を自分にぶつけるように。それへの抵抗はしない。彼女は自分の中の雪女を放棄し、静かに死を受け入れようとした。

 だが、雪女を捨てることにより、その下に蠢く別の力が動き出していた。本来なら雪女と共に表に出てもおかしくない力。先日美味菜温泉で自分の内を探ったときに感じたもうひとつの大きな力。

 それは雪女という大きな縛りから解放され、今、少しずつ表に出ようとしていた。

 まだ、誰もそれに気がついていない。


「俺達は去る。縁があればまた会うだろう」

 そう言う尾似島は、2つの神のまぜものとは思えないほど覇気が感じられなかった。

「待ちなさい」

 鞍馬が刀を構え直す。

「その前に、私と勝負してもらいます」

「これ以上、白無垢学園に迷惑をかける気はない」

「これまでかけた分です!」

 珍しく、鞍馬の言葉には怒気がはらんでいた。

「もうやらないから、これまでの分の罪は責められなくて良いという理屈はありません。少なくとも、岩麻君たちとその家族の哀しみ分は受けてもらいます」

「お前らしくないな」

 葛生が意外そうに鞍馬を見た。

「口実か? 単に勝負したいだけか? いや、違うな」

「ある仮説がありまして」刀を構えたまま鞍馬が「証拠がないですが、私の考えが当たっているなら、彼らをこのまま帰すことは出来ない」

「仮説?」

 尾似島が眉をひそめ

「ならば尚更付き合う必要はない。仮説だけで罪に問うのは正義の暴走だ」

 その時

「部長だけじゃねえぞこんちきしょう!」

 高尾が叫んだ。口から折れた牙がこぼれ落ちる。

 氷柱花から振り返り、尾似島と羽宇を睨む高尾の目は、凶暴な肉食獣のものになっていた。金剛杖を構え直し

「てめえらをこのまま帰すわけにはいかねえ」

「何よ、2人してむしゃくしゃするからあたし達をぶちのめしてすっきりしたいって言うの」

「そんな馬鹿げた内容じゃねえ」

 その気迫に鞍馬が眉をひそめた。高尾の言うことは自分の知らないことだと彼の予感が言っている。

「人喰いが人を喰うのは生きるため。だから、敵対することになってもそれは良い悪いからじゃねえし、それを持ち込む気もねえ。だがな、てめえらは紛れもねえゲスどもだ! 少しでもまともに見ようとした俺自身に腹が立つ」

 声を荒げる高尾に対し、羽宇も尾似島も冷めた目を返す。冷めたと言うより、哀れみの目だ。2人とも罵倒されるのは慣れていた。しかし、高尾はそんなことは一向にかまわず

「どこにいる? どっかに隠れているのか、それともさっさと帰ったか」

 その言葉に尾似島は怪訝な顔をする。

「何を言っている?」

「とぼけるんじゃねえ。いるんだろう」

 高尾が睨み付けた。怒りが彼のボロボロの体に力を与えている。

「瑞雪の親を凍らせて殺した雪女が!」

 尾似島が、羽宇が、鞍馬が一斉に高尾を見た。


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